
「お葬式」、この忌み嫌うものについて、ここに記しましょう。
私たちは、お葬式を忌み嫌います。とんでもないことだ、と。
そこで、忌み嫌うが故に、日ごろからなにも考えず、急に訪れる「死」に、右も左もわからずあたふたして、どうして良いかもわからないまま、不満を持ちつつお別れをしてしまった、という事態になってしまいます。
ところが、逆に、お葬式を力んで語ってみても、そこには、「死」という覚悟のいる者が横たわっていて、それを避けて容易に葬式を語ることは、むなしいものです。死には、予測がつかない結末があり、その人の最後を想定できればいいのですが、そうでないことも有り、一人合点になることがむなしいのです。
このように、考えようもなく、忌々しい死を儀礼化している葬式をここでは、
「忌み嫌うのは、私たちが、生きたい、という希望の現われなのだ」
「私たちが、生きてきた、生まれてきたことを、よかったね、と思えるためのもの」
というとらえ方のもとに目次を設定して行きたいと思います。深く学べば、さらに奥が有ることはもちろんです。しかし、あまり思想的にもならず、また、軽軽しくもならず、皆さんの使用に耐えうるように考えます。
目 次
1.お葬式の意味。それは、死をどうしようか、ということ。
2.お葬式の目的。それは、「別れ」と「旅立ち」
3.お葬式の大ざっぱな流れ
4.死亡したらどうするか
病院の時 自宅の時 遠方の時
5.葬儀屋さんとの打ち合わせ
喪主の決定 寺との連絡 斎場の決定 細かい打ち合わせ事項
6.寺との打ち合わせ
日程の決定 戒名のこと お布施のこと
細かい打ち合わせ事項
7.枕経
8.お通夜
9.お葬式
10.火葬場
11.初七日の法要
12.その後の七日七日の法要
13.四十九日の法要
納骨 位牌 香典返し・形見分け
14.その後の法要
百ヶ日 初盆 その後の法要
15.葬儀前に準備できること
16.死ぬまでに準備しているといいこと
財産に関すること 医療過誤について 医療事前指定書 献体
臓器移植
17.散骨・自由葬について
18.人間いかに死ぬか、は、いかに生きるかだ
1.お葬式の意味。それは、死をどうしようか、ということ。
まあ、厄介なもので、私たちは、一度は死ななならん。二度はちょっとむずかしい。死にとうない、といっても、無理な願いですわ。まあ、こんな折にしか考えんもんでしょうから、地獄のふたを開けてみましょう。
死んだらどうなるの?
肉体は腐れます。後は、火葬され、空中へ舞って行きます。残った遺骨は、お墓に埋葬されます。では、私という人間、心は、どうなるのでしょうか。そこが問題なわけですよ。脳が壊れることで、意識もなくなり、私というものも、消え去って行くと考えるも良し。
ところが、「俺は一人で死ねばいいんだから、葬式なんか気にせん。どうせ死ねばクズと変わらん」といってやまない豪傑がいます。じゃあ、死んだ後、死体をどうするの、骨をどうするの? 燃えるごみに出しても迷惑なのを気がついていない悲しさよ。自分で火葬場までは歩いて行けません。死ぬのは、大変なんだから。自分は、消え去ってですね、高僧のようなすまし顔でも世の中はそうは行きません。
ちょっと考えてみますと、もうすぐ死が迫ってきた時に「はい、そうですか」とやすやすと飲み込めますか。先ず、本人ならば、「なぜ、死ななならんの」とはがゆくも悲しくなります。でも、自分のことですから、その死も呑みこんだとしましょう。でも、次からが問題です。夫婦や家族の場合です。例えば「なぜ、夫は私をおいて死んだの」「なぜ、お父さんは早くに死んだの」と思うものです。ご本人の死という問題とそれにかかわる人たちの死という問題が現れてくるのです。友人、第三者でもいっしょです。「なぜ、あの人は死んでしまったんだろう」となります。「ああ、俺のことはほっといてくれ」という死はないと思ってください。死んだらどうなるか? これは、死ぬ本人とその人の周りの人間関係にもかかわることで、個人だけの領域で考えるのは、ちょっと迷惑なのです。死んだ後どうなるのか、この問題は、先ずもって、現実的な要素があることを最初にいっておきましょう。
