命ふたつ

「変若水ですら効果がない程に忍人の命は擦り減り、もはや目を覚ますだけの生命力は残っていません」
「後はもう、このまま命が潰える時を待つしか……」
柊と風早からそう言われても、千尋は諦めきれなかった。
千尋を守り切ったと満足そうに死の床に就いた忍人は、手当てを施され身を清められている所為か、本当にただ静かに眠っているだけにしか見えない。愛する者のその姿を見て、「手の施しようがないから諦めろ」と言われても納得出来るはずなどないではないか。
「命が足りないのなら、私のを分けてあげます。私の命を半分あげるから……目を覚まして、ずっと傍に居てください」
繰り返しそう話し掛けながら、いつしか千尋は忍人の胸に顔を伏せて泣きながら意識を薄れさせていった。

黄泉路を進む忍人に、千尋の泣き声が聞こえる。だが、諌めようにも慰めようにも、もう忍人には声を出すことが叶わない。
仕方なく後ろ髪を引かれる思いでゆるゆると先へ進もうとすると、辺りが朱い光に包まれ、 眩さが収まると上空に見覚えのある姿が現れていた。
「……朱雀!?」
ここで現れたのが玄武だったならまだ少しは納得出来るのだろうが、どれ程目を凝らしてもそれは朱雀にしか見えなかった。
「神子の愛が我を呼んだ。愛は我が力、破壊と再生は我が領分。神子の願いにより、我は汝が命を再生す」
驚愕する忍人の目の前に、朱雀は光り輝く球体を浮かばせた。
「それは神子の命の半分。それを己のものとし、現世へと立ち戻るがよい」
忍人は胸元に吸い込まれる光の玉を引き戻すように慌てて手を伸ばしたが、その手は虚しく空を掴んだ。しばし驚愕して立ち尽くした後、朱雀を見上げて、両脇で拳を握りしめて叫ぶ。
「ふざけるな!俺は、千尋の命を吸い取ってまで生きたいとは思わない。今すぐ、これを千尋に還せ!」
「ならば、汝は何を捧げる?」
「何だと…!?」
「神子は、汝を生き返らせる為に、汝への愛の証に、己の命の半分を供物として捧げた。それをもって我は汝が命を再生する力とした。では、失われた神子の命の半分を再生せんが為、汝が捧げる供物は何か?神子と同等のものを、その命に相応しきものを、それを再生するに足る力を我に与えるものを、汝は差し出すことが出来るか?」
千尋と違って、費える寸前であった忍人の本来の命には、半分どころか全部でも何の価値もありはしない。そして再生された命は忍人だけのものではなく全て千尋の命でもある。一滴たりとも差し出せる筈がない。ならば、千尋のそれに匹敵するものは、命の半分を差し出すに等しいものは、自分が引き替えに出来るものは何だろうか。
しばらく考え込んだ後に、忍人は一つの考えに到った。
「力を……戦う力…………武人としての俺にとっての命とも言える、刀を振るって道を切り拓くこの力を差し出そう」
「よかろう。汝のそれもまた、我への供物に相応しい。神子の命の再生は成る。そして汝にも、今ひとたびの生を……」
朱雀が大きく翼を広げ、舞い散る羽が忍人の周りを包んでいった。

甦った忍人は、泣き笑いしながら縋り付く千尋にそっと告げた。
「千尋……俺にはもう、君の為に太刀を振るう力はない。それでも、傍に居ることを許してもらえるだろうか?」
「はい。それでも、私は忍人さんに傍に居て欲しいんです。誰よりも、私の傍に居てください」
一方の当事者でもある千尋は、その場に居たかのように、忍人と朱雀のやり取りを全て知っていた。
忍人はこれまで、幼い頃から日夜厳しい鍛錬を重ね、ずっとその力を頼りに生きて来た。見た目で侮る者達を見返し、大切な者達を護り、その手で未来を切り拓いて来た。その力で、最後まで千尋を護り通した。それを、忍人は手放したのだ。
「でも本当に、それで良かったんですか?」
これからの忍人は、もう千尋をその手で護ることは出来ない。それどころか、自分の身さえも誰かに護ってもらわなくてはならない。それはこれまでの忍人の生き方からすれば、屈辱的な生活を強いられることになるのではないのか。
そう不安げに問う千尋に、忍人は悔いのない顔で応えた。
「それでも、君を泣かせたまま逝くよりは良い。ましてや、君の命を半分潰すなど……その方が余程耐え難い。だからもう二度と、あんな願いは掛けないでくれ」
そこで忍人は、朱雀の前で見た千尋の命の輝きを思い出した。
「だが、君が莫迦な真似をしてくれたおかげで、俺は二つの幸いを得た」
一つは勿論、こうして千尋と共に生きられる未来だ。それは千尋にもすぐに解った。しかし、もう一つが解らない。
不思議そうな顔をする千尋に、忍人は嬉しそうに告げた。
「半分であれ程の輝きを放つのなら、君の命は並外れた力に満ち溢れているに違いない」
きっと千尋は長生きする。ちょっとやそっとのことでは命数が尽きることはないだろう。それが忍人には何とも心強く思えるのだった。

-了-

《あとがき》

生太刀」とは別の形で忍人さんを蘇らせてみました。
知らずに千尋の命を受け取っちゃって、目覚めて「なんて莫迦なことをするんだ」と説教する話にしようかとかも考えたんですが、それはあまりにも恩知らずだろうってことで路線変更しました。

でも、朱雀はタダでは動いてくれないんじゃないかとか、力を振るうにはその源となるものが必要なんじゃないかと思って、こういうことに……それに、神話に出て来る神様って人を試すのが好きだからね(-_-;)q

ちなみに、忍人さんはこれまでに培った力は失っちゃいましたが、一から鍛え直せば再び戦えるようにはなります。但し、過酷な鍛錬に身を投じて命を削るような真似は一切出来ないので、元通りという訳にはいきません。
もちろん、軍に戻るなんて以ての外。だって、千尋の命を危険に晒す訳にはいきませんものね。
そんな訳で忍人さんは、過酷じゃない範囲で許されるギリギリまで鍛錬して、自分と千尋の身は護れる――兵や風早達が来るまでの時間を稼げる――程度を目標に修行し直すと思われます。

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