白雪姫
昔々あるところに、2人の姫が居ました。
    それぞれ一ノ姫、二ノ姫と呼ばれていましたが、美しい黒髪の一ノ姫に対して二ノ姫は異形とも言える金の髪をしていました。
「おはよう、羽張彦」
    「よぉ、一ノ姫。今日も綺麗だな」
    女王でもある一ノ姫の日課は、魔法の鏡の精である羽張彦との逢瀬でした。
    「陛下……いい加減になされませ。そのようなモノに好意を寄せられ、縁談を端から断られてばかりでは、この国の未来はどうなるのですか?そろそろ婿を取られて次代様をお産みいただきませんと…」
    狭井君の苦言も、一ノ姫は一顧だにしませんでした。
    「あら、別に私が未婚のまま身罷ったとしても、うちには二ノ姫がいるじゃないの」
    しかし、狭井君は異形の二ノ姫にこの国を任せることには反対でした。
    そしてついには、二ノ姫さえ居なくなれば一ノ姫も腹を括るのではないかと思い詰めるようになりました。
まだ幼さの残る二ノ姫でしたが、周りから疎んじられているのはヒシヒシと感じていました。
    そこで少しでも皆の役に立てるようにと、時折、近くの森に薬草や食材等を採りに出掛けていました。
    そんなある日、茸狩りをしていると、化け物が襲いかかって来ました。
    「姫様、お逃げください!」
    一人の采女が化け物と二ノ姫の間に立ちはだかり、姫は他の采女達に手を引かれてその場から逃げ出しました。
    しかし、化け物は楯となった采女を無視して真っ直ぐに二ノ姫を追って来ました。他の采女達が順々に立ちはだかりましたが、化け物は彼女達には見向きもしませんでした。
    そして、必死に化け物の気を引こうとした最後の一人も無視されて、一人で逃げ続けた二ノ姫はとうとう追い詰められてしまいました。
    「来ないで~っ!」
    既に立ち上がる体力もなくなった二ノ姫は手当たり次第に石などを投げつけましたが、化け物はジリジリと迫って来ました。
    その時、震える二ノ姫の視界を白くて大きな背中が覆いました。
    「一人で良く頑張りましたね」
    優しい声に続いて、もう二人分、男の人の声がしました。
    「お怪我など御座いませんか?」
    「すぐに倒す。目を瞑っていろ」
    化け物とは違う唸り声のようなものが聞こえたかと思うと、辺りはすっかり静まり返っており、緊張の糸の切れた二ノ姫はそのまま意識を手放してしまいました。
二ノ姫の出自を調べていて、あの化け物が城の者の放った荒御魂だと察した風早、柊、忍人の3人は、姫を城に送り届けずにそのまま何処かで密やかに生活させることにしました。
    二ノ姫は風早から千尋と名付けられ、忍人の知り合いの狗奴の元へと預けられることになりました。
    しかし、そこを訪ねてみると、その狗奴は先日亡くなっており、養い子の那岐だけが残されていました。
    「困りましたね」
    「別にいいよ、その子もあんた達も好きなだけ居れば?」
    面倒くさがりな那岐は、風早達が家事を全部やってくれれば楽でいいと、同居を勧めてくれました。
    「子供一人を残しておくのはも問題でしょうし…」
    「更にそこへ姫だけ置いて行くのはもっと問題がありますね」
    「どうせ俺達は修行の旅の身だ。しばらくここに居ついても構わないのではないか?」
    千尋を預けて旅を続けるつもりだった3人でしたが、予定を変更して共に暮らすことにしました。
それから5年の月日が流れました。
    千尋達は、行方不明の兄を捜して彷徨った末に行き倒れた布都彦も拾って、仲良く森で暮らしていました。
    そんなある日のことです。
    いつものように風早は川へ洗濯をしに、布都彦は山へ鍛錬をしに、忍人は森へ狩りをしに、柊は何処かへイタズラをしに、それぞれ出かけて行きました。そして那岐が昼寝をしている間に、千尋は訪ねて来た怪しげな老婆からリンゴを受け取ると食べてしまいました。
「何を騒いでいる?」
    最後に帰参した忍人は、千尋の枕元で柊と風早が争っているのを見て、傍らの那岐に訊きました。
    すると、那岐は言いました。
    「千尋にどっちが薬を飲ませるかでもめてるんだよ」
    事情を聞いた忍人は呆れました。
    「軽率だな。そんな怪しげなものを容易に口にするとは…。君も君だ。何故、呑気に昼寝などしていた?」
    「僕が昼寝してるのはいつものことだろ」
    こうも開き直られると、忍人は二の句が継げませんでした。
    「とにかく、一口齧ったところで僕が叩き落としたんで致死量には足りなかったけど、仮死状態になっちゃってさ……解毒薬作ったものの、誰が飲ませるのかが問題なんだよね。あの二人は互いに一歩も譲らないし、布都彦は…」