次が、いよいよ魂の問題ですね。
死んだら、魂が火の玉や幽霊になって冥土に行くかといえば、そういう現象で表現できるものではありませんよ。死後の世界自体が想像を超えているのです。死後の世界のイメ―ジは、私たちの想像を超えるものといわねばなりません。そして、その世界は、絵にも書けない美しさ、であるのです。だって、誰も帰ってこないんだから。
そこを極楽浄土、曼荼羅(まんだら)浄土といいます。すばらしい光明の世界、寂静な心静かな喜びに満ちた世界です。そして、自分の思い通りになるのが極楽なのです。よかとこです。仏さんやご先祖様がおられ、自分自身もいままでの自分でない崇高な自分であるわけです。
一方、極楽と反対の世界に六つあります。そこは、苦しみがある世界です。順に悪いほうからいいますと、
一.地獄 二.餓鬼(がき) 三.畜生 四.修羅(しゅら) 五.人間 六.天人
って聞いたことありますでしょ。ひとつひとつを説明しますと、
地獄=苦しみが永遠と続く世界。苦しみの挙句に死に至るものの、地獄の一陣の風によって再び生きかえ り同じ責め苦に会いながらまた死んで行く、これを繰り返すのです。くわばらくわばら。
餓鬼(がき)=食物、飲み物がなく、常に飢えと渇きに苦しんでいます。この世界は、二通りあり、一つは文字通り飢えの世界で食物をあさりまわり、奪い合うのです。もう一方は、食物はあるのですが、何を食べても飢えはとまらず、足らない、足らないとあさり奪い会う世界です。現代日本ですな。
畜生=動物の世界ではなく、欲望だけの世界です。食欲、性欲、睡眠欲、と自分の心地よさのみを追及し欲のおもむくままにすごしている世界です。自己中の人ですか。
修羅(しゅら)=争いばかりやっている世界です。戦い、抗争に明け暮れ、やられたら、やり返すの世界です。血を血で洗うしか知らない世界です。戦争・やくざの世界ですね。
人間=喜怒哀楽を繰り返し、泣いちゃあ笑い、浮いちゃ沈み、落ち着くことのない世界です。
天=喜びの満ちた世界なのですが、寿命はあり、寿命がなくなったとき、地獄よりももっと苦しみながら死んで行くといいます。いきは良い良い帰りは怖い。
このようになっているのですが、あれ、人間界がなんであるの? これは、死後の世界の話じゃないの? と思われるでしょう。そこで、もっと大きな視点で説明してみましょう。
私たちは、魂の長い長い旅の途中の姿なのです。宇宙の始まりよりまだ前からの旅です。その旅は、そもそも、極楽浄土、曼荼羅浄土の世界にいるのです。
ところが、ある時、ある意思、使命を持ってある世に生まれます。そして、この世でさまざまな生き様を持って生きて、その人の行動や、思考で凝り固まってしまい、本来自分が浄土にいた者なんて忘れてしまっています。そして、死に、魂となったときに、以前の生涯の行動や思考からぬけきれず、さまざまな感情を持っているのです。その結果、その感情の赴くままに、次の世界へと旅を致します。今、人間世界にいるのも、旅の途中なのです。これを図にしてみます。
円の大きさは関係ありません
私たちは、今人間界にいます。これを【現世】といいます。しかし、これも長い旅の一こまでしかないのです。以前は、浄土から出てきたのかもしれませんし,地獄から出てきたのかもしれません。記憶にはありません。以前の生涯を【前世】といいます。では、私たちの死後、畜生界に行くのかもしれませんし,浄土かもしれません。以後の生涯を【来世】といいます。それを決定するのは、今の生き方です。肉体がなくなっても、魂は,生きたような勢い【業 ごう】によって、次の世界を決定するのです。自分の生き方がですね。天から地獄へとか行ったり来たりしている様を【輪廻転生 りんねてんしょう】といいます。
しかし、どうあろうとも、そもそもが,浄土の魂なんだ,ということを忘れてわ行けません。
