暴走

「忍人さんっ!!」
殴り込み、と言う表現はこういう時に使うのではないだろうかと思うような勢いと迫力で軍務室に乗り込んで来た千尋を見て、忍人は呆れるやら驚くやらで言葉を失った。いつもならば、ここで「執務はどうした?」とか「仕事中は名前ではなく呼称で」とかで、説教モードに入るところなのだが、あまりのことにただ目を丸くして千尋を見つめることしか出来なかった。
「采女達が噂してました。結婚するって本当なんですか!?」
千尋に詰め寄られて、忍人は人形のようなぎこちない動きでコクリと頷いた。
「裏切り者!信じられない!私のこと好きだって言ってくれたのに……結婚する!?」
千尋に胸倉を掴まれて、椅子まで巻き込んでガクガクと揺すられて、忍人は頭の中が白濁した。周りに居た兵達も、女王のあまりの迫力に硬直していた。
「私は絶対に認めませんからね!まったく、ふざけんじゃないってんですよ。どれだけ身分が高くて美人で教養があって立ち居振る舞いが優れた姫だろうと、絶対に忍人さんは渡しません!相手がどこの誰だろうと、身分だけなら私の方が上なんですからね。そうですよ、私から忍人さんを寝取ろうなんて、身の程知らずも良いところです。そんな姫は一族郎党ひっくるめて子々孫々まで後悔の渦に飲みこませてやります。女王から恋人を奪い取ろうなんて、とんでもない不敬、それどころか反逆の意思ありじゃないですか!?」
「待て、千尋…」
喚き散らす千尋に締め上げられながら忍人がやっと口を開いたが、興奮した千尋は聞いちゃいなかった。
「葛城の長は私達のこと知ってるはずですよね?なのに、忍人さんに他の嫁をあてがうなんて、女王に喧嘩売ってんですか?だったら買ってやろうじゃないですか。私がそう簡単に忍人さんを手放すと思ったら大間違いですよ。この際、卑怯だろうが何だろうが身分でも柊でも使えるものは何だって使って、葛城一族全部敵に回してでも戦いますよ。絶対に勝利して、忍人さんを奪い取ります!」
「奪い取るって……俺は戦利品か?」
忍人は心の中で嘆くも口を挟む間もなく、千尋は完全に目の座った顔を寄せる。
「それとも何ですか。忍人さんは、心変わりしたんですか?こんな莫迦で色気もなくて聞き分けのない、いつまで経っても女王らしくならない出来の悪い小娘なんか捨てて、もっと賢くて美人で素直な深窓の姫と結婚しようとか思い直したんですか?」
もし本当に思い直したとしても、この状況で肯定出来る者など居ないだろう。そんな思いを抱きながら、心変わりなどしていない忍人は、意を決して腕を上げると、千尋を抱き寄せて唇を重ねた。

