欲しいもの

「もうすぐ、クリスマスですね。千尋は何か欲しいものはありますか?」
「欲しいものかぁ…。う~ん、今一番欲しいのは……忍人さんの命かな」
千尋のその発言に、風早は持っていた茶器を取り落したのだった。

「本当だ、嘘でも聞き違いでもない」
「しかし、姫様が忍人様の命を欲しがるなど…」
「だが、確かにこの耳で聞いたんだ」
「う~ん、忍人様は今度は何やって姫様のお怒りを買ったんだ?」
「ああ、どうやったら、姫様をそこまで激怒させられるんだか…」
「先日、ご自身の誕生日を祝っていただいた際に、姫様に延々とダメ出ししたって話を聞いたが……あれがまだ尾を引いてるんだろうか?」
「あの方が姫様に厳しいことばかり口にされるのは、いつものことだろう」
見張りの者から話が伝わって、狗奴溜りは大騒ぎだった。
「なかなか興味深いお話ですね。忍人…命で償わねばならない程の粗相をした覚えはありますか?」
「あれば、ここには居ない。今なお必死に平謝りして許しを請うてる最中か、とっくに命で償った後だ」
「……ですよね」
そこまで怒らせたなら、いくら忍人が鈍くても気が付かぬはずはないし、こんな風にいつも通りに仕事をすることが許されるはずもない。
「我が君は一体、どのように仰ったのですか?」
そこで、実際にそれを耳にした狗奴が、もう一度話して聞かせる。
「我が君は、クリスマスに忍人の命をご所望ですか。成程…それでは、遠夜にそのように頼んでおきましょう。ああ、道臣にも声を掛けるとしましょうか」
柊は、一人で納得したように呟く。
「おい、栗何とかと言うのは何だ?それに、一体、何が成程で遠夜や道臣なんだ?」
「それは、当日のお楽しみです。ですが、皆さんもご安心ください。我が君は怒ってなどおりませんし、ましてや忍人に死んで欲しいなどとは露ほども思っておられません。寧ろ、逆です。忍人のことが愛おしくて堪らないんですよ。まったく…妬けてしまいますね」
意味深なことを言い残して、柊は去って行った。
忍人も狗奴達も訳が解らなかったが、とにかく千尋が怒っていないことには安堵したのだった。

そして、クリスマス当日。
忍人には、各方面から滋養強壮に効く食べ物やら薬やらがプレゼントされた。
寸前になってやっと那岐から”くりすます”について聞き出すことが出来た忍人も急遽プレゼントを手配したものの、当たり障りのないものを人数分用意するだけで手一杯だった。
「せめて君にだけは、特別なものを用意したかったのだが…」
「私は、忍人さんがくれるものなら何だって嬉しいですよ」
一様に無難な物を渡されても、千尋は忍人から手渡されそんな言葉を貰っただけで充分喜びを感じていた。
しかし、そこで忍人の脳裏に先日の狗奴達の騒ぎが甦る。千尋がクリスマスに忍人の命を欲しているのを確かに耳にしたと、見張りの者は言っていた。
「君が欲するのなら、今すぐ、この命でも何でも望みのままに差し出そう」
「えっ、やだ、忍人さん……どうして私が忍人さんの命を欲しがってるなんて知ってるんですか!?」
これには布都彦が過剰反応を示した。
「陛下!まさか、葛城将軍をお手討ちになさりたいなどと…」
「ああ、はいはい、布都彦…落ち着いてくださいね」
「ええ、陛下は忍人を手討ちにしたい訳ではありませんから、安心してください」
すかさず、柊と道臣が布都彦を取り押さえてズルズルと部屋の隅へと引き摺って行く。
その一方で、忍人は千尋に狗奴達の騒ぎを話して聞かせた。
「狗奴さん達に聞かれてたんですね。心配かけちゃって悪いことしたなぁ。忍人さんも、変な話聞いて不安になりましたよね?」
「いや…それは、柊が…」
話の先を聞いて、千尋はホッと胸を撫で下ろすと同時に、柊に対してちょっとだけお冠になった。
「もうっ、柊ったら…そんなことがあったなら、ちゃんと言っておいてよ」
「申し訳ございません。出過ぎた真似は差し控えるべきかと、愚考致しました次第にございます」
さらりと言い抜ける柊から、千尋は忍人の方へと向き直った。
「忍人さんは、身も心も私のものですよね?」
「ああ、そうだな」
千尋のこっ恥ずかしい言葉を真顔で肯定する忍人を、その場に集って居た者達は生暖かい目で見守った。未だに免疫が出来ておらずこの状況を達観出来ない者が1名程居たが、柊と道臣に身柄を抑えられ口を塞がれているので、邪魔は入らない。
「だったら、後は、貰ってないのは命かなって……忍人さんの命が私のものになれば、勝手に散らすことは出来なくなるでしょう?」
「そういう意味だったのか。それなら、とうに君のものになっている」
「他にもありますよ。少しでも長く忍人さんに生きていて欲しいって意味とか……その命を後世に繋ぎたいとか…」
「そうか。ならば今宵改めて、この身も心もそして命も……全て君に捧げよう」
大真面目に、それでも少しだけ表情を柔らかくして告げられたその言葉の意味するところに、千尋が真っ赤になりながらも小さく頷いた。

-了-

《あとがき》

欲しいこと」の流れを受けたクリスマスのお話です。
誕生日には幸せになれなかった忍人さんでしたが、こっちではそれなりに幸せにしてあげられたと思います。
でも、後で狗奴達にどう説明したものか……忍人さんのことだから、彼等には平然と話すかも知れません。聞いた狗奴さん達の方が、それでもう一騒ぎ(^_^;)

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