清風(せいふう)66号(07.8月号)

65号

1項

『次郎物語』は、下村湖人が自分の体験をもとに書いた物語です。病弱でいじめられて反抗的だった主人公が、人の情けに触れていくうちに、素直に人に優しくする心を開いていきます。
 その下村湖人さんが、「心窓をひらく」という作品の中に「お母さんのかんじょう書き」という文があります。その中の一節をご紹介します。

 …進君という少年が、学校へ出かける時、前夜書きつけた紙片を二つに折って、お母さんの机の上にそっとおいて、学校へ出かけていきました。
 その紙には次のように書いてありました。

*かんじょう書き
一、市場にお使いに行きちん 一〇円
一、お母さんのあんまちん  一〇円
一、お庭のはきちん     一〇円
一、妹を教会に連れて行きちん一〇円
一、婦人会のときのるすばんちん一〇円      ごうけい^t 五〇円
  進        お母さんへ
 進君のお母さんはこれをごらんになってニッコリなさいました。そして、その日の夕食の時には、今朝のかんじょう書きと、五〇円が、ちゃんと机の上に乗っていました。
 進君は大喜びで、お金を貯金箱に入れました。
 その翌日です。進君がご飯を食べようとすると、テーブルの上に一枚の紙があります。
 開いてみると、それはお母さんのかんじょう書きでした。
*お母さんのかんじょう書き
一.高い熱が出てハシカにかかった時の  看病代^t      ただ
一、学校の本代、ノート代、エンピツ代^t      みんなただ
一、まいにちのお弁当代 ただ
一、さむい日に着るオーバー代 ただ
一、進君が生まれてから、今日までのお  せわ代^t   みんなただ
   ごうけい^t ただ
           お母さん
  進君へ

 進君はこれを見た時、胸がいっぱいになって、大粒の涙がもう少しでこぼれそうになりました。そして、これからは、どんなにお手伝いしても、お金はいらないと思いました。
 大好きなお母さんのためには、自分のできることなら、何でもしてあげようと思ったからです。
 世界でたった一人の大事なお母さん。こんなすばらしいお母さんを与えて下さった神さまに、進君は心から感謝しました…。
 以上です。当たり前のことの中に大切なことが潜んでいる。『次郎物語』と通じるところがあります。 この作品の主人公である進君は、普段から大変親孝行な少年であったことでしょう。
 そして、進君はごく自然に、親孝行の見返りを、お母さんに、お金で求めたのです。
 お母さんは進君のその求めに快く応じながら、さらに「見返りを求めない世界」「お金を越えた世界」のあることを、進君に教えたのです。
 深い喜びは、見返りによって手にするものではなく、すでに与えられていたことへの気づきによって得るようです。
2項・3項

Q お盆は、いつ勤めるのですか。
A お盆の時期は、地方によってちがいます。福井市市内や別府などは、七月のお盆だと聞いたことがあります。地方によって異なるということは、日時に意味があるのではなく、お盆をお勤めすることが重要だということです。
とはいっても、日時を定めないとお勤めできません。「盂蘭盆経」にある日時は、七月十五日です。目連尊者が餓鬼道で苦しんでいる母を救うために、お釈迦様の教えに従って雨期の修行が終ったその日に、修行僧に供養したとあります。

Q では七月十五日が正しい日なのでしょうか。
A 太陽暦を用いる明治以前までは、全国的にこの日を中心に勤まっていました。室町時代は七月十四〜十六日の三日間、江戸時代に入り、十三日〜十六日の四日間になったそうです。ところが明治に入り太陽暦を採用したため、今までどおり七月に勤める地方と、陰暦の七月にあたるひと月遅れの八月に営む地方に分かれたようです。
 京都、本願寺では八月十五日に行っています。この東葛地区(千葉県)では、七月に勤める方もいますが、八月の方が多数派です。臨機応変に、「八月は郷里で勤めるので、今年は七月に勤める」といった具合でよいと思います。

