ことこと日記

最新のことこと日記

●1歳3ヵ月前半



2005年3月6日(日) 生後1年3ヵ月と13日目  クロメ
暖かく天気も良いので、急に思い立って、旧佐賀関町(先日の合併で、今は大分市)へ。 有名な関アジ・関サバは、この町の港に水揚げされるのだ。 町から細い山道をさらに入り、関崎海星館へ。 立派な天体観測施設で、太陽のプロミネンスを見せてもらった (館の入口に「太陽メラメラ燃えてます」との張り紙があり、笑わせてもらった)。 眼下には豊後水道。大分市の東の突端だ。四国の三崎の灯台が見えた。 バイクであの灯台まで行ったのはもはや15年前なのか……オバサンになる訳だ。 のい兄と夫が、大分側の灯台まで歩いていっている間、ことことと私は菜の花を見たり、テントウムシと遊んだり。
お昼は、館併設のレストランで、関アジの刺身やリュウキュウ、メバルの煮付けをいただいた。 併設だし日曜なので期待していなかったが、大変美味だった。 ことことも、煮魚はもちろん、今が旬のクロメ(佐賀関で採れる、昆布に似た、粘る海草)の味噌汁を喜んで、 随分たくさん食べた。入口近くに猫用の餌置き場があり、猫たちが関アジのアラを食べていた。なんて贅沢な。
帰りは、黒ヶ浜にて、碁石のような黒石の渚を楽しんだ。ことことも海を見てビックリしていた。 道の駅で、クロメ入りのタコヤキを発見。食べてみたらこれがまた、ズルズル粘ってて美味しい。 ことこともワーワー言って催促。のい兄曰く「大分の子どもで良かったな〜」。
クロメをたくさん食べたおかげか?帰宅後に、ことことがウンチ。出し切った後は上機嫌で、 「ことちゃ〜ん、ハ〜イは?」と言うと、「アイアイア〜イ」と言いながら盛んに手を振っていた。 また、台所で果物の皮を剥いていると、「ジャイジャイジャ〜イ」と言いながら催促するので、 次の別名が……「ジャイジャイ」に。



2005年3月5日(土) 生後1年3ヵ月と12日目  
ことこと と私は家の中でのんびり。模様替えしてから居心地が良くなったし (と言っても、やはり狭いことは狭いんだが)、 整理するべきものも山ほどあるし。
ことことは、場所を変えたワゴンの、一つの棚に執着して、つかまり立ちをする。 その段には、使用中の本を置いているが、本を引っ張り出しては撒き散らしていた。 カバーも帯も、ご丁寧にも1枚ずつ剥がして、別々のところへ。 私が「ダメ」と言うのを期待しているかのように、散らかしながらも私の顔を見る。 ボロボロになるまで使おうと思っている本ばかりなので、私も真剣に怒らない。 それを察して「遊び」と思っているらしい。
風邪引きの間、少食だったせいか便秘していた。今日は溜めていた分をたくさん出してくれてホッとした。
夕方、のい兄と夫はJリーグ開幕戦を見に、ビッグアイ(大分スタジアム)へ。 大分トリニータを応援していたが、今日は負けてしまった。でもいい試合だったそうだ。 帰りに渋滞に巻き込まれて、のい兄は疲れもあって、帰ってくるなりベソをかいていた。 この繊細さ……私も子供の頃そんなことがあったな〜と思いつつ、 夫には、子供と一緒に移動する際の体調の加減を念押し。



2005年3月4日(金) 生後1年3ヵ月と11日目  
のい兄の園の、親によるお遊戯会。ことことも、スリングに入って舞台に上がった。 「オカンの素人芸をずっと見せられて、子供たちが気の毒。そんな暇があったら遊ぶ時間に充ててやって〜」 と内心思っていたのだが、舞台から見たら子供たちはえらい喜びようで、一緒に唄ったり踊ったり。 準備から本番から、PTA役員さんや係の人たちの仕切りが上手で、ありがたいことだった。 一番面白かったのは先生たちの劇だった。園バスの運転手さんや園長先生までご出演。
ことことは、園児用の長椅子によじ登って転げ落ちたり、 顔なじみの、よそのお母さんに手を取ってもらったり(知らない人だと泣くのに)。 園長室が授乳室+オムツ替えの部屋になっていたので、遠慮なく使わせてもらった。 途中で食べさせもしたが、昼寝もせずに興奮していたため疲れたらしく、昼過ぎには泣き出した。 終了後、ベビーカーにのせて急いでバス停へ行ったが、バスは去った後だった。タクシーで帰宅。 とても子供好きで優しい運転手さんで、ベビーカーもさっと畳んでトランクに入れてくださり、 のい兄にも色々話しかけてくださった。たまにはタクシーもいいものだ。 帰宅後のことことは、それまで大人しく我慢していたのを吐き出すように「ギャオー」と泣きわめき、寝付くまで大変だった。



