教育的指導

国見砦で改めて千尋と対面した忍人は、軍議が終わると風早を人気のない場所へと連れ出した。
「……この辺りで良いか」
適当な場所を見つけると、風早へと向き直って話を切り出す。
「二ノ姫のことだが……一体、お前はどういう教育をして来たんだ?」
そこで風早は、いつも通りの笑顔で答える。
「真っ直ぐで素直な心根の優しい姫にお育てしました」
「だから、土蜘蛛などを信じ軍に引き入れ、策もなく敵の本拠へ乗り込むような真似をしたと言うのか。あまりにも軽率だ。一歩間違えば命は無いのだと、軍は壊滅するのだと全く解っていない。そのような将に命を預けねばならぬ兵達の行く末を考えたことがあるのか!?」
忍人の言葉に、風早は苦笑を返した。
「何よりも、警戒心の無さにも程がある。早朝だからと言って、見張りも置かず武器も衣も手元から離して、一糸纏わぬ姿で水浴びするなど正気の沙汰とも思えない。何かあってからでは取り返しがつかないんだぞ!」
憤る忍人に、風早はただただ苦笑を浮かべるのみだ。
「たまたま通りかかったのが俺だったから良かったものの、敵ならば姫は死んでいたところだ。顔を知られていなくても、見るものが見れば、あれが天鹿児弓だと知れる。そこまで知れずとも、只者ではないのは明白だろう。そうなれば、殺されるか捕えられるのは必定だ」
風早は返す言葉もないのか、黙って忍人の言葉を聞いている。
「例え碌に見る目がなくとも……弓も衣も高価な代物だと一目で判る。僅かに目を離しただけで、持ち去られる恐れもあるんだ。その上、若い女性があのような格好で…。不埒な考えを抱く者など何処にでも居るだろう。そうなってから泣いても遅いんだ。お前達は、それが解っていないのか!?」

しばらく見合った後、どうやら忍人は言いたいことを言い切ったらしい、と思った風早は、そこで再び口を開いた。
「確かに、あなたの言う通りです。そんな風に水浴びなどした千尋は軽率だったと思いますし、それを見逃してしまった俺も迂闊でした。これからは俺も気を付けますし、今後二度とそのようなことはないように千尋にもよく言って聞かせますよ」
「ああ、是非とも、そうしてもらいたいものだ」
そう言うと、忍人は肩の力を抜いて背後の壁に軽く凭れた。
「ただねぇ、忍人…あなた、自分が今、何を言ったか解ってますか?」
風早の問いに、忍人は視線だけで応じる。
「あなたは今、他でもないこの俺に向かって、二ノ姫の裸を見た、って告白したようなものなんですよ。それ…解ってて言ってます?」
忍人はあっさり頷いた。そこで、風早は氷の微笑を浮かべて念を押す。
「だったら…千尋の裸を見たなんて……俺の前でそんなこと言ったら、ただでは済まないってことも、よ~く解ってますよね?」
「当然だ。見ようと思って見た訳ではないが、お前に知れればどうなるかくらい想像はつく。そうでなくて、こんなところまで連れて来るはずがないだろう」
最初から忍人はそこまで考えて、風早と話をする場所を選んだのだった。
「だが、我が身可愛さに口を噤んでいる訳にもいくまい。今言ったように、姫に何かあってからでは遅いんだ。とにかく、言うべきことは言ったからな。俺の気は済んだ。後は、お前の気の済むようにするがいい」
「そうですか。では、遠慮なく……俺の気の済むようにさせてもらいます」
宣言するなり、風早は忍人の身体を抱え込んだ。

「まぁ、こんなもんで許してあげましょうか」
「……力一杯101回も尻を叩いておいて、こんなもんとか言うな」
「あれ?すみません、ちゃんと100数えたつもりだったんですけど、1回多く叩いちゃいましたか。それじゃあ、次は白叩きにしますね」
そう言って笑う風早に、忍人は心の中でシクシク泣きながら「そんな簡単に次があって堪るか」と言い返さずには居られなかった。
姫が泣き付く前に自己申告した上に阿蘇への出立を控えているので、手加減するか手短に済ませてくれるかと思ったら、大間違いだった。確かに「気の済むようにしろ」とは言ったが、風早は本当に遠慮なく、服の上からとは言え手加減なしに思いっ切り尻を叩きまくってくれたのである。その数、101回。
ただでは済まないことくらいは承知していたが、まさかここまでの仕打ちを受けるとは思いもしなかった。風早の二ノ姫への思い入れを甘く見過ぎたと後悔の念が湧き起こる。一方で、自首してこれなら、黙っていて後で発覚したらどうなっていたのだろう、と空恐ろしさを覚えた。それどころか姫が泣き付いていたら、最低でも半殺しか、と肝を冷やす。
忍人の目には涙が浮かんでおり、風早はいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「大丈夫ですか?」
自力で立ち上がることが出来ずに居る忍人に、風早は先程までとは打って変わったように優しく声を掛けた。
「……自分で痛めつけておいて、その言い種はないだろう」
「はは…それもそうですね」
風早のこういうところは5年前までと全く変わっていなかった。相変わらず、何処か能天気で掴みどころのない性格をしている。
俺はこれから、あんな姫やこんな兄弟子と共に戦って行かなくてはならないのか?
忍人が先行きに不安を抱いたのも無理のない話だった。しかし、待ち受ける苦難はこの比ではないのだと、この時の忍人はまだ想像もしていなかったのであった。

-了-

《あとがき》

千尋の水浴びは避けようがなく強制的に展開される事件なので、多分、既定伝承に記されていると思われます。
そのため風早と柊は、誰に言われなくても、忍人さんが千尋の水浴び姿を見たことも、そこで顔色一つ変えずに説教したことも全部知っているというのが当サイトの基本設定なのですが……仕方ないことだと解っていても、やっぱり風早はただで済ませる訳にはいきません。これがもし、風早が千尋の口から聞かされでもしていたら、それも笑い話のようにして後になって聞くのではなく直後に泣き付くように訴えられたりしてたら、忍人さんへのお仕置きはこれだけでは済まなかったことでしょう。自首したから服の上からで済んだけど、知らん顔してたら直で叩かれますね。見たことだけでなく、バッくれたことで、「そんな悪い子に育てた覚えはありません」って……忍人さんは育てられた覚えはないだろうけど、柊や風早は忍人さんを育てたつもりで居ると思われます。
木属性の攻撃は、通常攻撃でも土属性には厳しいものがありますが、それに加えて、千尋が絡むと風早の辞書から”手加減”の文字が消えます。

忍人さんは、自分よりも二ノ姫の安全を優先した結果、この展開を予想した上で言ってます。そんなことも解らずに風早にこんな話をするようなら、千尋以上に軽率ですものね。ただ、読みは甘かったです。
でも、風早にお仕置きされてる間、忍人さんが苦難に堪えながら冷静に回数を数えていたところ、ひとまず終わったと思ったら風早の数え間違いでもう1回叩かれてしまいました。なので、そこには文句を言ってみる忍人さんでした。
正確に100回叩くのが百叩きな訳ではないんですが、その辺りは結構律儀な風早だったりします(^_^;)
それでも怒りが収まらなかった時には、別メニューが待ってます。(詳細は「逆鱗」参照)

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