強弱の関係

「ねぇ、3人の中では誰が一番強いの?」
いつもと変わらない午後のお茶の時間。千尋の目に映るのは、ニコニコしながらお茶を煎れて回る風早と、上機嫌で茶を飲み話しながら時折茶菓子に手を伸ばす柊、そして茶菓子には一切手を出さずに黙って茶を啜る忍人の姿だ。
今日の忍人は、柊に腕を取られて後ろ向きに肩を抱かれてここまで連れて来られたので、機嫌がいい筈はないのだが、それもよくあることだった。
そんないつも通りの光景の中で千尋の口からふと飛び出した問いに、忍人の表情は更に強張り、残りの二人もしばし動きを止めた。

何とも言い難い空気に包まれた後、風早が苦笑しながら答えた。
「五行属性では、忍人が一番弱くて、柊が一番強いです。木克土、金克木ですから…」
すると、柊が続けて言う。
「そして、その上に火克金で我が君がおわします」
「そういうのじゃなくて……実際には、誰が一番強いんですか?」
今度は千尋は、しっかりと狙い定めて忍人に向かって訊いた。
「何でそんなことを訊くんだ?」
「だって、不思議なんです。忍人さんはもの凄く強いのに、柊や風早にはあっさり捕まるわ遊ばれるわ……風早は結構使える方だと思いますけど、柊なんてあの戦ではてんで弱くて、戦闘中、術でならちょっとは役に立ったけど直接攻撃なんて碌に効かなかったじゃないですか。なのに、どうして忍人さんは二人には簡単にやられちゃうのかなって…」

