流れ星にお願い

「ただいま~」
「おかえりなさい」
いつもなら、前者が千尋で後者が子供達なのだが、この日は違っていた。
薄暮の空に沢山の星が流れると聞いて、子供達は風早の引率で草原へと出掛けていたのだ。千那にせがまれて那岐も付き合わされたし、案内役として柊も同行した。
本音を言うなら千尋も一緒に行きたかったのだが、仕事を疎かにして忍人を怒らせてまで星に願いたいことがある訳でなし、教育上も良くはないので今回は同行を見合わせたのだ。
そして、きちんと執務を行って帰室し、着替えなどを終えて一息ついたところに子供達が戻って来たのであった。

「皆、しっかりお願い事は出来た?」
千尋の問いに、千早が元気良く答える。
「うん!ちゃんとして来た」
その様子に微笑んで、千尋は重ねて問うた。
「まぁ、千早は一体、何をお願いしたのかしら?」
すると、千早は大きな声で言った。
「父さまが怒りんぼじゃなくなる~」
「誰が怒りんぼだ!?お前が叱られるようなことばかりするのが悪いのだろう。そもそも、風早が甘やかすからそんなことに…」
「はいはい、忍人さん、落ち着いて…」
千尋は忍人を宥めながら、千早に振り返った。
「あのね、千早が間違ったことしたのに何も言わなくなったら、それは忍人さんじゃなくて偽物とか別人よ。私は、そんな忍人さんなんて嫌だわ」
千尋の言に、忍継は勿論のこと、何故か柊や風早までしみじみと頷いていた。
その様子に納得したのか、千早は気を取り直したように言う。
「あとね…風早のお嫁さん」
千早がそう言うなり、忍人は先程よりも更に勢い込んで叫ぶ。
「ダメだ!風早をお前の婿になどして堪るか。歳と身分(と種族)の差を考えろ。冗談にもならない。絶対に認めないからなっ!!」
「ん~、私もそれはちょっと…」
そんな両親の反応に、千早はムゥっと頬っぺたを膨らませてから言う。
「違うもん!風早にお嫁さんが来るようにだもん」

千早が拗ねたように口を噤んだので、その隙に千尋は千那にも同じことを訊いてみる。
「千那は何をお願いしたのかしら?」
すると、千那はちょっとはにかんだように答えた。
「那岐のお嫁さん」
「……那岐にお嫁さんが来るようにってこと?」
先程の例があるのでそう問い直すと、千那は首を横に振る。
「千那…なるの」
その答えに、忍人は複雑な心境になりながら言う。
「……あと10年もして、那岐がまだ独身で、両想いだったら認めないこともない」
「狡い!わたしにはダメって言ったのに…」
途端に千早が文句を言ったが、忍人は不思議な顔をする。
「お前は風早の嫁になりたい訳ではないのだろう?」
「でも、狡い。わたしはダメで、千那は良いなんて…」
差別だと言わんばかりの千早に、忍人は淡々と応えた。
「そうではない。風早がダメで、那岐なら構わないと言ってるんだ」
それを聞いて、那岐は独り言つ。
「そりゃ、千那は女王になる訳じゃないし、僕は葛城将軍よりは年下だけどさ……いくら何でも無理があるんじゃないの」

不貞腐れてしまった千早をどうにか宥めた風早が、皆にお茶を煎れて回る。
そこで気を取り直して、千尋は忍継にもまた同じ問いを発した。
「忍継は、何をお願いしたの?」
すると、忍継は真顔でこう応える。
「柊が父上で遊ばなくなりますよう、と…」
途端に、大人達全員が声を揃えて鋭く応じた。
「無理!」
何しろ、それだけは千尋ですら叶えることが出来ないのだ。星に願ったくらいで叶うはずがない。
これまでに、千尋は何度か「二度と忍人さんで遊ばないで」と命じようとしたことがある。しかし、その度に「ならば、いっそ”死ね”とお命じ下さい」と言われて、結局は期間限定で禁止するのがやっとという有り様だった。
それをそのまま言うのも憚られて、忍人と千尋は話題を変えるように、しかし本気で忍継の心持ちを心配しながら訊く。
「気持ちは大変有り難いが、お前はもっと自分のことを考えろ。自身の望みのようなものは、何かないのか?」
「そうよ、自分のこととかは何も願わなかったの?」
すると、忍継がボソッと呟く。
「…………常世に留学」
「留学?」
「その……国外から中つ国を見たり、話に聞くだけでは解らないことを実際に体験したりしてみたいと思って…」
「それで、常世に留学したいの?」
「はい。あちらの価値観や気候などを知ることは、友好国としてこの先も交流するのに役立つやも知れませんし……その経験は将来、千早を補佐するのに有意義なのではないかと…。ですが、そんなの夢物語みたいなものだってことは解ってますので…」
漠然とした想いだったものが、言葉にするにつれて具体的なものとなっていく。それと同時に、現実問題としてそれがどれだけ難しいことなのかも、具体的に思い浮かんでくる。
そうして段々と俯いて行った忍継の肩に、千尋の手がそっと置かれた。
「忍継……母様って、そんなに頼りない?」
「えっ?」
弾かれたように顔を上げると、その頭に今度は忍人の手が置かれて、軽く押すようにして更に顔を上げさせられる。
「そうだぞ、忍継。そういうことは星に願う前に、俺達に言え」
「あ、あの…」
忍継が、何だか自分は大変なことを言ってしまったようだと思った時には、事態は急転していた。
「風早、すぐに常世に飛んで、アシュヴィンと打ち合わせして来て!」
「はい」
すぐさま、風早が部屋を飛び出す。
「行きますよ、忍人さん。柊も一緒に来て。とっととババアにナシ付けるわよ!」
「ああ」
「はい、我が君」
忍人と柊を従えて勢いよく出て行きかけた千尋は、戸口で一度足を止めた。
「那岐、忍継と一緒に千早と千那をお願いね」
「はい、はい、解ったよ」
「あっ、あの……母上…?」
あっという間に事が大きくなって、忍継は大慌てだ。やはり自分はとんでもない願いを口にしてしまったらしい。しかし、もう止めることは出来そうになかった。
呆然としている忍継に、那岐は言う。
「お前さぁ……あんまり自分の母君をナメるんじゃないよ。あれで千尋は、やる時はやるんだから…。大体、あの葛城将軍を尻に敷いて、あのアシュヴィンに平気で肘鉄喰らわせて、あの柊を顎で扱き使えるような人間が、只者である訳ないだろ」
その言葉通り、千尋が戻って来た時には、忍継の常世留学はほぼ決定事項となっていたのだった。

-了-

《あとがき》

子供達が流れ星にお願いするお話。
歳の頃は、忍継17歳、千早7歳、千那4歳くらいを想定しています。

風早と千早の結婚に反対する時に忍人さんが心の中で「と種族」」と唱えてるのは、忍人さんも風早の正体を知ってる設定だからです。
この小話は、「白麒麟」の流れを汲んでいます。なので、千尋の「すぐ常世に飛んで」は文字通りの意味だし、忍人さんも風早をアッシーに下しています。

indexへ戻る