2005年3月3日(木) 生後1年3ヵ月と10日目  苺ミルクで雛祭り
雨。久々にスペイン語へ。今日は頑張らないと…とかなり勉強して臨んだのに、 前の易しい本に戻っていてガックリ。易しい本なのに「林檎」と「バター」を間違えてトホホホ。 ことことは初めて、教室内で大声で泣いた。まだ調子が出ない感じ。
雛祭りなので、チラシ寿司にしようと思ったが、 ここ数日、夕食を数口しか食べない ことことなので、あまり好きではない寿司飯を拒否するのは必至。 ひなあられもまだ食べられないし……と考えて、苺ミルク(綺麗なピンク!)でお祝い。 心配をよそに、ことことは、久々に夕食をよく食べた。
苺を買っていたら、のい兄がお世話になった託児所のIさんとバッタリ。 ことことの顔を初めて見ていただいた。「のいくんにソックリ」と言われる。



2005年3月2日(水) 生後1年3ヵ月と9日目  ひどい親ですね
一級建築士の免許が出来て、大分に届いたというので取りに行った (今年から授与式は取りやめになったらしい、ことことを連れて行きたかった…残念)。 どんな免許証かと楽しみにしていたのに、紙切れ1枚なので唖然。
帰宅後、数日前から考えていた模様替え「ダイニングルーム・コックピット化計画」を実行。 ことことを背負って、プチ引越。ベランダから家具や荷物を入れ替えた。
ことことはまだ鼻水が出る。食欲がなく、私と二人だけの昼食は食べるが、 夫が食べさせる朝と夜は、嫌がってほとんど食べない。困り果てる夫。
夜、ことことが「ギャオー、ギャオー」と泣いて眠らず。 そのうち泣き疲れて眠るだろう…と思っていたら、自分が先に寝てしまった。 夫に「あんなにギャオギャオ隣で泣いているのに、のいとアンタはよく寝られるわ」とあきれられた。 ことことの新たな別名…“ギャオス”。



2005年3月1日(火) 生後1年3ヵ月と8日目  
今日の絵画教室は、大分市美術館での現代アート鑑賞。 元気の良すぎる子供たちなので、どうなることかと思ったが、 さすがA先生。たくさん歩かせて、アート探しをさせて子供たちを飽きさせなかった。 風倉匠さんの「陰陽学」こと俗称“オッパイ電球”が大人気で、終了後も「もう一回!」と全員で登りに。 さらに、鉄のトンネルまで走っていってしまい、追いついたら子供たちはハイキング気分。声を合わせて歌を歌っていた(笑)。
ことことと私は、のい兄たちがアートしている間、他のお母さんたちと併設のレストランへ。 外でティータイムなんて、超久しぶり〜。 ことことは、初めはスリングの中で大人しくお相伴していたが、 場に慣れて周りのテーブルが空き出したら、裸足になって床を這い回っていた。
しかし夕食は泣いて食べず。ここ数日、昼食とオヤツだけ真剣に食べて、あとは拒否というのが続いている。



2005年2月28日(月) 生後1年3ヵ月と7日目  
のい兄は咳がまだ酷いので園を休んだ。 朝起きたら、ことことの顔の下半分が鼻水でペカペカになっていて吃驚。 家の中で、3人、おとなし〜く過ごした。



2005年2月27日(日) 生後1年3ヵ月と6日目  
ことことも咳と鼻水。元気なのは夫だけ。 私は熱が下がったので、身体が楽になった。恐るべしタミフル。汗もかかずに熱が下がり、不気味。 頭がフラフラするのは熱の後遺症か? 安静にと言われても、することは山ほどあるので、家の中で片付け片付け。車で食料品の買出しにも。 ことこと が、鼻が出てグズグズなのが可哀想。



2005年2月26日(土) 生後1年3ヵ月と5日目  Grippe?
朝食の準備をして、席についたら私の脚の震えが止まらない。寒いのかと思って着膨れても止まらず。 今日はのい兄の園で、1年間の成長展があるので、皆で見に行こうと慌しく支度をしていたのだが、 ことことをオンブして洗濯物を干していたら、尋常ではない身体のだるさ。これはオカシイ…と熱を測ったら38度超。 夫に子供たちを頼んで、急いで近所の医院へ駆け込んだ。ラッキーにも空いていた。 いかにもインフルエンザの症状で、医師も喉を診るなり「これはインフルエンザだね」と言っていたが、 喉の粘膜による検査ではマイナス。血液検査ではウイルス性の数値が出て、 「インフルエンザじゃないみたいだけど、タミフルが効くから飲みますか」と 話題のインフルエンザ特効薬・タミフルを処方され、「2日間は安静に」と言われた。 インフルエンザの予防接種を2回しても、かかる人はかかるとのこと。 今年は家族全員が、それぞれ違う医療機関で接種したのだが、 私が受けたあの医院が使ったワクチンはハズレだったのかしらん。
のい兄と夫は成長展を見に行き、私は暖房をオイルヒーターに切り替えて寝込んでいた。ことことは一人で遊んだり 布団に潜ってきて一緒に眠ったり。ことことは、おとうさんに膝曲げダンスを見せて、喜んでいた。
夕方、今度はのい兄の咳が酷くなり、小児科へ。診察の結果、胸の音も悪くなくただの風邪だろうとのこと。 安心するも、咳で胸が上下動するため、筋肉が痛くて、のい兄は涙をこぼしていた。 夜になって、ことこと も咳こみ始めた。