    「なりません。そのように、ね、ねんごろなっ!」
    布都彦は真っ赤になって叫びました。
    忍人は、那岐の手から薬を奪い取ると、風早達が止める間もなく千尋に口移しで飲ませました。
    「あっ、ああぁ~~~っ!!」
    忍人に漁夫の利を得られた二人は、同時に叫び声を上げました。そして忍人の首根っこを掴んで千尋から引き剥がすと、そのまま床に転がしました。
    「よくも、よくも、千尋の――姫の――唇を奪ってくれましたね!」
    二人に圧し掛かられる忍人を見ながら、那岐は零しました。
    「あ~あ、こうなると思ったから、僕もやらなかったんだけど…」
    しかし、忍人は押し潰されそうになりながらも果敢に言い返しました。
    「うるさいっ!そんなに気に喰わないなら、どうとでもするがいい。但し、姫が無事に目覚めてからだ。手遅れにでもなっていたなら、その時は……俺こそ貴様らをタダでは置かん。彼女の後を追わせてやるからな」
    そんなに慌てなくても大丈夫だと思ったからとは言え、利己的な争いを繰り広げていた二人は、この忍人の言に気圧されたように手を引きました。
    そして目覚めた千尋は忍人に感謝し、更には愛を告げ結ばれた為、風早達は忍人をどうすることも出来ませんでした。
翌日、柊の仕掛けた罠に狭井君が嵌まっていました。
      その怪しげな恰好を見て、彼女が千尋に毒リンゴを食べさせたのだとすぐに解りました。
      千尋を殺そうとした動機から何から詳しく話を訊き出した柊は、狭井君をそのままにして千尋の元へと帰りました。
      「そっかぁ。それじゃあ姉様は、今でも密かに私を探してくれてるんだね」
      「はい。それと、鏡の精のことなのですが…」
      その名が羽張彦だと聞いて、布都彦は目を丸くしました。
      「まさか、兄上…?」
      「年の頃も、今上陛下の前に現れた時期も合うようですから、おそらく同一人物でしょう。大方、何処ぞの磐座にでも入り込みうっかり物でも壊して神の怒りに触れて神鏡に封じ込められでもしたのではないかと…」
      「それは……兄上が物凄くやりそうなことです」
    そこで、皆揃ってお城へ行くことにしました。
「兄上っ!?」
      「あれ~、布都彦かぁ?大きくなったなぁ」
      兄弟が再会に湧く中、柊から話を聞いた一ノ姫が羽張彦に訪ねました。
    「羽張彦…あなた、神様の怒りに触れてそこに囚われていたの?」
    「え、えぇっと、まぁ、そんなところかな」
    最初は神子と崇められる一ノ姫に知られたら嫌われるんじゃないかと怖くて言い出せず、後は敢えて話題にならなかったので言いそびれていた羽張彦なのでした。
    「それなら、私がその磐座まで行って祈りを捧げるわ。神様にお許しいただきましょう」
    「えぇっ、でも、遠いし……どれだけ祈り続けなきゃならないかも解らないし…」
    「あなたの為なら、何処へでも行くし、いつまでだって祈り続けるわ。それともあなたは、私と触れ合うことまでは望んでいないと言うの」
    「そんなことない!……けど、国はどうするんだよ?」
    「大丈夫よ、こうして二ノ姫が……お婿さんまで連れて戻って来てくれたんですもの」
    一ノ姫は千尋に譲位し、布都彦も連れて、羽張彦の封じられた鏡を持って何処かへと旅立って行きました。
即位した千尋は、風早達の助けもあって立派に女王としての務めを果たし、忍人と末永く幸せに暮らしました。
      一ノ姫も、件の磐座で祈りを捧げ続けて神の怒りを解くことに成功し、鏡から解放された羽張彦と共に彼の故郷で末永く幸せに暮らしました。
      めでたし、めでたし。    
-了-
《あとがき》
キャラあて込みの御伽噺もどきです。
    毒リンゴを巡る遣り取りを書きたくて、前後の設定をいろいろ考えた結果、羽一を絡めることにしました。便宜上、羽張彦は鏡の中でもちゃんと歳を重ねています(^_^;)
これまで幾つかの変説童話を書いて来ましたが、その際によく考えていたのは、”元となった話を忍人さんが聞いたらどう思うか”です。
    千尋が子供に話して聞かせてたら、「ハロウィン」の時のように真剣にダメ出しするだろうな、と…。
    初対面の怪しい老婆から物を貰って食べる姫(・_・;)
    これを聞いたら、忍人さんは「軽率だな」と言わずにはいられないでしょう。行きずりの死体に口付けするあるいはそれを城に持って帰ろうする、そんな王子の変態行動など二の次三の次。何はさておき、まずは白雪姫に「軽率だな」です(^o^;)

