鬼ごっこ・おまけ
忍人の部屋で柊と共に茶を啜っていた風早の耳に、パタパタと遠くから軽い靴音が聞こえて来る。
    「千尋が来たみたいですね」
    うとうとしていた忍人が目を覚まして身を起こすと、間もなく千尋が部屋へと飛び込んで来た。
    「お帰りなさい」
    にっこりと微笑んで風早が出迎えると、千尋も「ただいま」と笑い返す。
    しかし、その直後、その笑みを絶やさぬままにこう言い放った。
    「風早、柊、ここで正座してくれる?」
    忍人の寝台から少し離れたところで床をビシッと指差す千尋に、風早も柊も首を捻った。
    「いきなり何ですか?」
    「四の五の言わずに、さっさと正座!」
    先程より力強く再び床をビシッと指差されて、2人は訝しみながらも言われた通りにした。すると、千尋が風早の両こめかみに拳を押し当ててグリグリと締めつける。
    「痛っ!痛いです、千尋…」
    その後はもう声にならない。そして風早がやっと解放されると、呆気にとられて見ていた柊が千尋に両頬を引っ張られ始める。
    「いひゃっ!にゃんひぇしゅか、わぎゃひみ(何ですか、我が君)…?」
    「柊の頭脳は大切だから、これで勘弁してあげるね」
    その言葉を聞いて、千尋にグリグリされたところを摩っていた風早が不満を漏らす。
      「俺の頭はどうなっても良いんですか?」
      「風早の頭は丈夫だから、このくらいしても平気だよ」
      あっさり言い返されて風早はちょっと凹む。
      「酷いですよ、千尋…。大体、何で俺達がこんな目に合わなきゃいけないんですか?」
      だが千尋はそんな風早に取り合わず、柊の頬から手を放すと、今度は忍人の方へと向き直った。
      「忍人さん…」
      目が笑ってない冷たい笑顔で名を呼ばれた忍人は「今度は俺の番か?」と身構えた。
      「今日の昼間、何処で何してました?」
途端に3人の背を冷たいものが伝い、目が泳ぐ。
   昼間の一件がバレた
      「ずっと、ここに居ましたか?」
      重ねて問われて、忍人は恐る恐る答える。
      「ああ、ここに…も…居た」
      「も?」
      つい正直に余計な一字をつけてしまった忍人と、それを聞き逃さなかった千尋のやり取りに、風早と柊は天を仰いだ。
      「それじゃあ、他には何処で何してました?」
    追及の手を緩めない千尋に、誤魔化しきれないと悟った忍人は、部屋を抜け出して鍛錬していたことを白状したのだった。
「すまない、千尋。殴ってくれて構わない」
      冷ややかな笑みを浮かべる千尋を前にして縮こまっている忍人に、千尋は今度は本当に微笑みかけた。
「ふふふ…」
      千尋の鉄拳を覚悟した忍人の前で、千尋は楽しそうに笑っている。
      「千尋…その…そうやって笑いかけられるより、いっそ殴ってくれた方が気が楽なんだが…」
      「はい、だから殴りません」
      その答えに、忍人はどうして良いか判らなくなる。
      
      そして千尋の背後からは、風早達が「忍人だけお咎めなしなんて狡いですよ」と文句を言っているのが聞こえて来る。
      千尋はそれらに構わずに言葉を続けた。
      「それに忍人さんは、私が殴らなくてもお釣りがくるくらい柊に苛められたでしょう?」
      「何故、それを知って…!?」
      忍人が「勝負に負けたから戻って来たとしか言っていないのに…」と狼狽えていると、千尋は「あっ、本当に苛められたんだぁ」と言う顔をして、それからあっさりと理由を語る。
    「あのね、柊と風早が忍人さんを追い回したり、柊が忍人さんを抱えて風早と一緒に笑いながら歩いてるところを、遠夜が見たんだって…。心配して知らせてくれたの」
    道理で忍人が戻って間もなく、遠夜が薬湯を持って訪ねて来たはずだと合点がいった。「余計なことを…」とも思った3人だったが、遠夜に他意はなく純粋に忍人のことを心配しての行動であることが解るだけに、怒りは湧いて来ない。
    「忍人さんが大人しく柊に抱えられてるなんて普通ならあり得ないから、何か意地悪されたんだろうな、って思ったんだけど…」
    やっぱりその通りだったんだね、と忍人に向って微笑みかける千尋に、柊は異議を唱えた。
      「意地悪だなどと…人聞きの悪いことを仰らないでください」
      「じゃあ、嫌がらせ?」
      「違います。あれは、お仕置きです」
    柊は、堂々と胸を張って言い切った。その陰で忍人は、あまりの居た堪れなさに掛布を被って蓑虫と化したのだった。