無邪気とも言える問いに、忍人は悔しそうに答える。
「……遁甲して背後を取られては、どうにもならない」
柊と風早も追って口を開く。
「それだけではないでしょう?私達が兄弟子であることも、その一因です」
「それと、俺達が一応……まぁ、とりあえず曲りなりにも友達だってこともありますよね?」
今度は千尋が考え込む番だった。
遁甲して背後を取られては不利だというのは解る。あまり実感はないが、どんなに優秀な戦士でも背後を取られることは即ち死を意味するという話は良く耳にした。
兄弟子だからというのも、まぁ、だから動きなどを熟知しているのだと考えられなくもない。
だが、友達だからというのはよく解らなかった。しかもそれが「一応……まぁ、とりあえず曲りなりにも」となると、もう殆ど意味不明だ。
頭を抱えてしまった千尋に、風早は更に混乱させるようなことを言う。
「つまり、ね……忍人は俺達より腕が立つんです。特に攻撃力となると、千尋も知っての通り、これがもう半端なく強い訳です」
「???」
ますます不可思議な面持ちとなる千尋に、風早と柊が更に続ける。
「だから、俺達が相手では、忍人は手加減せずには居られないんですよ」
「忍人の得手は一撃必殺ですので……全力で反撃して私達を殺してしまうことを躊躇う気持ちが、心の何処かにあるのでしょう」
「戦場で相対したのなら、親兄弟は勿論のこと腹心の部下や生涯の良友どころかそれこそ先生が相手だろうと、忍人は些かの躊躇いもなく刀を振るいます。まぁ、万々が一、先生を相手取るようなことにでもなったら、一瞬どころか半瞬でも躊躇ったらアウトですしね」
それは何となく解るような気がする千尋だった。
確かに、戦場では一瞬の躊躇いも許されない。時にはそれが自身のみならず味方の運命をも左右することさえある。敵にすら情けをかけようとする千尋は、戦場では一瞬の躊躇いが命取りとなることもあるんだ、と忍人に何度も叱られた覚えがある。
「そうそう、例え相手が結界を張ろうとも、忍人なら破魂刀の一撃で結界ごと斬り捨てますよ」
そう脱線しかけて風早は、話を元に戻す。
「ただ普段は、一度でも心を開いた相手には冷酷になり切れないとでも言うのかな……ほら、あの時も、”すぐに斬れ”と言いはしても刀に手をやろうとはしなかったでしょう?つまり、柊のことだって、口では何と言おうとも、やっぱり戦場で相対しでもしない限り、 本気で殺したりは出来ないんですよ。でも、手加減して尚も忍人の方が優位に立てるほど、俺達も弱くはありませんからね」
「反射的に攻撃しかけて、相手が私達だと気付いた瞬間、咄嗟に手を止めようとして隙が出来ます。そこを突けば、容易に捕獲出来るという訳です」
命までは取られないにしても、正に一瞬の躊躇いが決定的な敗因となることを日々体現している忍人なのだった。
そこで忍人は 諦めにも似た表情で言う。
「おまけに、風早には苦手意識を文字通り叩き込まれてるし、柊は……敵は倒せないくせに、押し倒すのと動きを封じるのだけは大の得意と来ている。まったくもって、扱いづらいことこの上ない」
「叩き込ま……ああ、はいはい、そういうことですか。それは確かに、反撃の加減を誤ってうっかり半殺しにでもしようものなら後が怖いですよね」
千尋はそれで納得したように、しみじみと頷いて見せた。
「そうなんだ。おまけに、風早に――それどころか、柊でさえも――何かあれば、君は泣くだろう?そう思うと、どうしても攻撃するのが躊躇われて……結局、圧倒的に不利な状況に陥ることとなってしまう」
そう忍人が力なく応じれば、柊と風早が楽し気に続ける。
「ええ、ですから多少の隙さえ突けば、背後からではなくても忍人を攻略出来ます。何しろ、俺達が本気で打ち掛かっても、忍人なら大丈夫ですから…」
「ふふふ……逃げ道さえ封じてしまえば、もう、こちらのもの。なまじ腕が立つために忍人は本気で抗うことが出来ず、哀れにも囚われの身という訳です」
余りにも楽し気に、そして自慢げに言う二人に、忍人は更に肩を落として深く大きく溜息をつく。
そこで千尋は風早達をキッと睨み付けた。
「二人共、調子に乗って忍人さんに無体な仕打ちをしようものならタダじゃ置かないよ。確かに、風早や柊に何かあっても私は泣くと思うけど、忍人さんに何かあった方がもっと泣くんだからね」
それから千尋は僅かに視線を反らし、柊張りの怪しげな笑みを浮かべて、聞こえよがしの独り言を放つ。
「忍人さんに危害を加えたのがどうでも良い相手なら、差し当たり矢の雨を降らせるだけで勘弁してやってもいいけど、二人の場合は……さぁて、どうしてくれようかしら?うふふふ……」
これには風早も柊も背中が冷える。
「ち……千尋…。心配しなくても、俺達だって加減は解ってますから…」
「ええ、我が君をお泣かせするような真似は決して致しませんので、些少のことは何卒ご容赦くださいませ」
「……俺にとっては、お前達のすることは大概において些少ではないのだがな」
柊の言にそう零しながらも、忍人は心の中でふと呟く。
――やはり、属性に因らずとも、この中では君が最強ということだな

-了-

《あとがき》

誰が一番強いのか、というお話。
あくまで当サイトの設定です。

千尋がその問いを発するまでの経緯をいろいろ考えていたら長くなったので、そちらの話は「あなたと午後の休息を」として独立させ、いきなりズバリ訊く話に改めました。

うちの千尋は火属性です。ゲームをする際、主人公の属性は八葉に1人しか居ない火か水にするようにしてまして……遠夜がかなり好みだったのでレギュラー参戦予定ってことで、水は足りるから千尋は火属性に決まりました。
なので、五行属性で考えてもこの4人の中では千尋が一番優位となります。そして千尋は、火生土で忍人さんを生かす(*^^)v

ここに遠夜が加わると綺麗に五行属性が循環する訳ですが……実は、遠夜vs.忍人さんは当サイトの力関係では遠夜の方が強かったりします。何しろ、うちの遠夜はいろんな意味で最強なので……棺から出て以来、仲間は誰も遠夜に勝てません(^_^;)q
忍人さんは、他の人に比べれば遠夜に強気に出られるんですが、遠夜が粘ると結局は根負けしてしまいます。

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