栄冠は誰の手に

-8-

粘り続けた忍人の耳に、道臣の声が聞こえた。
「柊の所為で、競技進行が停滞しているそうですが……それは事実ですか?」
「えっ?あっ、はい、実は…」
布都彦が自分が見聞きしたままを真っ正直に道臣に語って聞かせると、道臣はしばし考え込んでから、柊に問うた。
「柊は、自分の協力無くして忍人がこの借り物を用意出来ると考えていますか?」
何故道臣はそのようなことを訊くのだろうか、と思いながらも柊は答える。
「いいえ。そのような方法は無いに等しいと思ってますよ。世界中を探し回れば、何処かに眼帯を愛用している柊という名の者が他にも居ないとも限りませんが……探し出すのはおよそ不可能でしょう。この眼帯は予備も私が管理してますし、今からそっくり同じものを作ったとしてもそれは愛用の品とは呼べません。元より、私の協力なくしては達成出来ない課題として、この品を借り物に指定したのです」
柊のその答えを聞いて、道臣は改めて背筋を正すと柊を見据えて言い放った。
「その通り、他の誰に聞いても同じ答えでした。よって、これ以上競技の進行を妨害しないよう、審判として柊に警告します」
「えっ!?」
「あっ!」
忍人と布都彦、風早と柊から異口同音に驚嘆の声が発せられた。
「この競技を利用して忍人をいたぶるつもりだったのでしょうが……あなたはそれを楽しむあまり、策に溺れたようですね」
「くっ…解りました。参加資格を剥奪されては堪りませんからね……行きますよ、忍人」
柊は忍人の腕を掴むと、ゴールへ向かって歩き出す。すぐに道臣も後を追い、ゴールでは満足そうな顔で千尋が待っていた。
布都彦は訳が解らず風早に問う。
「あの……今のは一体…?」
「はは…競技規則にね、”何人も競技の進行を意図的に妨げることを禁ず。審判の警告に従わず尚も著しく競技進行を妨げたる者は、大会の参加資格を失い、出場したる全ての競技の得点を無効とする”って書かれてるんですよ。だから、着順も決まってるのに、他に方法がないと知っててただ一緒にゴールへ行くだけのことを拒み続けて競技時間を長引かせることは、この規則に抵触することになります。品物を限定し過ぎたことが仇となりましたね」
風早の解説を聞いて、布都彦は目から鱗が落ちたようだった。
ゴールで千尋から同じような解説を聞いた忍人は、他の者達から意見を募り果ては審判にまで協力させた千尋の手腕に感心すると共に、心の中でそっと安堵の呟きを唱えた。
  先程、さっさと足往を貸しておいて良かった

起死回生で黒組が5点をもぎ取った結果、全組同点優勝となり、花冠の数が足りないので、祝福のキス同様、各組の主将と副将にのみ授与されるよう変更された。
風早と柊、忍人と遠夜、アシュヴィンとシャニがそれぞれ千尋の手で花冠を被せられ、額に口付けを受けた。
「祝福のキスって…おでこだったんですか!?」
「当たり前でしょう。互いの唇が許されるのは、忍人さんだけだもの。そもそも、昔、風早が言ったんだよ。約束と感謝は頬、祈願と祝福は額って…」
不満そうな風早と柊を、千尋は呆れたように見下ろした。すると、柊は風早に食って掛かる。
「風早……どうして、我が君にそんな余計な知識を植えつけたりしたんですか!?」
「すみません…覚えてないんです」
そんな騒ぎがあったものの、運動会は幕を閉じた。勝負は完全にはつかなかったものの、一つ一つの競技を興味深く楽しんだアシュヴィン達は機嫌よく帰って行った。

その夜、柊は間違った方向に闘志を燃やしていた。
「我が君には、また運動会を開催して戴きたいものですね。次こそは、必ずや忍人を泣かせることの出来る借り物を指定して見せようではありませんか」
「借り物競争って、そういう競技じゃないんですけど……でも、機会があったら、また千尋から祝福のキスを貰いたいですね」
例え額にであっても、千尋にキスして貰えるなら俺も頑張りますよ、と風早も次に期待をかけた。
それを聞いて、最後の借り物競争で疲労困憊した忍人が、忌々しそうに吐き捨てる。
「次など、そうそう開催させるものか。実戦より遙かに疲れた」
忍人は、どれだけ激戦が続こうとここまで疲れを感じたことはなかった。あの借り物競争までは、こんなことでは普段の鍛錬の成果など碌に示せないと思っていたのだが、考えが甘かった。かつて、あれ程忍耐を強いられた作戦は無かったように思われる。それどころか、これは何かの拷問かとさえ思いもした。「白状しろ」と言われる代わりに「棄権しろ」と迫られたようなものだった。
「お疲れ様でした。次やる時は、今回の事例を踏まえて、競技規則を見直しておきますね。特に借り物課題は、予め道臣さんに精査してもらうようにします」
何しろ、今回はあまりにも自由度の低い借り物が多過ぎた。自分も『天鹿児弓』と書いたので他人のことをとやかく言えないが、これは少々規則の見直しが必要だと反省した千尋なのであった。

-了-

《あとがき》

”体育祭”ではなく”運動会”なのは、規模が小さいことと、ダンスやら応援合戦やらが無い所為です。それと、そっちの名称の方が忍人さんが賛同してくれそうな気がして…(^_^;)

最初は黒組を優勝させようと思ってたのですが、いろいろ点数配分を考えた末に、全組同点優勝にしてみました。
駆け比べなら玄武+足往の圧勝でしょうが、他の種目で難儀してもらいました。そもそも、借り物競争が物凄く書きたかったので、まずはそこの配分を決めて、次にスピード系の競技で黒に沢山点を入れて、最後に同点になるように中盤の点数を操作しました。

借り物競争のお題で誰がどれを引くかは、くじ引きで決めました。作中で各キャラが書いたと言う設定で参加者全員分の借り物指定のくじを作って、出走者毎に引いたら、こんな結果となりました。
黒組に不利なものばかり出てしまい、残ったお題は『破魂刀』と『勾玉』で、忍人さんと遠夜が書いたものです。風早達の三すくみには、自分でも驚きました。
出走順は、Excelで出場者の表を作って、乱数使って並べ替えました。

前へ

indexへ戻る