赤ずきん

昔々あるところに、輝く金の髪をした千尋という少女が居ました。
その髪の色が原因で母親に捨てられた千尋は、それを隠すように赤い頭巾を愛用しながら、森の入り口で風早という青年と一緒に暮らしていました。

ある朝のこと。風早が大きな籠に食べ物を詰めているのを見て、千尋は訊きました。
「今日は、ピクニックにでも行くんだったっけ?」
風早は応えました。
「いえね、先生がこのところ体調を崩してるって聞いたものですから……言われてみれば最近姿を見た覚えがないので、後でお見舞いに行って来ようと思うんです」
「えぇっ、それなら、後でとか言わないで今すぐ行こうよ。岩長姫って、一人暮らしでしょう?下手したら、もう何日も碌なもの食べてないかもしれないじゃないの」
「でも、先に洗濯物を干しておかないと、ね。それが済んだら一緒に行きましょう」
しかし、気ばかり焦った千尋は待ち切れず、風早が洗濯をしている間に籠を持って森の中へと入って行ってしまいました。

千尋が森の小路を進んで行くと、茂みの中から声をかけられました。
「そこの君、一人で何処へ行くつもりだ?」
「あっ、忍人さん」
「……君か。確か、風早の養い子だったな。風早は一緒ではないのか?」
「えぇっと……風早は、まだ、家で洗濯の真っ最中だと思います」
「いくら今日が洗濯日和だからといって、こんな森の奥へ君を一人で遣いにやるとは何事だ」
「あ、いえ、私が勝手に先に出て来ちゃっただけで……」
千尋が事情を話すと、忍人は「軽率だな」と言いながら籠を取り上げました。
「師君の見舞いなら俺も行こう」
「でも、お仕事は…?」
「今から俺の仕事は、君の護衛と荷物持ちだ」

岩長姫の家を訪ねると、家の中はガランとしていて、寝台で誰かが丸まっていました。
「まさかとは思うが……君は、あれを師君と見間違えたりしてはいまいな?」
「……あれは、どう見ても柊だと思います。でも、話の都合上、忍人さんはしばらく我慢して黙っててくださいね」
そう言うと、千尋は寝台に向かって話しかけました。
「岩長姫、具合はどう?」
「ええ、大したことはないのですが……」
「でも、髪が緑色になってるよ」
「……生まれつきです」
「目も一つしかないし……」
「戦いで傷を負ったのです」
「それでも、舌だけは良く回るんだね」
「それは勿論、我が君にこの想いをより多く詳しくお伝えするために必要不可欠なものですので……。それに言葉を尽くすのみならず、姫の身も心も蕩かせるような口付けや様々な御奉仕に……」
皆まで言わぬ内に、柊の首に刃が付きつけられました。
「我慢の限界だ。これ以上は耳が腐る。とっとと寝台を出て、そこに直れ」

柊は忍人に言われた通りに寝台の横に正座すると、言いました。
「……猟師が赤ずきんと一緒に来るなんて反則ですよ、忍人」
「やかましい。そんなことより、師君はどうされた?」
「そうだよ、柊。岩長姫が病気だって聞いて、お見舞いに来たのに……どうして、柊がここで寝てる訳?まさか、相手が臥せってる隙をついて、岩長姫を何処かに拉致監禁なんてこと……」
「無理だな。例え師君が瀕死の状態だったとしても、柊ごとき、あっさり返り討ちだ」
「それどころか、命がいくつあっても足りません。お元気な時なら最悪でも半殺しでお許しいただけるでしょうけれど、弱ってる時に仕掛けようものなら手加減なしに瞬殺されます」
千尋の疑念が晴れたところで、柊は言いました。
「師君は、地酒飲み放題付の温泉旅行にお出掛けです。その間を利用して、私は風早に偽の情報を流し、我が君が先行しておいでになられるのを待ち構えておりました」
「何だってそんな真似を……?」
忍人と千尋は呆れました。すると、柊はシクシクと泣いて見せました。
「だって、風早ったら、いつまで経っても姫に会わせてくれないんですもの。盗んだ下着を全部返すまではうちの敷居は跨がせない、って言って、中に入れてくれなくて……全部返したのに、まだ難癖付けて……」
柊の頭に、忍人の拳骨が無言で振り下ろされました。
千尋は冷静に言いました。
「あの連続下着ドロってやっぱり柊だったんだ。じゃあ、残りの1枚も早く返してよ」
「ですから、本当に全部お返し致しました。お詫びに新品も数枚お付けしましたし、菓子折りも添えて……」
「へぇ~、あれって柊からのお詫びの品だったのか。風早にしては、センス良いと思ったんだよね。風早ってば、私のことをいつまでも子ども扱いして、買って来るのは動物とか果物の絵の付いた可愛いものばっかりだから……洒落たレースとか透かし模様ってちょっと嬉しかったなぁ。お菓子も美味しかったよ」
「お喜びいただけたのでしたら、嬉しく存じます」
「でも、下着泥棒はダメ!今度やったら、絶交だからね」
千尋にキッと睨まれて、柊は両手をついて頭を下げました。

千尋に許して貰えた柊は、忍人共々、千尋を送って帰る途中で風早と出会いました。
風早は、千尋の不在に気付いて血相変えて飛んで来たのでした。
全ての事情を千尋と忍人の口から聞かされて、風早は柊を締め上げました。
「やめろ、風早。下着泥棒の件も、此度のことも、既に彼女が許したんだ。これ以上、お前がとやかく言えるものではない」
仕方なく止めに入った忍人から全ての事情を聞かされて、風早は渋々と引き下がりました。
そして柊はまた風早の家の敷居を跨げるようになり、岩長姫は何も知らずに地酒と温泉を満喫して上機嫌で帰って来たのでした。
めでたし、めでたし。

-了-

《あとがき》

キャラあて込みの御伽噺もどきです。
忍人の書」の「ハロウィン」を書いた時から、ずっと温めて来ました。

改めてキャラをあて込んで行くと、赤ずきんと母親は迷いがなかったのですが、狼は忍人さんじゃなくて柊でしょうってことになりました。
名前や武器の関係からは、虎狼将軍が狼で、狩人は弓の得意な布都彦か森暮らしの遠夜なんですが……性格から言って激しくミスマッチ(-_-;)
一人歩きする千尋の危機に助けに入るのは忍人さんの役目なので、ポスト猟師は忍人さんに決定です。
そして、何事か企んで千尋を待ち伏せするのは柊かアシュヴィンに似合う役どころだと思ったので、ポスト狼は柊に決定。何せ、その方が”おばあさん”の扱いが楽だから……アシュヴィンだと、誰におばあさん役をあてるか、どうやって退かすかが難しい(^_^;)q

結果として、猟師な忍人さんは、狼な柊に襲われる前の赤ずきんを助け、母親な風早に襲われた狼を助けることになってしまいました(*_*;

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