星に願いを

-後編-

「首尾は如何でした?」
「ええ、思った以上にうまくいきましたよ」
千尋の部屋のすぐ隣、風早に与えられた部屋で待っていた柊に、忍人達を降ろして一足先に戻って来た風早は嬉しそうに答えた。
「まったく、あの2人は見ていてもどかしかったですからねぇ」
「ええ、本当に……。忍人が鈍いのは今に始まったことではありませんが、これだけ周囲の者が互いの気持ちに気づいている中で我が君だけが忍人の気持ちに気づかれないなど、不思議でなりませんよ」
「はは、千尋は以前の忍人のことをあまり知りませんからね」
あの葛城将軍が可能な限り女王の気持ちを考えて動いている様子など、昔を知る者には何よりもその気持ちを雄弁に語っている。一人で出歩く千尋を見つけても、問答無用で部屋へ連れ戻すのではなく、散策に付き合ったり話し相手になったりお茶に同席したりするなど、忍人にしては随分と千尋の気持ちを優先しているつもりだろう。
「あの忍人が我が君と2人きりで桜見物だなどと、見かけた時には我が目を疑いましたよ」
「ええ、俺も驚きました。桜を見るにも仰々しいことになりそうだと気落ちする千尋に、まさか忍人があんなことを言い出すなんて……」
急に休みが出来て一人で散歩していた千尋を見つけて忍人が説教しているのを見かけた時は、そのまま部屋へ送り届けるのではないかと気を揉んだ風早だったが、何と忍人は周りに断って2人で桜を見に行こうと言ったのだ。千尋が部屋に連れ戻されそうになったら、せめて付近の散策だけでも続けられるように助け舟を出そうと思っていた風早は、予想外の展開に唖然とした。
「あれ程いい雰囲気でしたのに、それから全く進展無しですか」
「進展無しというよりは、忍人は公式の場でますますよそよそしくなるし、千尋は立派な女王として振る舞おうと頑張りすぎるしで、むしろ後退した感じでしたよ。良い時に君が帰って来て、仲を取り持つのに役立つ情報をくれて、本当に助かりました」
「礼には及びませんよ。我が君の幸せのためならば、私も千里の道を一息に舞い戻って見せましょう」
今日帰って来たのは、流星群を利用して2人の距離を縮める為に他ならない。兆候を読み取って急いで帰って来たが、どうにか間に合ったようだ。
全ての計画を立てたのが柊だと知ったら、おそらく忍人は感謝するどころか余計なことをしたと怒るだろう。

風早と柊が忍人と千尋の話を肴に酒を酌み交わしていると、やっと忍人達が戻って来た。
「ただいま、風早」
満面の笑みで風早の部屋に挨拶に来た千尋に、風早は素知らぬ顔で挨拶を返す。
「お帰りなさい。楽しかったですか?」
「うん、とっても楽しかったよ」
「良かったですね。忍人も、少しは楽しめましたか?」
「ああ、感謝する」
素直な謝辞を耳にして、柊は忍人に気づかれないようにそっと口元を緩める。
忍人はどうやら本当にありがたく思っていたようで、情報をもたらした礼のつもりか、部屋の奥で杯を傾けている柊に文句を付けることもしない。
「それじゃ2人とも、もう遅いですから早く休んで下さいね」
「わかっている」
「うん。おやすみなさい」
引き上げて行く2人を温かい目で送り出してから少し間を置いて、風早は柊と共に気配を殺してそっと部屋から顔を覗かせた。
案の定、忍人が千尋と部屋の前で別れようとしているところだった。
「では、千尋、明日からも人目のある場所では女王と臣下だ。くれぐれも忘れるな」
「はい、頑張ります」
元気に答える千尋に、忍人は少し困ったような表情を浮かべる。
「いや、あまり頑張らないでくれ」
「えっ?」
「立場を忘れてもらっては困るが、頑張りすぎて倒れられてはもっと困る。何より、心配でならない」
思いもかけない優しい言葉に、千尋は少し頬を染めて頷いた。
「気をつけます」
「ああ、出会った頃に比べて君は随分と痩せたからな。食事と睡眠はしっかりと……」
忍人はそれ以上の言葉を続けられなかった。突然繰り出された千尋の拳が忍人の顎に綺麗に決まり、忍人が面食らっている間に千尋は部屋の中へと閉じこもったのだ。
「どうしたんだ、千尋!?何故、いきなり殴る?」
「忍人さんの莫迦ぁ~っ!!」
「一体、何を怒っているんだ!?」
全く意味が分からないままその場に立ち尽くす忍人を見ながら、兄弟子2人は深々と溜め息をついたのだった。
「莫迦ですね、忍人」
「ええ、本当に莫迦な子です。兄弟子として恥ずかしく思いますよ。我が君の心中を慮ると、涙が溢れそうでなりません」
忍人と千尋の出会いと言えば、既定伝承にも記された避けることの出来ない水辺の遭遇。
出会った頃の体型について言及すれば、千尋は当然あの裸身を見られた時のことを思い浮かべるに決まっているのに……。
「それにしても、ああも見事にか弱き乙女の拳を食らうとは……『不敗の葛城将軍』の名が泣きますね」
「素晴らしい腕前ですよ、千尋。そんな姫をお育て出来たことを、俺は誇りに思います」

-了-

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