あなたと午後の休息を

千尋が執務を一段落させて、風早にお茶の支度を整えてもらっているところに、柊が顔を出した。
「あっ、柊、いらっしゃい……って、何を担いで来たの?あっ、まさか、それって…」
執務室に入って来た柊は、肩に何やら大きく細長い布包みを担いでいた。
「ええ、これはですね…」
柊がそれを床へと下ろして布の端を持って引くと、中身が転がり出た。
「ぃや~っ、やっぱり忍人さん!?」
転がり出たのは、両手と両足を縛られた忍人だった。
「暇そうにしているのを見かけたので、拾って参りました」
「暇そうになどしていない!俺は、鍛錬に励んでたんだ」
駆け寄った千尋に後ろ手の縛めを解いてもらいながら忍人はすかさず叫んだが、柊はサラッと言い返す。
「つまり、仕事中ではなかった訳ですよね?でしたら鍛錬などではなく、愛しい姫の元を訪ってお茶をご一緒するくらいのことはしても罰は当たりませんよ。寧ろ、そうすべきです。あなた、仮にも姫の恋人でしょう?」
「仮ではなく、正式な婚約者だ」
そう忍人が抗議すれば、柊は呆れたように返して来る。
「空き時間の過ごし方として我が君との逢瀬よりも鍛錬を選ぶようなバカが、威張るんじゃありません。我が君よりのお茶への誘いに、気が向いたらな、などと思わせぶりな発言をしたきり一向に顔を見せずに……一体、いつになったら気が向くのやら……私がこうして拉致して来なければ、一生気が向かずに終わるのではありませんか?」
忍人は、ぐうの音も出なかった。代わりに口を開いたのは千尋だ。
「同感だけど、これはやり過ぎだよ。もうちょっと穏便にね。大体、何だってこんなにしっかり縛った上、布で巻いたりするのよ!?」
すると、柊は悪びれもせずに答える。
「このくらいしっかり拘束しませんと、逃げられてしまうものですから…。布で巻いたのは、忍人の為を思ってのことです。これなら、無様な姿を人目に曝さずに済みますし、動いたり声を立てたりしなければ、我が君への献上品で通りますでしょう?」
当然のことながら捕まった際に文句を言った忍人は、そう言われて一切の抵抗を封じられたのである。
「……見えなくても、声を出さなくても、中身はバレバレだと思うけどね。柊がこんな形状のものを担いでたら、中身は忍人さんに決まってるもん」
「ははは…でも、気付くのは一部の者達くらいでしょうし、彼らは一様に気付かぬ振りをしてくれますよ。それに、この場合の忍人は、間違いなく千尋への献上品です」
そんな千尋と風早の評に、何処からまた誰からツッコミを入れて良いのか解らなかった忍人は、ただ黙って拘束を解かれるのを待つことしか出来なかったのだった。

なかなか解けないことに業を煮やした千尋が柊に「さっさと解いてよ」と命じると、程なく忍人は解放された。
すると、千尋は嬉しそうに椅子を叩いて忍人を呼ぶ。
「忍人さんの席、ここです」
その様子を見て、忍人が抱いていた疑念が強くなった。
「……随分と嬉しそうだな。まさか君は、最初から柊に俺を攫って来るように命じてあったのか?」
千尋は首をブンブンと横に振って見せる。
「では、何故、そのことで柊を責めないんだ?縛り方や、布で巻いたことには文句を言いながら、攫ったこと自体には全く言及しない」
「あっ、あの……それは…その……どんな形でも、忍人さんと一緒にお茶が飲めると思ったら嬉しくって…。それに、柊がこんなことしたのは、多分、普段の言動とかから私が忍人さんを待ち侘びているのが伝わっちゃった所為だろうし……だから、柊を責める気になんてなれなくて…」
「……理解し難いな。仕事の合間に俺と一緒に茶を飲むことは、君にとってそれ程重大な意味を持っているのか?滅多に会えないというならまだしも、毎朝晩に顔を合せて、共に卓子を囲んで話もしているだろう。そもそも君は、ここを休憩室にした際、俺にこう言ったはずだ。暇が出来たらで構いませんから、気が向いたらここで一緒にお茶飲んだりしてくださいね」
柊と風早は天を仰いだ。
「だからって……言葉通りに受け取る子がありますか」
「千尋が無理強いしたくないのは解りますけど、そこは”気が向いたら”ではなく”嫌じゃなかったら”くらいにしておかないと……忍人には伝わりませんよ」
忍人は、二人が呆れた声音で漏らした言葉を聞いてしばし考え込んだ後、千尋に問う。
「もしかして、君は俺に無理強いしたくなくてああ言ったものの、本心では毎日でもここで共に茶を飲みたいと思っていたのか?」
「…………………………はい」
千尋が申し訳なさそうに頷くと、忍人は深い溜息と共に言った。
「解った。これからは出来るだけ時間を作って、この時分にはここへ顔を出すようにしよう。さもないと、次は仕事中だろうと構わず拉致されかねないからな。それに、柊も一緒なのは少々、否、かなり不愉快だが……仕事の合間に少しばかり私人に戻って君と共に過ごすのも、そう悪いものではなさそうだ」
諦めの境地に達したような忍人の言に、柊は満足そうに微笑んだ。
「ふふふ…珍しく理解が早くて結構ですね。ええ、ですが、まったく鈍感にも程があります。これまでの我が君のお嘆きが如何ばかりのものであったか…。ですから私は、ここ最近、忍人を捕獲する機会を常に窺っておりました。どうせ忍人は、私の話なんて素直に聞いたりはしませんでしょう?それでも人前で事に及ぶのは遠慮しましたし、目隠しの大布も用意しておいたのですよ。その心遣いを無にした挙句、我が君のお望みを打ち砕いて仕事や鍛錬に明け暮れようものなら、今後は仕事中であろうと衆人環視の場であろうと容赦は致しません。隙あらば、問答無用で縛り上げて、そのままお姫様抱っこで運ばせて頂きます」
「やめろ。そんなことをされて堪るか」
「おや、私に攫われるくらいで済めばいいではありませんか?風早まで乗り出して来たら一大事ですよ
柊のその言に、千尋は首を傾げた。千尋の感覚では、柊に拉致される方がよっぽど危険に思われる。
その疑問を感じ取って、3人は応えた。
「風早が乗り出して来た時は、もれなくお仕置きが付いて来ますからね。そうなる前に、我が君のささやかな希望を叶えて差し上げた方が身の為というものです」
「当然でしょう。いつまでも千尋の期待を裏切り続けるようなら、俺は容赦しませんよ。その身に徹底的に言い聞かせてやります」
「言い聞かせる、と言うなら口頭でにしろ。まったく、千尋のこととなると風早は何かと極端から極端に走るから始末に困る。だから、君も妙な遠慮はしないでくれ。下手に遠慮などして、挙句にこの二人を相手に愚痴など零されては、俺の身の破滅だ」
忍人の切実な訴えに、千尋は申し訳なさと困惑を覚えながら小さく頷いたのだった。

-了-

《あとがき》

千尋が「3人の中では誰が一番強いの?」という問いを発する話を書こうとして、そこに至るまでの経緯が長くなったので、独立させることにしました。

風早達の言うように、忍人さん相手に言外の意味を感じ取ってもらおうなんて期待はしてはいけません。
「暇が出来たら…」と言われたら、本当に暇が出来ない限り、まず忍人さんの気が向くことはないでしょう。
これが風早や柊なら、何が何でも暇を作って日参しますけど…(^_^;)

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