復活には未だ遠く

「忍人さん!」
パタパタと駆けて来る千尋を、忍人は軽い嘆息と共に迎えた。
「もう、起きても大丈夫なんですか?」
「ああ。まだ思うようには動けないが、短い時間ならこうして見回りが出来るくらいには回復した」
先日、忍人はムドガラを打ち倒して地に伏した。遠夜を中心に千尋と、その千尋を心配する風早――そして、こっそり柊――の献身的な看護によって意識を取り戻したが、まだ完全回復には程遠く、忍人の焦りは募るばかりだった。
「あんまり無理しないでくださいね」
「君も…俺の目が届かないからと言って、くれぐれも独りであちこち行かないでくれ」
忍人が復帰を焦る理由はそこにもある。意識を取り戻してからこうして起き上れるようになるまでなど、それはもう気が気ではなかった。
「わ、わかってますよ。ほら、今だってこうしてちゃんと足往を護衛に付けてるじゃありませんか」
確かに一人歩きはしていなかったが、あまり安心は出来なかった。
「足往はまだ半人前だ。状況判断に問題があり過ぎる」
途端に、足往の耳と尻尾が垂れた。解ってはいても、忍人にこうもキッパリと言われるとやっぱりちょっとへこむ。
「この辺りだけならそれでも構わないが、出来れば風早辺りを同行してもらえると俺も少しは気が楽になる」
あれれ、今ちょっと褒められたのかも、と足往の気持ちが少しだけ浮上した。そんな風に足往が忍人の言葉に一喜一憂していることなど露知らず、千尋は笑顔で「はい」と返事をすると踵を返した。しかし、行きかけて、ふと立ち止まり振り返る。
「忍人さん……今のは、何をしての感想ですか?」
突然の曖昧な問いに、忍人は面食らった。
「……何のことだ?」
「ですから、何をして、思うようには動けないってことを実感したんですか?」
「それは……」
口籠る忍人に、千尋は詰め寄った。
「まさか、起き上れるようになるなり普段通りの鍛錬をしようとしたんじゃないでしょうね」
「いや、さすがにそんな無理は利かないことは解っている。そこまで回復してはいない自覚くらいあるから…」
「だったら、何をしたんですか?」
「……敢えて話して聞かせるようなことは何もしていない」
そんな忍人の態度に、千尋はますます疑いを濃くする。
「姫さま、そんなに問い詰めなくても……忍人さまなら、ちょっと動いてみただけでも自分の体調くらい解って不思議じゃないぞ」
「足往の言うのももっともだけど、不調だと解っても隠すのが忍人さんだよ。まだ思うようには動けない、なんてことを口にしたからには、よっぽどのことだし絶対何かあったに決まってるんだから……そうですよね、忍人さん?」
「………………」

タジタジとなる忍人を千尋が締め上げていると、背後からクスクスと笑いながら柊が現れた。
「姫が懸念されているようなことなど何もございません。このような鍛錬バカでも、さすがにまだそれには早いという自覚くらいは持っております。出来て柔軟程度で、あとはそうして軽い運動を兼ねて見回りをするのがやっとのこと。何かあっても戦うのは部下に任せる他ないという有り様です」
「柊、貴様…」
忍人が睨むのをものともせずに、柊は千尋の傍らに立つ。
「どうか、我が君…そのくらいで勘弁してやって下さいませ」
「だって、絶対何か隠してるよ」
不満そうな千尋に、柊は楽し気に笑いながら言った。
「ですから……この私に掴みかかろうとしてあっさり躱され、足払いをかけられるまでもなく床と仲良しになりかけて、当の私に腕をとられて助けられ、挙句にその腕を引かれて抱き締められたところで振り解くことも出来なかったなどと、忍人の口から言わせるのは酷というものでございましょう」
「う~ん、それは確かに……って、そういうことなんですか?」
問われて忍人は、渋々と頷いて見せた。正直なところ、身体が言う事を聞かないとの自覚は十分あったはずなのだが、柊の軽口に冷静さを欠いて随分と無様なことになったものだと痛感している。
「ふふふ…寝てばかりでは身体が鈍るというのも解りますけど、もうしばらくは良い子にして大人しく寝ておいでなさい」
「そうですよ、忍人さん。もうっ、部屋の中をちょっと歩き回るくらいならまだしも、見回りは他の人に任せてゆっくり休んでてください。せめて私にこんな簡単に締め上げられなくなる程度に回復するまでは、お仕事は全面的に禁止です!」
「……それは命令か?」
「め、命令なんかじゃ……ああ、でも、命令じゃないと聞けないなら、いいです、命令だって何だって……いや、でも、やっぱりそんなことしたくないから、出来ればお願いしている内に聞いてもらえると……でも、でも、命令でないとダメなら……」
千尋が葛藤していると、忍人は困り顔で言う。
「君をそのように追い詰めるつもりで、命令か、と訊いたのではないのだが…。解った、お願いの内に聞こう。その代り…」
「その代り…何ですか?」
千尋と柊に異口同音に問われ、忍人は続ける。
「君は、俺の目の届くところに居てくれ」
「はい、解りました」
千尋は即答すると忍人と連れ立って、足往と柊を従えて忍人の寝所へと向かう。そして、忍人が眠るまでずっと枕元に居たのだった。

-了-

《あとがき》

ムドガラ倒して昏倒イベントの後の、天鳥船の中での出来事です。
ちなみに、看病にあたったメンバーに道臣さんが含まれていないのは、人や物が増えすぎて調停やら何やらに大忙しだからです。

やっと起き上れるようになった忍人さんですが、まだまだ本調子ではありません。でも、千尋のことは心配だし、いろいろと自分の目で確かめないと落ち着かないしで、部下に護られながら見回りをしています。
まぁ、寝たきりから起き上れるようになったら、まずは歩くのが基本だし…。だったら、単にウロウロと部屋の中を歩き回るのではなく、ついでに見回りに出るのが忍人さん流のリハビリです。

一方、柊流、忍人さんの体調の調べ方。ちょっかいを出して、反応を見る(^_^;)
緋の傷跡」でも似たようなことをしています。

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