だいたい死後四十九日で,次の世界に移って行きます。しかし、その四十九日の間に本来の姿に気がついたならば、浄土へと戻って行きます。それが,また、輪廻転生を繰り返し地獄であろうとも、本来の姿に気がついたならば、浄土へ即行くのです。
現 世
現世の生き方を反省する時期
この間、四十九日
↓ 本来の姿に気づけば、浄土行き
強情なまんまだと
来 世 六つのどれかの世界へ
本来の姿とは、いいかげんないい方ですが、光の波のような姿であり、人格化した仏が、光明の仏、大日如来となります。余すことなき慈悲と永遠の命を持つ力ある者です。このような浄土に住むものが姿、形を変えて行くのです。例えば、水。水は、どうでしょうか。雲、雹、雨、雪、川、氷、ジュ―ス、海、つらら、などに姿を変え、表れる環境が違います。しかし、大本は、水です。このようなことを私たちの魂にも感じるのです。死後も私たちは、長い旅を続けなければならないのです。死後どうなるのか、それは、生きたようになる、ということがいえるでしょう。
そこで、お葬式の意味
この世の最後にお葬式をするのは、この本来の姿に気づいてもらうためのものです。生きることは、自分が生きているのです。そうでないと生きて行けません。俺が俺がの世界です。しかし、そもそも、俺が生きているわけないのです。本来の魂が生きているのです。しかし、そこに気づけない。だから、お葬式は、人生の最後にあたって、本来の姿を示し、今の生き方を昇華することを説くのです。
死んでからどうもこうもなかろうもん、と思われても、葬式は魂と魂の語り合いですから、関係ありません。死をもって、さらに崇高な魂へと向かうこと仏、お大師様、ご先祖様に祈るのです。祈ること、そこが葬式なわけです。
ニ.お葬式の目的。 それは、「別れ」と「旅立ち」
でも、なんで葬式が儀式なの
だいたい現代風潮として、じみ婚ではないですけど、儀式の簡略が行われています。華美になる必要は、私もないと思いますから、結構と思います。ところが、人間関係が、わずらわしい、仏事がいやらしい、お寺がすかん、といった理由で葬式をいやがる節があります。それは、こちわ側に問題があることで申し訳なく思います。しかし、葬式の目的をきちんと知っていないことは、私はいけないことと思います。
それは、葬儀の意味として、坊主の私からしての意味を言いましたが、儀式としての目的は、この世での別れと来世への旅立ちである、ということをしっかりと知ってもらいたいと思います。
「別れ」=決定的な別れです。二度と合うことがない、この現実は、なかなか受け入れがたいものですよ。愛し合う別れでも、憎しみ合うこの別れでも、冥土に行く人にどんな言葉をかけるのか、相手の最後でもあり、私の最後でもあるのです。別れを、できる、できない、いいかげんにする、無視するそれもまた、今までの人間関係のなかで生ずることです。それもまたよろしいでしょう。しかし、この世の別れが最後でも、また来世があることを知り、加えて、それぞれが、同じ故郷を持つ魂同士であることも知っておいてください。この世でのいろいろあったこと、これを来世でまたどういう出会いをするのか、そこまで考えるのが肝心です。その別れの場が、葬儀であります。自分の人生を振り返り、その方との縁、出会いを深く考えることは、私はよいことかと思います。
「旅立ち」=現世から来世の旅立ちです。さなぎから蝶が羽化するように、せみが幼虫から姿を変えて行くように、この肉体から羽化して行く旅立ちです。しかし、この旅立ちも、過去のことや姿にこだわっていたりすると、うまくいきませんぞ。恨みつらみがつのったまんまでは、うらめしや〜、となっても知りません。どんなに偉い人でも、その偉さを鼻にかけていてはダメ。もう、終わったのです。あなたのこの世での役割は。今は、新しい生へ仏様やお大師様やご先祖様に導かれますように、この旅路が無事到着できますようにみんなで祈りましょう。私たちもいずれ行く来世。そこへ一人でも知った人がいてくださり、良き関係のままに再び出会うるために、この旅立ちを見送るのです。葬儀の大切な目的ですよ。
