婚礼衣装は誰が為に

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千尋の疑問に決着がついたところで、一同は改めてウエディングドレス姿の千尋に賞賛を浴びせる。
「それにしても…とても似合ってますよ、千尋。それに、良く出来てますね。千尋が向こうで時々描いていたウエディングドレスにデザインがそっくりじゃないですか」
「さすがは、我が君。大変お美しくていらっしゃる」
「想像していたよりも、その…綺麗だ」
「ああ、まったく…惜しむらくは、隣に並ぶ男が俺ではないという点だな」
「またアシュヴィン様はそのようなことを…。ですが、本当によくお似合いですね」
「あはは、ありがとう、皆。でも、驚いちゃった。まさか、常世の花嫁衣装が私の理想のウエディングドレスにそっくりだったなんて……偶然って恐ろしいね」
千尋はそう言ったが、勿論それは偶然などではなかった。
「偶然のはずがないだろう。それは忍人が送って寄越した通りに、細かく注文して作らせたんだ。確か、お前が描いた図案だと言う話だったな」
注文を受けた常世随一の職人は、これによってまた新たな境地に到達出来たらしい。
「もっとも、衣についてしか書かれていなかったから…面紗は俺が勝手に選ばせてもらった」
どうせ忍人に問い返しても解るはずがないし、千尋に内緒でと言うことだったので確かめることも出来ないだろう。そう考えて図案の通りの衣を千尋が纏った姿を思い浮かべて勝手に面紗を選んだアシュヴィンだったが、その判断も見立ても正しかった。
「ふん…お前は、やはり顔がよく見えている方が良いな。あの絹綾は顔が隠れてしまって面白くなかった」
「そう?ああ、でも、確かにあれって結構邪魔なんだよね」
アシュヴィンが選んだベールは主に後頭部を覆うようになっていたが、正装の絹綾は完全に頭を覆うようになっており、思っていたよりも視界を遮った。真正面くらいしか見えない。女王が正装すべき儀式も限られてはいるものの、理由は違えど、忍人同様に可能な限り正装せずに済ませたい、と真剣に思った千尋であった。
「それで式典の最中、我が君のお顔の色が優れなかったのですね。私は、緊張故のことと思っておりました」
「うん、緊張してたのもあるけど……視界は悪いし、冠は重くてずり落ちそうだしで、もう大変だったの」
おかげで一世一代の晴れ舞台でありながら、碌な思い出が残らない結果となりそうだった。
しかし、それもアシュヴィンのお土産のおかげで最高の思い出へと塗り替えられる。
「忍人のように額帯だったら、そんなことにならずに済んだろうにな」
「そうだね。うふふ…忍人さん、綺麗だったでしょ」
碌でもない思い出になりかけた婚儀の場で、唯一千尋にとって良い思い出となっていたのは忍人の正装姿だった。
そう千尋は嬉しそうに言うが、忍人は苦虫を潰したような顔になる。それを見て、アシュヴィンは楽しそうに言った。
「ああ、なかなか良かった。似合うのだから、普段から玉の一つも身に着けたらどうだ?」
「断る!」
取りつく島もない忍人に、千尋は残念そうにアシュヴィンに同意を求める。
「私も勧めたんだけど、この調子なの。勿体ないと思わない?」
「確かに、勿体ないな。素材は良いんだ。着飾らせたら面白そうなのに…」
何も知らない千尋と、何かありそうだと察しているアシュヴィンの二人掛かりで言いたい放題に好き勝手なことを言われて、忍人は狼狽することしきりだった。柊が遊ぶ隙もない。
しかし、アシュヴィンは柊と違って、忍人ではなく千尋をからかうことを楽しみとしていた。それが忍人に対して助けとなる。
「ははは、そのくらいにしておいてやれ。婚礼当夜の花嫁は、花婿に泣かされるものと相場が決まっているんだ。お前が忍人を泣かせたのでは立場が逆だろう」
「えっ?何で忍人さんが私を泣かせたり……やだ、アシュヴィンったら、もうっ!!」
アシュヴィンが何を言っているのかを問いかけて、途中でその意味するところに気付いた千尋は、真っ赤になってアシュヴィンをバシバシ叩いた。しかしアシュヴィンの方は、まったく痛みを感じていないと見えて、楽しそうに笑っている。
「常世の皇をああも気安く叩くとは……さすがは我が君です」
「風早…一体、どういう教育をしたら、ああなるんだ?」
「さぁ、俺にもそこまでは…。でも、いいじゃないですか。俺のお育てした姫に、間違いはありません」
「アシュヴィン様も楽しそうですから、一向に構わないと思います」
当事者達は気にしておらず、風早は笑って誤魔化し、リブはそれらを後押しする。そんな主従達に忍人が呆れている前で、千尋とアシュヴィンと風早の笑い声が響き、その夜は更けていったのだった。

-了-

《あとがき》

忍人さんはちょっとでも派手な服を着るのが大っ嫌い、というイメージから生まれたお話です。
嫌がる忍人さんに着飾ってもらう為の王婿の正装については、勿論LUNAの捏造です。通常の婚礼衣装についても、単なる想像です。
執筆中、二度と着ない為に後追い自殺志願者となりかけた忍人さんでしたが、生太刀を絡めればそんなことしなくていいということに気付いて、大団円ED設定から忍人の書ED後の話に路線変更しました。

尚、忍人さんが千尋のスリーサイズを抱き締めた時の腕の感覚で把握しているのは、ジオさん(byちょー美女と野獣シリーズ)の影響です。声が一緒なもので…(^_^;)
それと、千尋の体重については公式の身長から割り出した標準体重となっております。ちょっとやせ形だと思う一方で、戦いで筋肉ついてるからプラマイゼロで、ほぼ標準体重に落ち着きました。

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