葛藤

-後編-

「何で柊は忍人さんを責めるの?忍人さんは悪くないのに…。悪いのは私なの。私が我儘言ったから…」
寝台に運ばれた千尋は、風早に介抱されて息が整うと、一気に捲し立てた。
しかし、全ての経緯を聞いた風早は、首を横に振る。
「事情は理解しました。でもね、この場合、やっぱり責められるべきは忍人なんです。忍人もそれが解ってるから、大人しく殴られたんだと思いますよ」
そうでなくて、忍人が柊の平手をまともに喰らうはずがない。よろめいた千尋に気を取られたとは言え、あの間合いなら、忍人なら間違いなく避けるか防ぐか出来たはずだ。余程油断していたなら話は別だが、柊に声を掛けられて振り返る際に、油断していることなど有り得ない。
「何で、忍人さんが…?」
「忍人は判断を誤ったんです。千尋にどんなに強請られても、二人きりで森の奥などに行くべきではありませんでした。いつもの忍人なら、千尋を部屋へ帰したはずです。でも、そうしなかった。これは明らかに忍人のミスです」
「でも、それは私が…」
「千尋は我儘を言ったけれど、命令した訳じゃないでしょう?正式に命を下されたなら武人はただ従うだけですが、そうではない。我儘を聞き入れたのは忍人です。柊はよく、千尋の願いを叶えるのが喜びだって言ってますけど、主君の願いを何でもただ叶えるのが臣下じゃありません。間違っていると思ったら、諫言を為すのが正しい行動なんです。柊だって、千尋が本当に間違っていたら、ちゃんとそう言うはずです。他の人の反対を押し切ってでも何でも言うことを聞いてくれているように見えるのは、そうすることで起こり得る全ての事象に対処する用意があるからですよ」
いつだって柊は全ての可能性を考えて、一見悪い手に見えても最後には千尋の為になるような手を打ってくる。
「それに、荒魂の接近を許したのは、忍人らしからぬ失態です」
「それは…」
「何より、忍人自身が自分の責任だって思ってるんです。だから、誰かが咎めてあげないと救われません」
「でも…」
千尋はまだ釈然としないようだった。一言毎に、掛布を掴んでいる手に力が篭っている。
そこで風早は苦笑しながら言う。
「勘違いしないでくださいね。俺は、千尋は悪くない、なんて一言も言ってませんよ」
「えっ?」
「確かに、一番悪いのは勝手に部屋を抜け出したり我儘を言った千尋です。よ~く反省して、もう二度とこんな真似はしないように…いいですね?」
「はい…ごめんなさい」
その言葉と共に、握り締めていた手の力が少し抜けた。それを見て、風早はにっこり笑う。
「千尋、今ちょっとホッとしたでしょう?」
「あっ…」
「つまり、そういうことです。解ったら、ゆっくり休んでくださいね」
そう言い残して、風早は千尋の部屋を後にしたのだった。

「あなたも存外、姫に手厳しいのですね」
「甘やかしてばかりだとでも思ってたんですか?」
部屋の外で立ち聞きしていた柊に、風早は涼しい顔で応じながら移動を促した。
「あなたの方こそ…忍人に膝をつかせるなんて、一体どれだけの力を込めて殴ったんですか?」
「勿論、手加減なしで力いっぱい…身長差も利用して思いっきり張り飛ばしました。おかげで手が痺れてしまいましたよ」
しかし、ここで柊が手加減などしたら逆効果になる。昔から、手加減されたり子ども扱いされるのが大嫌いだった忍人だ。ここで手加減され、しかもその相手が柊となれば、多大な屈辱を感じることだろう。
「あそこで千尋が倒れなければ、俺が軽く引っ叩くくらいで済ませたんですけどね」
千尋の目の前では滅多なことでは手を上げない風早になら、その程度で済まされたとしても忍人の心は傷つかないだろう。
「どうするんですか、あれ…朝になっても腫れが引きませんよ。騒ぎになるんじゃありませんか?」
「そんなものは、夜更けに一人で出歩く姫を忍人が見つけた結果引っ叩かれた、とでも噂を流しておけば大丈夫ですよ」
「それは……嘘じゃありませんけど、とんでもない中略っぷりですね」
恐らくその噂を聞いた者は、説教された姫が逆ギレして葛城将軍を引っ叩いたと信じることだろう。何しろ、あのアシュヴィン皇子の脇腹に肘鉄を叩き込めるような姫だ。葛城将軍を引っ叩くことだって出来ても不思議ではない。
誤解とは言え、それなら忍人の失態が知れることはない。あの二人が真相をわざわざ触れて回ることもないだろう。
そこで風早は話題を変える。
「ところで、忍人は…?」
「しばらく座り込んでましたけど、自力で立ち上がって、頭を冷やしに行きました」
今頃、水の中で己の心の変化の意味が解らず、悩んでいることでしょう。でも、一人なら囲まれても自分の身くらい守れますから、心配要りませんよ。
そんな柊の態度に、風早も賛同する。
「もうしばらく、気付かずにいて欲しいものですね」
「ええ、あと少し……せめて千尋の即位式が済むまでは…」
そして二人は切に祈る。
――願わくば、どうか即位式が終わるまで、あの二人が自分の気持ちに気付きませんように…

-了-

《あとがき》

EDへの分岐点間近の頃、千尋への想いを自覚してない忍人さんと無邪気な千尋でした。
忍人さん、葛藤中。
そして、互いの秘密を知ってて親友やってる風早と柊はとっても仲良しです( ^^) _U~~

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