三.お葬式の大ざっぱな流れ
では、お葬式の実際の流れを先ずはじめに示しておきましょう。
死亡
↓
葬儀屋に電話
お寺に電話
親戚に知らせる
↓
自宅葬か葬祭場か決める
↓
枕経(できないときもあり)
↓
葬儀内容の打ち合わせ
葬儀の日程の打ち合わせ
↓
お通夜
↓
お葬儀・告別式
↓
火葬場で火葬・集骨
↓
初七日か戻り経
↓
七日ごとの法事
↓
香典返し・形見分け
四十九日満中陰法要
納骨
↓
初盆・一周忌
↓
あと年忌法要につづく
四.死亡したらどうするか
ご親戚に知らせたり、お寺に連絡したり、葬儀屋さんを呼んだりと忙しいですがその前に。
病院の時
病院の場合は、そのまま、死亡確認がされますので体を清め淨衣を着て、霊安室へ行きます。
病室の後片付けなどしなくてはなりません。病院の支払いは、後でいいはずです。
自宅の時
自宅の時は、病院の先生にきてもらい死亡確認をしてもらいます。警察がきて検死をすることもあります。救急車で運ばれたら病院扱いになります。
遠方の時
遠くにいる家族の様子がどうも変だ、という時は警察です。もしくは、近くの連絡しやすい人です。また、海外などで死亡された時は、そのときの領事館と連絡を取り、遺体をどうするか、を話し合います。現地でお遺骨にすることもありますし、遺体を空輸する時もあります。その際、遺体の空港での待ちうけには葬儀社に依頼します。
五.葬儀屋さんとの打ち合わせ
喪主の決定
これは、亡くなった方に一番近い方がすればよろしいのです。しかし、高齢であるとかで変わることも当然あります。また、喪主は、悲しみ一杯ですので、喪主とは別に信頼される方が、葬儀委員長(大げさですが)としてしきってあげるといいとおもいます。
寺との連絡
日程を決める時に、寺との連絡なしで決めても応じられない時があります。遠方への出張だったり、同じ日にすでに葬儀を承っていたりするからです。是非とも、寺と連絡して下さい。住職がすぐに出かけられない時もあります。しかし、連絡はお寺にはつきますので、是非とも下さいね。
そして、葬儀屋さんから、宗派は、と尋ねられたら、
【真言宗】とお答え下さい。詳しくは、高野山真言宗です。
斎場の決定
どこでお葬式をするかです。いろいろ考えられます。お通夜・葬儀・火葬場から帰っての法事、これらをどこでするかを決めなくてはいけません。全部ご自宅でもいいですし、全部葬儀屋さんの斎場でもいいですし、都合に合わせてすれば良いと思います。一度は病院から家に帰りたかった、というなら通夜まで自宅とか、というのもあります。料金的には、自宅も斎場も変わらないはずです。火葬場から直接お家に帰っても、祭壇は作ってくれています。四十九日間の祭壇も、家に作ってくれます。
この斎場の決定と日程の決定をもって、関係各位にお知らせ致します。
細かい打ち合わせ事項
値段交渉が主な物です。互助会に入っているなら、どこまでやってくれるのか、を確認してください。例え、何十万円で受けますといっても、それ以外にかかる費用は、ずいぶんあるものですから、しっかりと打ち合わせてください。
だいたい必要な物(しかし、グレ―ドで値段はアップします)
病院から斎場までの配車料・祭壇・霊棺・写真・役所へ死亡届け代行・会葬御礼印刷・式司会・受付道具一式・斎場から火葬場までの霊柩車・遺骨瓶一式・火葬場までのバス手配(必要に応じて)・喪服
値段が変動する物(人数で変動しますのでわかりにくいです)
会葬御礼・会葬御礼の品・お通夜の食事・葬式前の食事・火葬から帰っての食事・ドライアイス・生花
だいたいこのようなことについて、短時間で葬儀屋さんと決定しなければなりませんので、大変なんです。
こんなわずらわしい事したくない、させたくない、というならば、事前の計画ができます。これらは、あとでいいましょう。
六.寺との打ち合わせ
お亡くなりになって、お寺にご連絡いただきましたら、枕経に先ずうかがいます。しかし、すぐさまに伺えない時もあるのでご容赦下さい。うかがいましたら、枕経をあげ、その後に、打ち合わせを致します。この枕経とお通夜が場合によっては一緒になるときもあります。