Q お盆は何のために営むのですか。
A お盆は、盂蘭盆会(うらぼんえ)という、インドのサンスクリット語のウラバンナ(逆さ吊り)を漢字で音写したものだといわれています。お釈迦さまのお弟子の目連尊者(もくれんそんじゃ)が母を救うお経「盂蘭盆経」に由来しています。
 目連尊者はある時神通力によって亡き母が餓鬼道に落ち逆さ吊りにされて苦しんでいると知りました。 そこで、どうしたら母親を救えるのかお釈迦様に相談したところ、 お釈迦様は言われました。
「雨期の修行が終った七月十五日に僧侶を招き、多くの供物をささげて供養すれば母を救うことが出来るであろう」。目連尊者はお釈迦様の教えに従い、諸僧に供養したところ、その功徳によって母親は極楽往生がとげられたとのことです。
 そのお経が元となり、(旧暦)七月十五日は、父母や先祖に報恩感謝をささげ、供養をつむ重要な日となりました。
 盂蘭盆経は中国でできたお経だとも言われます。中国の風土に起因する農耕儀礼や祖霊祭祀と仏教が融合してこのお経を生み出したものでしょう。お盆はご先祖さまのお陰であると感謝の営みと仏教が合体した法要のようです。 

Q 何故、僧を供養すると、母や先祖が救われるのでしょうか。
A 修行僧たちに供養することで、なぜ母が救われたというと、目連尊者が仏を敬う人を供養する姿を通して、母がはじめて仏教の尊さに気付いたからです。物では人は救えません。人の心を開き、心境を転換させるのは、物ではなくて仏の説かれた法(真理)です。法に帰依し、真実の道理に心が開かれたとき、自己中心的な心から開放され、餓鬼道から救われるのです。
Q 浄土真宗での、お盆としきたりは?
A 浄土真宗のお盆の荘厳は、 各地の風習もざまざまで、迷ってしまう方も多いと思いますが、結論から申しますと、浄土真宗ではお盆用の特別の荘厳はありません。お盆独特の荘厳がないということが浄土真宗の特色、とも言えるでしょう。
  
 具体的な荘厳は
@法事に準じ、お仏壇に打敷をかけ、灯(灯明)、香(お香)、華(花)を供えます。
 お盆は奮発して絵柄つきローソクや和ローソクをお供えしてはいかがですか。
 また、この機会に夏用の打敷(三角の仏壇用テーブルクロス)を掛けてみてはいかがでしょうか。打敷には夏用と冬用があります。涼しい紗の生地や白物が夏用です。

Aお供物は餅、菓子、果物、また夏の野菜や果物などを供えます。

B精霊棚(それに供える足の付いたキュウリやナス、精進料理のお膳など)は先祖を追善供養するためのものであるので、浄土真宗では用いません。精励棚は、先祖が餓鬼道に落ちているという発想からきているからです。浄土真宗は先祖を仏様と仰ぐ宗旨です。

C従って霊がかえってくるための道明かりと考える迎え火、送り火も不要です。お盆中に、お墓へ参拝する程度で結構です。もちろん毎朝参拝しても結構です。
 提灯は、あれば飾ってください。本来、初盆は白い提灯ですが、柄物でも結構です。親戚にこだわる人がいたら、提灯の柄の部分を、白い半紙で巻いて下さい。

 その他として、感謝の思いから正信偈や、阿弥陀経を写経して、お盆にお供えすることも結構でしょうし、 お盆を、今年前半期の反省をする機会とすることも良いと思います。
 西方寺の法要は、左記の通りです。

4項

住職雑感

● 神奈川県立 生命の星・地球博物館へ行きました。地球が誕生した当時、マグマの海は少しずつ冷えてくると大気の8割を占めていた水蒸気が雨となって何百年か降り注いだとありました。そのときの雨の温度は摂氏三百度、高い山などでは水の沸騰点が低くなると聞いたことを思い出して、家に帰り気圧と沸騰点との関係を調べました。

 通常一気圧で水の沸騰点は百度です。家庭で使う圧力鍋ではフタと本体を密閉し内部の圧力を約1.8気圧まで上昇させるので水の沸騰点が118℃になるそうです。沸騰点が高くなると硬いものでも簡単に調理できます。
 
逆に宇宙のように気圧がないと、体液が体温で沸騰点に達してしまうのであの宇宙服がいるのです。
 さて地球の話です。70気圧で、水の沸騰点は300℃前後です。だから原始の地球の気圧は70以上あったことになります。
 では天気予報の気圧は?。 エベレスト山頂では、カップラーメンは何分かかるか。日常を絡めると気圧の話も面白そうです。