人気者

「あのさ、千尋、ちょっと頼みがあるんだけど…」
「えっ、那岐が私に頼み事なんて珍しいね。何、何?何でも言って。那岐にはいつも助けてもらってばかりだから、私で力になれることなら喜んで力になるよ」
身を乗り出すようにして喜ぶ千尋に、那岐は言った。
「近い内に、半日くらい葛城将軍を貸してくれない?」
「……もしかして、何処かこっそり行きたいところでもあるの?」
王族だと知れてなくても、優秀な鬼道使いにして女王の家族も同然の那岐は中つ国にとって重要人物の一人だ。おかげで普段は三食昼寝付の優雅な生活なのだが、窮屈な部分もある。近くの森に昼寝しに行くくらいならまだしも、出かけるとなるとそれなりに護衛を付けなくてはならなくなってしまう。当然、何処へ行くのか多くの人間の知るところとなるし、事前の準備やら当日の行動やらいろいろと煩わしいことが盛り沢山だ。それは千尋も実体験で嫌と言う程解っている。
そんな千尋が今では近場なら結構気軽に出かけることが出来るのは、忍人が一緒だからに他ならない。その腕前に寄せられる信頼も然ることながら、二人の仲が公然のものとなってからは敢えて護衛という名のお邪魔虫になれるような者など居るはずもなかった。
ただ、護衛だけなら那岐の場合は風早でも許されそうなものだ。風早だって腕は悪くないし、那岐もそれなりに戦える。それを、わざわざ千尋に頼んでまで忍人に付いて来てもらいたがるなんて、余程危険なところに行くのだろうか、と訝しむ千尋に、那岐は少し言い辛そうに訳を話す。
「マツタケ狩りと、どうせならついでに昔の知り合いの墓参りでもして来ようかと……でも、風早に知られると後々面倒なことになりそうだろ?その点、あいつなら穴場を荒らしたり、後々まで墓参を強要したりしないと思ってさ」
やる、風早ならそのどちらもきっとやる。他人にその場所を漏らすことはしなくても、千尋に食べさせようと思って自分がマツタケを取りに行く。ましてや墓参の強要は、絶対やるに決まっている。千尋もその点は確信していた。
「解った、忍人さんに頼んでみるね。特にこの日が良いって希望が無ければ、私が一日机仕事してる日にしてもらっていい?」
「僕はいつでも構わないから、千尋達の都合に合わせるよ」
那岐の了承を得て、千尋が忍人に頼んでみると、程なく那岐のお忍びの外出は実現したのだった。

「布都彦に続いて、今度は那岐に貸し出しですか」
「いいんじゃない、人気があるってことで…?」
忍人と那岐の帰りを待ちながら部屋で茶を啜っていた千尋は、風早に何処となく自慢げに言い返した。
「遠夜だって、この間、忍人さんとも一緒に居たい、って言ってたんだから…」
「遠夜が…ですか?」
不思議そうに問い返す風早と柊に、千尋は事情を説明する。
「あのね、私が息抜きに森を散歩してると、よく遠夜が顔を出すんだけど……そうすると忍人さんは護衛を遠夜に任せて帰っちゃうんだ。ほら、忍人さんには忍人さんの仕事があるでしょう?でも、遠夜は忍人さんに避けられてるとか嫌われてるんじゃないかって不安になったらしいんだよね。私とのんびりお喋り出来るのは嬉しいけど、忍人さんが帰っちゃうのはちょっと寂しいんだって…」
「でも、楽しくお喋り出来るほどには言葉が通じないでしょう?一緒に居ても、会話は弾まないだろうし、二人とも千尋に通訳の手間を掛けさせることを気にすると思いますけど…」
風早の懸念に、千尋は複雑な笑みを浮かべる。
「言葉が通じても、忍人さんと会話が弾むなんてことは滅多にないんだけど…。それに、遠夜とだってずっとお喋りしてる訳じゃないんだよ。疲れを癒せるようにって歌ってくれてる時間の方が多いくらい」
「ああ、それでしたら言葉の問題はありませんね」
「ですが、未だに我が君とさえ他愛ない会話を楽しむことも出来ないとは……何と不甲斐無いことでしょう。それで、よく亭主面が出来るものです」
帰って来たものの中から漏れ聞こえて来る話題故に入りづらくて、戸の前で聞き耳を立てていた忍人は、グッと息を詰めた。柊に言われなくても、千尋が一方的に何やら楽しそうに喋り続け、自分は殆ど相槌程度という日頃の会話の有り方を気に病んでいるのだ。
傍らに居た那岐は、柊とほぼ同時に同じツッコミをしようとしたものの、その様子に何かを感じ取って口を噤む。
「柊達はそう言うけど、私は結構楽しんでるよ。昔と違って、私が好き勝手に喋ってても嫌な顔しないし……ちゃんと聞いててくれて、どうでもいいようなことまで結構覚えてるもの。それに会話が弾まなくても、傍に居てくれるだけで私は笑顔になれるんだからね」
千尋に幸せそうに言い切られては、風早も柊も「御馳走様です」としか言いようがなかった。部屋の前の忍人は、ますます入りづらくなって、その場に立ち尽くす。
「でも、そうやって他の人にも少しは当たりが弱くなったのかなぁ。さすがに岩長姫は前々から平気で私用を言い付けてたけど、大抵の人はこれまで私的なことで忍人さんの手を煩わせるなんて恐れ多いとかどうせ無理とか考えてたみたいでしょう?それが今では、布都彦なんて直接自分で武術指南を頼めるようにまでなったんだよ」
どうも、以前に比べてかなり敷居が低くなったらしい。
「忍人さんの時間が他の人の為に割かれるのはちょっと残念な時もあるけど、自分の好きな人が他の人にも好かれてるのは嬉しくもあるんだよね。うちの旦那さん、凄いでしょ……なぁん我が事のように胸張ってみたりして…」
自慢げなちょっと浮かれている千尋に、柊がここぞとばかりに言う。
「私も忍人が大好きですよ。ですから、今度、私にも貸してください。一刻ばかり遊んだら、すぐにお返し致します」
「ダメ」
千尋が浮かれていても即座に柊の申請を却下したのを聞いて、怒鳴り込みかけた忍人は寸でのところで踏み止まった。そして、何食わぬ顔で、今帰った風を装ってやっと戸を開け、那岐も素知らぬ顔でそれに続いた。

その後、互いにこの日の出来事を話し聞かせ合ったが、忍人は詳しい場所も詳しい事情も一切口外しなかったので、那岐の中で忍人の評価がほんのちょっとだけだが上昇したのだった。

-了-

《あとがき》

レンタル忍人、人気沸騰中♪(*^^)v

手合せの作法」以来、何度か忍人さんの方から布都彦を誘い、互いに腕を磨き合ったりしている内に、いつしか布都彦も自分から申し込めるようになりました。
そこで那岐も、ちょっと頼んでみることに……でも、さすがに、直接交渉は敷居が高そうなので、千尋を介することにしました。

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