旅芸
シャニに会う方法を模索していた千尋達は、ひょんなことから旅芸人と間違われ、おかげでシャニに会えるようになった。
      それは幸運とも言えるが、実際にはそのようなものではない千尋達は、芸など持ち合わせていなかった。仲間内で一番何か出来そうに見えた柊も
      「私は無芸ですから…」と言って来る。
      しかし、落胆する千尋に、柊は続けて言った。
      「私などよりも、忍人の方が芸達者ですよ」
      「いつ、俺が芸達者などになったんだ?」
    「例えばですね…」
    柊は懐を探って、お手玉をを6個取り出した。
    「これの使い方は覚えてますよね?」
    言うなり柊は時間差で忍人に向ってそれを放り投げる。
      「ああ、腕は落ちていないようですね。私も昔は4個までなら何とか出来たのですが……如何でしょうか、我が君?」
      「わ~、忍人さん、ジャグリング上手いですね」
      「蛇具輪具?」
    布都彦の相変わらずの誤変換は無視して、千尋は楽し気に拍手を送った。
    適当なところで、忍人は投げ上げるのをやめて次々と手玉を収めて行く。
    「何をはしゃいでいるんだ、君は?こんなものは、ただの基礎鍛錬だ」
    「そうなんですか?」
    目を丸くしている千尋の後ろでは、風早が複雑な笑顔を浮かべていた。
    「他にも忍人は、逆立ちや宙返りなどいろいろ出来ますよ。風早を踏み台にすれば、後方宙返り3回捻りなんてことも軽々とやってのけます。ああ、ですが、これは室内向けではありませんね」
    「だから、それと旅芸に何の関係が…」
    そこで忍人は端と気付いた。
    「まさか、あれは全部、鍛錬などではなく…?」
    「ふふふ…あの頃は忍人も素直に私の言うことを信じてくれて……おかげで様々な芸を仕込むことが出来ました」
    忍人は、柊に掴みかかった。
    「手玉も拳合せも、逆立ちも宙返りも、梯子乗りも壺転がしも猪の吊るし切りも、全部お前の出任せか!?」
    「猪の吊るし切りだけは、本当に修業の一環です。あくまで師君の趣味と実益を兼ねてのものですけど…。他も、あなたに仕込んだ時こそ確かに私の悪ふざけでしたけど、今では師君から鍛錬として追認されています。何しろ、効果の程はあなたが体現してくださいましたからね」
    忍人は柊の服を掴んだまま、項垂れて小刻みに震えている。
    柊に対する憤りと、今の今まで騙されていたことに気付かなかった己の不甲斐無さと、結果的にそれが師に追認されてしまった事実との間で、怒るべきか悔しがるべきか嘆くべきか悲しむべきか喜ぶべきか、忍人は感情の落としどころが解らなかった。
    「確かに、それだけ出来れば充分に旅芸人の振りが出来そうだね。もっとも、葛城将軍がやる気になれればの話だけどさ」
    那岐の言う通り、忍人がやる気になどなれるはずがなかった。千尋の頼みでもお断りだ。
    結局、シャニの前では遠夜が歌って事なきを得たが、その陰で柊は「せっかく仕込んだのに…」と残念がり、忍人はまだ気持ちの整理が付けられずに居たのだった。
-了-
《あとがき》
破魂刀を使う時、あの距離で宙返りしているように見えた瞬間、LUNAの頭の中に軽業師な忍人さんが誕生しました。
  そして柊がいろいろ仕込んだことに…。
  その結果、忍人さんは動体視力やら体幹やらが鍛えられ、柊の悪戯を岩長姫が鍛錬に認定(^_^;)