「ななな…何するんですか!?」
長い口付けの末、しばらくすると興奮が怒りから羞恥に代わって、千尋は忍人を突き飛ばすようにして飛び退いた。
忍人もかなり恥ずかしかったものの、何とか平静を装って問う。
「少しは落ち着いたか?」
「落ち着く訳ないじゃないですか。忍人さんが、皆の前でこんなことするなんて…」
千尋の心臓は、先程よりもバクバク言っていた。
「俺も、こんなところでこんな真似をするのは本意ではないが……こうでもしないと、君は俺の話など聞いてくれそうにないからな」
千尋は、半ば自棄といったような忍人の様子に少しだけ頭が冷えた。
すると、忍人は大きくため息をついてから告げる。
「噂通り、俺は結婚する……君と」
「裏切りも……って、今、最後に何て言いました?」
「だから…俺の結婚相手は他の誰でもない、君なんだ。王婿としてやっと内々に決定が成されて、近々正式発表が行われる」
まさか君が知らされていなかったとは思わなかった、と零す忍人に、千尋は心密かにまだ知れぬ者達に怒りを募らせた。
女王に情報を隠した奴と采女に情報を漏らした奴を見つけ出して、こてんぱんに叩きのめしてやる。
そんな千尋の心情を察することなく、忍人はもう一度大きくため息をつくと立ち上がった。
「千尋…半端な情報で君が勘違いしたことは理解出来たように思う。だが、軽率な発言は慎んでくれ。軽々しく、反逆だの喧嘩を買うだのうちの一族を敵に回すなどと言うべきではない」
「うぅっ、ごめんなさい」
説教モードに入ってしまった忍人に、千尋は素直に頭を下げる。
「それから、確かに君は何度同じことを俺に注意されようと一向に改めないし、一般的な姫としての教養や所作には欠けているところがあるし、女王としてもまだまだ不勉強であることは否めないが…」
解ってはいても、改めて忍人から言われると千尋は一言毎に項垂れるしかない。
「しかし、決して莫迦だの色気がないだのとは思っていない」
「ごめんなさ……はぃ!?」
何やら思いも寄らぬ言葉を聞いて、千尋は弾かれたように顔を上げた。
「自分をそう卑下するものではない。君が莫迦なら、その君を王の器だと言った俺はもっと莫迦だ。それに色気がないなどと……そんな筈ないだろう。俺の目には、満開の桜よりも満天の星空よりも、君の笑顔の方が美しく輝いて見える」
柊のように意図してそういう言い回しをした訳ではなく、忍人はただ思った通りに言の葉を紡いだだけと解るだけに、千尋は沸騰寸前になった。やっと硬直が解けた周囲の兵達も、今度は忍人の発言に再び硬直する。
「君に心変わりを疑われるなど心外だ。いくら相手の名が聞こえて来なかったからと言って、こうも簡単に”裏切り者”だの”信じられない”だのと罵られようとは……そんなに俺は君を不安にさせているのか?」
確かに、口を開けば出て来るのは厳しい言葉ばかりで甘い言葉など殆ど紡いでいないことは自他共に認めるところではあるが、それでも忍人は折にふれ何とか想いを伝えようと努力はしているのだ。尤もその努力が実っているとは言えず、寧ろ努力とは無関係に、時折無自覚に放った真正直な言葉の方が余程如実に心情を伝えていた。
「えぇっと…私の顔色を窺うような采女達の態度で、私が勝手に不安になっちゃっただけで……とにかく、ごめんなさい!」
千尋は真っ赤になったまま、深々と頭を下げた。そして静かに頭を上げると、不安と羞恥に潤んだ瞳で忍人を見上げる。
「あの…忍人さんを非難した言葉は全部撤回しますから……見捨てないでください」
千尋のその言葉は、それ以外の言葉は撤回する意思がないことを物語っていた。やっと二度目の硬直が解けた兵達は内心震え上がったが、忍人は達観したように微笑んで見せる。
「君が軽率なことは良く解っているつもりだ。今更こんなことくらいで愛想を尽かすようなことはないから、心配は要らない。寧ろ、そう簡単に俺が君を手放したりはしないものと覚悟しておくことだな」
「はい。忍人さんこそ覚悟しておいてくださいね」
それなら私は忍人さんを絶対に手放しませんから、と不敵な笑みを浮かべながら、千尋は忍人の首に腕を回した。

-了-

《あとがき》

忍人さんが千尋の結婚相手を勘違いした場合は、身を引こうとして苦しむ(「すれ違い」参照)と思われますが……千尋が忍人さんの結婚相手を勘違いした場合は、暴走すると思われます。特にそれが、互いの気持ちを確かめ合った後なら尚更のこと。

きっと、この後、ギャラリーから千尋の暴走ぶりが広まって、女王の恋人に火遊びを仕掛けるような輩は激減することでしょう(^_^;)

尚、今回の忍人さんの爆弾発言はキャラソンを意識してみました。
『孤影に降る夢』では「美しさは 散るからじゃない あざやかな季節を 共に見る人が 微笑むから」と歌い、『星は刹那の久遠』では「星より輝く 君を見ていよう」と歌っている忍人さん♪
つまり、忍人さんの目には千尋は満開の桜よりも美しく満天の星空よりも輝いて映っている、ってのは公式設定ってことですね(*^^)v

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