日程の決定 お通夜の時間、葬儀の時間、初七日の有無を決めます。
お通夜は、だいたい午後6時か7時です。友引でもお通夜はします。
葬儀は、死亡して二十四時間を立ってないと火葬できませんので、おのずと1日後になります。福岡では、葬儀の後に火葬という順序です。開始時間は、午前中から、最低2時まででしょう。それ以後になると、火葬場が受け付けません。また、友引を避ける習慣があります。これは、友を引く、不幸ごとがつづく、という語呂合せからきていて、仏教と関係ありません。また、福岡市は、火葬場の休みが、正月3日です。火葬場が、平成17年10月に新しくなって予約制になって、場合によっては、葬儀の時間がこちらの思いどうりになりません。どうしてもその時間にする時は、前原市、糟屋郡の火葬場に持っていきます。金額はかかります。(3~5万ほど)
初七日というのは、亡くなられてからの死出の旅路に、残された者たちが一週間ごとにする法要です。特にこの初七日と四十九日が大切です。そこで、最初の七日目を初七日というのですが、現代は、この初七日を火葬場から帰ってすぐしてしまうことが慣例化されています。大切な法要だが、また、初七日の為に集まるといっても、後2~3日だし、大変だから、ということで早くしています。しかし、きちんと七日にするといえば、それでいっこうに構いません。
戒名のこと
戒名をつけることに関しては、このシリ―ズの「生前戒名のつけ方」に詳しいです。
南福寺には戒名料はありません。長さに関しては、喪主との話です。また、戒名に個人の面影が宿るように故人の事をいろいろうかがいます。
お布施のこと
葬式代はいくらか? そんな事はきっまっていません。志でいいのです。お布施ですから、仏様にお備え下さる事を肝に入れて、仏様におすがりする気持ち、感謝の気持ちを持ってください。はっきりして、世間体と合わせたいというのなら住職にお尋ね下さい。だいたいよくある額をお教えします。
細かい打ち合わせ事項 今後の事を打ち合わせますが、葬儀のまえではそうないです。
故人のご生涯を聞かせてください。葬儀最中に、諷誦文(ふじゅもん)を唱え、仏様にお願いし、本人に、遺族に引導します。そのために、ご生涯をうかがいます。
霊棺の中に持って行くものを決めてもらいます。愛用品などを入れます。めがね、入歯、杖、日ごろ使っていた念珠・経典、巡礼した時の金剛杖、おいづる、納経帳 高野山などでいただいた血脈
不燃物は、ご遠慮下さい。酒ビンはダメ。衣類はいいです。
七日、七日の法要をするか、どうかを聞きます。一週間置きのお勤めです。三十分ぐらいの長さです。
七.枕経
前後しますが、枕経について話しましょう。
枕経は、速く読みけたたましいお経です。これは、先ずもって、いち早く、死んだ人の霊をご先祖様、仏様に守って頂くために呼び招くためのお経です。だから、早口で唱えます。時間の都合によれば、即お通夜という時もあり、枕経がないときもあります。
祭壇の準備などは、このシリ―ズ「お祭りの仕方」をご覧下さい。
八.お通夜
これは、この世での最後の晩になりますので、最後のお給仕と思って遺族は寝ないで傍らにいます。お線香を切らさずくゆらせ(これは、香りを食するといいます)ロ―ソクが消えないように(みんなここにいるよの合図)お茶を熱いのに代え(これも香りをたてるため)ます。まあ、お体には十分気を付け、休息もしてください。
葬儀よりもお通夜のほうが会葬者が多い時もあります。ゆっくりと別れができ、遺族とも話せるからです。そのため、食事の配慮も必要な時があります。
最後の晩です。ご遺体とはいえ、この世でのいろいろ合ったことの感謝・わだかまり・言い忘れた事・許してもらいたいことなどを語るのに最後の機会なのです。大切にしましょう。
九.お葬式
