ハロウィン

「トリック・オア・トリート」
千尋の部屋を訪ねるなり突然かけられた不思議な言葉に、忍人は面食らった。
「…鳥がどうかしたのか?」
「鳥じゃないんですけど……えぇっとですね、これはハロウィンと言う向こうの世界の行事で…」
ハロウィンについて、千尋の主観がたっぷりと入った偏った情報に忍人は耳を傾けた。
「それで君はそんな格好をしているのだな?」
「はい、これは『赤ずきん』という向こうの世界の童話に出て来る女の子の扮装です」
そこでまた首を傾げる忍人に、今度は『赤ずきん』について千尋は話し聞かせた。
最後まで黙って聞き終えた忍人は、そこで呆れたように言う。
「何とも面妖な話だな。そもそも、年端もゆかぬ少女に重い荷物を持たせて一人で危険な森の奥へと遣いにやるなど、その母親は軽率過ぎるだろう。少女も、祖母君と狼の区別もつかないなど、あまりにも注意力がなさ過ぎる。おまけに、何だ、その狼は…。我が身や家族を守る為に戦うならいざ知らず、人を襲って食べるなど、まったく見下げ果てた奴だな。挙句に猟師に討たれるとは…」
これには千尋が面食らう。
「あの~、子供向けのお話に、そんなに真剣にダメ出ししなくてもいいと思うんですけど…」
「何を言うんだ。子供向けなればこそ、正しい知識や見識がより必要とされるのだろう。君の警戒心の無さは、そのような話ばかり読んでいた所為なのではあるまいな?まさか、狼についてもそういうものだと思っているのか?」
何やら後半に随分と力が篭っているなぁ、と思いつつ、千尋はどちらも否定した。
「警戒心が薄かったのは、童話の所為じゃなくて、向こうの生活ではこっちみたいな危険にさらされてなかったからだと思います。それから私は、本物の狼は童話に出て来るみたいな悪者じゃなくて、家族思いで賢く誇り高い生き物だって思ってます」
こちらも後半に力を込めて答えると、忍人はそれ以上とやかくは言って来なかった。

「改めまして、トリック・オア・トリート」
「……俺が菓子など持っているはずないだろう」
「ですよね?それじゃ、これ着けてください」
悪戯と称して手渡されたのは狼の耳と尻尾だった。
「それ着けて、一緒に皆の所を回りましょう。絶対に外さないでくださいね。外したら大変なことになりますよ」
それは一体何の脅しだ、と忍人が訊こうとすると、訊かぬ内に答えが返って来た。
「仮装してれば脅かす方ですけど、外したら脅かされる役回りに逆戻りです。そうなれば、間違いなく柊に悪戯されますからね」
楽しそうに笑う柊の姿は、想像に難くなかった。
「ふっふっふっ、お菓子をくれないと悪戯します……おや、お持ちでない?では、全力で悪戯させていただきましょう」
浮かび上がった幻想を払い散らすようにフルフルと首を振ると、忍人は千尋に渡された耳と尻尾を急いで装着した。

驚いたことに、柊はハロウィンを知っていながら仮装も菓子の準備もしていなかった。
「忍人が仮装してなかったら私も脅かす側に回ったのですが、それが叶わぬようでしたので、せめて我が君に悪戯していただこうと思いまして…。さて、どのような悪戯をして下さるのでしょうか?」
ウキウキしながら尋ねる柊の顔にいたずら書きをしようとして、千尋はふと考え直してそっと耳元に口を寄せた。言われた通りに目を閉じていた柊は、その気配を感じて胸を高鳴らせる。
「……何か期待したでしょう」
さっと離れた千尋に冷たく言い放たれて、柊は打ちひしがれた。期待を裏切られた悲しみと、こんな手に引っ掛かった悔しさで、二重にショックを受ける。
ガックリと肩を落とす柊の姿を見て、忍人は心の中で喝采をあげた。

その後も、橿原宮のあちこちでお菓子を強請り、くれなかった人の顔にいたずら書きをしながら、千尋は楽しい夜を過ごした。
忍人が貰った菓子も、全て千尋の物になる。
そうして当分の間おやつに不自由しなくなった千尋は、来年からもハロウィンを恒例行事にしようと心に決めたのであった。

-了-

《あとがき》

ハロウィンのお話です。
千尋は、元々の背景など完全に無視して、仮装してお菓子を強請る日だと認識していると思われます。

忍人さんは狼が大好き(*^_^*)
なので、作り話だろうが別世界のことだろうが、真剣に抗議します。多分、『三匹の子豚』や『七匹の子ヤギ』にも過敏に反応することでしょう。
実は、LUNAが狼好きなので忍人さんに代弁してもらってるだけなんですが…(-_-メ)

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