結婚狂走曲

-後編-

忍人から念願のプロポーズを受けてご満悦の千尋だったが、夜になってまた後悔の念に襲われた。
「どうしたんです、千尋?」
心配そうに聞く風早に、千尋は昼間のことを話した。
「一方的に結婚を決めただけでも申し訳ないと思ってたのに、気づけば無理矢理プロポーズさせちゃって、もう私ってば何やってんだか……」
湯のみを抱えて卓子に突っ伏し、千尋は溜め息をついた。
そんな千尋を、風早は温かい目で、そして那岐は呆れた目で見る。
「別に、千尋が気に病むほど、葛城将軍は気にしてないと思うけどね」
「ええ、夕方あった時も何も変わったことはありませんでしたよ」
気にしていたなら、風早に会った時に「どういう教育をしたんだ」と文句を言って来ただろう。
「嫌なことは嫌だとはっきり言う性格ですからね」
役目でもない限り、嫌なことは頑として受け入れないその頑固さは子供の頃から徹底している。
そうして嫌がる忍人を、否応無く騒動に巻き込んで楽しんでいたのが柊だった。彼の所為で被った数々の被害に比べれば、愛しい相手に妻問いをすることなど何の問題にもならない。
「うぅっ、実はそれだけじゃないの。足往が……」
千尋はあの後の出来事について話し出した。

千尋に妻問いして納得してもらい、改めていつもの説教をして千尋を執務室まで送って行こうと部屋を出た忍人は、そこで足往を発見した。
「こんなところで何をしている?」
怒りを含んだ声で問われて、足往はおろおろしながら答えた。
「あ、あの、おいら、姫様の様子が変だったから気になって……」
皆で気配を殺して聞き耳を立ててていたはずが、周りを見れば他には誰もいない。どうやら他の者達は皆、忍人が説教を始めたのを機にでも訓練に戻って行ったらしい。こんなことの後でもお小言を忘れないなんてさすがは忍人様だ、などと感心しながらそのまま聞き耳を立て続けた足往と違って、引き際というものを心得ている。
「そうか。ならば、もう用は済んだろう。さっさと訓練に戻れ」
冷ややかにそう言い放つ忍人に、足往はシュンとなって立ち去りかけ、そこで思い出したように振り返って満面の笑みを浮かべた。
「おめでとうございます、忍人様。へへっ、やっと姫様と夫婦になれるんですね」
「……公式発表があるまでは他言するな」
「はい」
忍人に素っ気なく釘を刺されながら、嬉しそうに足往は駈け去って行った。この後、千尋を送り届けて戻って来た忍人に、訓練を抜け出したことで叱責され、襤褸雑巾のようになるまで扱かれるとも知らないで……。

「足往に立ち聞きされてたなんて、恥ずかしいよ~。あんなの聞かれちゃった忍人さんは、もっと恥ずかしかったよね、きっと……」
椅子に腰掛けたままじたばたする千尋に、風早は笑って応える。
「大丈夫ですよ。忍人はそのくらいじゃ動じません。柊の所為で味わった数多の恥辱に比べれば、そんなのは数の内にも入りませんから」
何をやった、柊?
千尋も那岐も、そう突っ込みたくなったが、忍人の名誉の為にもそれは聞かないでおこうと思い直した。
その代わりに那岐が言ったのは
「あんた、やっぱり友達選んだ方が良いんじゃない?」
はは…、と笑って風早が聞き流す様子を見ながら、那岐は改めて、こんな人間ばかりを兄弟子に持った忍人が哀れに思えて来たのであった。

-了-

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