鶴の恩返し

昔々あるところに、千尋という名の姫が居ました。
千尋は女王である母親や采女達から冷たくされていましたが、真直ぐな心根の優しい子に育っていました。

ある日のこと。
いつものように母親から冷たい仕打ちを受けた千尋が葦野原で一人寂しく泣いていると、脚を怪我した異形の獣が舞い降りて来ました。
「逃げないで……傷の手当てをしないと…」
千尋は衣を裂いて、獣の脚に血止めの応急処置を施しました。
「ごめんね。私、このくらいしか出来ないの」
申し訳なさそうにする千尋に、獣は礼を言ってるかのように頭を軽くこすり付けると、天高く去って行きました。

しばらくして、千尋の元に一人の青年がやって来ました。
風早と名乗った青年は、千尋の前に跪くと言いました。
「俺を、あなたのお婿さんにしてください」
途端に、風早の頭が小気味のいい音を立てました。
「何、図々しいこと言ってんですかっ!?」
柊にハリセンで思いっきり頭を叩かれた風早は、笑いながら言いました。
「ははは…だって、これって、そういう話でしょう?」
「都合のいいところだけ原作に沿おうとするんじゃありません!そもそも、あなたは鶴ではないし、歳も性別も逆転してるんですよ」
「いいじゃないですか、そんな細かいことは気にしなくても…」
風早は素知らぬ顔をしようとしましたが、柊はそんなもので誤魔化されはしませんでした。
「細かくなんかありません。それとも、何ですか?それが細かいと言い切れるくらい、続きは全て原作通りに話を進められるんですか?羽毛の代わりに鬣か尻尾の毛でも材料にして、幻のように美しい反物を毎晩織り出してくれるのでしたら、この場は引かぬこともありませんけど…」
「……そんなこと、出来る訳ないでしょう」
風早はいろいろ器用にこなしますが、鬣や尻尾の毛で幻想的な布を織り出すことは出来ませんでした。
「では、代わりに、角を削って万能薬でも作り出しますか?言っておきますが、いくら国宝級でも土器は所詮土器ですからね」
「角を削って万能薬……って、それ、麒麟じゃなくて一角獣の話じゃないですか。出来ませんよ、そんなこと…。第一、角に何かあったら、俺の存在自体が危ぶまれます」
角が損なわれては、麒麟は力を失い、下手をすれば姿を留めることすら出来なくなってしまいます。
「でしたら、やはりここは侍従止まりですね」
千尋が目と口を真ん丸にして立ち尽くしている間に二人の小声での話し合いはまとまって、風早は千尋に侍従として仕えることになりました。
「ずっと傍に居ます。ですから、1つだけ約束してください。俺が何者なのか、とは決して訊かないでください」
「うん。それは訊かないって約束するわ。だから、ずっと傍に居てね」

時は流れ、一度は滅んだ生国を千尋は風早達と共に取戻し復興させました。
そして、復国の女王となった千尋は柊と想いを交わし結ばれることとなりました。
「幸せになってくださいね」
「うん、ありがと、風早……って、何て顔してんのよ?私は、遠くにお嫁に行っちゃった訳じゃないし、こうして柊と結婚しても風早には今まで通り侍従として傍に居てもらうつもりだよ。そりゃ、風早が嫌なら無理強いは出来ないけど…」
「嫌じゃありません!千尋が誰と結婚しようと、それが何だと言うんですか。俺は、ずっと傍にいる、って千尋と約束したんです。ええ、相手の男がどんなに嫌がろうとも、俺は絶対、千尋の傍から離れませんからねっ!!」
力説する風早に、柊は呆れるどころか負けじと言い返しました。
「我が君の周りをうろちょろされるのは目障りではありますが、私もあなたを自由の身になどしてやる気はありません」
「ちょっと、柊ったら……って、あれ?約束って……そんな約束をしてくれてたの?ごめん……全然覚えてない」
柊を窘めようとして、千尋は風早の言葉に引っ掛かりを覚えました。しかし、いくら考えても何も思い出せませんでした。
「いいんですよ、覚えてなくて……千尋は、国落ちする前のことは殆ど忘れてしまっているでしょう?それに元々、千尋がまだ幼い頃の話ですからね」
「ええ、寧ろ忘れられていた方が幸せというものでしょう。特にその前に、顔を合せるなり開口一番、俺をあなたのお婿さんにしてください、などとほざいたなんて……今更思い出されても、困りますよね?我が君は、あなたではなくこの私をお婿さんにしたのですから…」
柊による暴露話に、千尋は驚愕しました。
「えぇっ~、風早ってば、そんなこと言ったの~っ!?何それ、超ロリコン……ってか、いくら私が迫害されてたからって、仮にも一国の姫相手に開口一番それって……風早、あなたは一体、何様…」
「いけない、千尋っ!!」
途端に、風早が慌てたように千尋の言葉を遮りました。
「それだけは、訊いてはいけない……訊かないと、約束したはずです。俺が何者なのかとは…」
悲痛な面持ちでそう言う風早に、千尋はケロッとして言いました。
「何者かなんて、訊いてないでしょう?何様のつもり、って言いかけてたんだよ」
「へっ」
早合点して大慌てした風早は、一気に身体中から力が抜ける思いでした。
そこへ、千尋は畳み掛けるように言いました。
「そもそも、風早が何者かなんて、今更面と向かって訊かなくてもとっくに知ってるもん。何様って言うなら、神様だよね。白麒麟は神獣で、神獣は神の眷属だから…」
「ななな……なんで白麒麟って、知って…っ!?」
「私がお教えいたしました」
風早は平然と答える柊を射殺すような目つきで睨みましたが、柊は何処風とばかりに素知らぬ顔で続けました。
「我が君が面と向かってあなたに正体を尋ねさえしなければ、約束は守られるのですよね?ですが放っておいたら、原作通り、我が君が約束を破ってあなたは天へと帰ってしまう。そして、我が君が己を責めて泣く結果となります。それに、下手をすればあなたへの恋愛フラグが立ってしまいますし……そんな不幸の芽は予め摘んでおくに越したことはありません」
それから柊は、胸を張って言いました。
「言ったはずですよ、自由の身になどしてはやらない、と…。あなたの正体をご存知の姫が約束を破ってその問いを発することは、恐らく一生涯ありますまい。ですから、あなたは手元で飼い殺し、もとい、姫の傍近くで生殺しにして、日夜その目に仲睦まじい私達の姿をこれでもかと見せつけて差し上げましょう」
柊の言葉通り、千尋が風早に「あなたは何者なの?」と尋ねることはなく、3人は末永く賑やかに共に暮らしたのでした。
めでたし、めでたし。

-了-

《あとがき》

キャラあて込みの御伽噺もどきです。

もともとゲーム中のエピソードが「鶴の恩返し」に重なって見えていたので、序盤はゲームの流れに沿わせてみました。
でも、その後の展開は意識して徐々にギャグに変えていきました。

最初は忍千で書き進めてたのですが、それは「忍人の書」の「白麒麟」で既にやったので柊千にしてみました。
風千にすると、ゲームの流れに戻っちゃうので、それは端から除外(^_^;)
柊千に変えたら、登場人物が一気に減り、風早は「生殺し」人生から逃れられなくなってしまいました。でも、ずっと千尋の傍に居られるという意味では、風早にとっても「めでたし、めでたし」です。

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