2005年2月25日(金) 生後1年3ヵ月と4日目  
のい兄が朝、咳をしていたので心配したが、しばらくすると収まったので園へ。 夫が車で出張中なので徒歩通園。ことこともオンブでお付き合い。暑くてママコートは途中で脱ぎ、亀の甲だけに。 途中、のい兄が尿意を催して救急病院のトイレを借りた。帰りにバスを待つ間、銀行のATMにも行ったし、 帰宅してからも銀行だの郵便局だのハシゴした。だからどこでウイルスを拾ったのか……。



2005年2月24日(木) 生後1年3ヵ月と3日目  
冷たく大粒の雨が一日中降っていた。夫が昼前から車に乗っていってしまったので、 スペイン語講座に行くのも、その後のい兄を迎えに行くのも辛い。 かなり迷ったが結局、スペイン語も預かり保育も休んで、のい兄には普通に帰ってきてもらった。



2005年2月23日(水) 生後1年3ヵ月と2日目  風疹予防接種
風疹の予防接種へ。実は先週、予約を忘れてすっぽかしてしまったのだ。 慌てて小児科に電話して、本日打ってもらえることになった。 先月の時点では、「水疱瘡が流行っているので、幼稚園に(ことことを)連れて行っているなら、 水疱瘡のワクチン(有料)を先に打った方がいいかも」と言われていた。 もう流行も下火になっていたので、やはり今回は風疹にしておく。
のい兄が帰ってくる時間と予防接種の時間が近かったので、 のい兄が園バスから降りてきたら、そのまま車に乗せて一緒に小児科へ。 のい兄の湿疹・カサカサ肌も診てもらった。 「プロペト」という新しい保湿剤を出してもらった。 ことことは例によって、モシモシされるのが嫌でかなり泣いたが、 今日はのい兄が一緒だったので、少しはマシだった。



2005年2月22日(火) 生後1年3ヵ月と1日目  ウに始まりウに終わる
朝、起き抜けにいきなり、ことことが腕立て伏せの姿勢で踏ん張り始めた。ご立派なウンチをご出産。 機嫌も更に良くなり、その後はマイペースで遊んでいた。
午前中は、園での親たちによるお遊戯会の練習に付き合い、午後はのい兄を絵画教室に連れて行ってから、 ことことと再び帰宅して家事を片付けた。夕方またまたお迎え……同じ道を朝から4往復……。
食事のとき、自分で皿や茶碗を持ちたがり、ご飯を手づかみすることも。 昼食時、茶碗をヒステリックに引っ張り、挙句の果てに中身をそこら中にぶちまけた。 思わず私の手が出、泣かしてしまった。
夕食後、私につかまり立ちして涙を流しながら、20分ぐらいかけてウンチをご出産。 汗びっしょりになっていた。出し切った後は、疲れてウトウト。



2005年2月21日(月) 生後1年3ヵ月と0日目  講演会
今日も小雪。園にのい兄を送った後、家事をダダダダと片付けて、またバスで園へ。 バスの中で、のい兄が小さかった頃にも話したことのある、高齢の素敵なご婦人とおしゃべり。
今日は、前から興味のあったCAPの講演会。ことことは機嫌良く、席の後ろの敷物スペースで遊んだ。 段飾りの由緒ありげなお雛様に突進しそうになったので、慌てて止めた。一度「触ったらダメよ、見るだけよ」と 抱いて言い聞かせたら、その後は近寄らず。 2階ホールの窓につかまり立ちして、園庭で遊ぶ幼稚園児たちを眺めては「だ〜」と言って嬉しそうにしていた。 他の同伴幼児が、のべつまくなしに袋菓子を抱えて食べているのを見て、私はビックリ。
終了が予定時間を過ぎていたので、バスで帰宅したら午後1時を過ぎていた。ことことはオンブで眠った。 昼食をとったらすぐ、のい兄が帰ってきてしまった。
のい兄が、なわとび大会のご褒美にもらったメダルがピカピカで、ことことも欲しがって離さず。 前にもらったお誕生日のメダルを代わりにかけてやったら、大喜びでずっと持っていた。
なかなか便が出ず、涙を滝のように流しながら、椅子につかまってふんばっている。 何とか自力で出してもらいたいが……。



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