大概葬式前になると、葬儀屋さんが、焼香の仕方、順番、のリハ―サルをします。どうでもいいようなことなんですが。また、別れの膳といって、葬儀の前に亡き人と共に膳を食べると申しまして、遺族親族は、食事を致します。
そもそも葬儀の内容は、亡くなった人の成仏を祈ることです。先ず、おこぞり(丸坊主にする事・観念で)をして、仏弟子になってもらい、戒を授けます。そして、本来の魂に気づいてもらうように、長年生きてきた方のこの世の垢を落とし、自分自身の本来の姿に戻ってもらうのです。そして、ご先祖様、お大師様、仏様に導いてもらい浄土へ向かうことを祈ります。
単なる儀式に流れてしまってはいけません。一人一人が来世の安楽を念じて祈りましょう。
葬儀は、引導、焼香(今は、電報を式以前に、喪主挨拶を後にしたりします)のあと、納棺といい、棺を花でうずめ、ふたをします。そして、出棺。最後の喪主挨拶などもあります。これが、ざっと一時間です。ですから、あわただしいのです。
十.火葬場
肉体も自然界の一部です。私の物、誰の物でもありません。ですから、疲れ果てた肉体を自然界に戻すために火葬致します。
火葬場では、少しお経を上げ、炉に行きます。お遺骨になるまでは、一時間半以上かかります。その間、時間によっては、昼食を取ったりします。火葬場の控え室に持ち込んでもいいですし、軽食なら販売しています。しかし、酒盛りをはじめる家もあり、他の迷惑ですので気をつけましょう。
集骨の仕方は、火葬場の職員さんが教えてくれます。福岡では、分骨を最初から取ることはありません。取りたい方は、事前に用意するのもいいでしょう。
十一.初七日の法要
火葬場から初七日の法要の為に帰ります。法要しないなら、戻り経といいまして、火葬されて遺骨が熱かったろうね、とお経を上げてあげるのです。時間は三十分ぐらいです。自宅する時も、祭壇は葬儀社が作ってくれます。
さて、火葬して戻ることのできなくなった魂は、もう旅をするしかありません。魂の旅の始まりです。来世までの四十九日間に、七人の裁判官みたいな人に裁かれ、また、七人の仏様に説教もらい自分を見つめ直すのです。その最初の試練ですから、特に大切にします。もう死んでしまっているのだ、もう戻れないのだ、仏の国に行くのだ、と念を押します。いまは、葬儀とこれがセットになっていて、親族の人もこれが終わって帰られる様です。そして、早いのですが、精進揚げといって、お食事を出します。ずいぶんと簡略化されているようです。
十二.その後の七日、七日の法要
一週間たびにお経を唱えるのもせからしいとお感じでしょうが、それは、死後の旅路とかかわることなのです。魂の旅路のあらかたを言いましょう。それぞれの週に何かとあるのですが、代表的なものを出して、その週の有り様も書きます。どうせ皆行くところ、予習するにこしたことはありません。くれぐれも、よく読んでとんでもない所にいかないようにしてくださいね。
|
日にち |
裁判官 |
仏様 |
状況 |
| 初七日 |
七日目 |
秦広王 |
不動明王 |
黄泉の真っ暗な路をとぼとぼ歩く |
| 二七日 |
十四日 |
初江王 |
釈迦如来 |
裸にされ三途の川を渡る |
| 三七日 |
二十一日 |
宗帝王 |
文殊菩薩 |
邪淫を調べます |
| 四七日 |
二十八日 |
五官王 |
普賢菩薩 |
行いと言葉を調べます |
| 五七日 |
三十五日 |
閻魔王 |
地蔵菩薩 |
閻魔帳で生前の行いをチェック |
| 六七日 |
四十二日 |
変城王 |
弥勒菩薩 |
さらにチェック |
| 七七日 |
四十九日 |
泰山王 |
薬師如来 |
六つの門が現れて選ぶ |
最後のに出てくる六つの門が、先に図を書いた生まれ変わる世界です。最後の審判は、決して下りません。あくまでも自分で選ぶのです。それは、生きてきた業がそうさせるのです。まあ、このような旅をするわけです。ここで手前味噌のように感じるのですが、七日ごとの法要をすれば、その功徳がそれがそれぞれの裁判官に伝わり、亡き人を容赦してくれるというのです。
そこはどうかと思いますが、大切なのは、この旅によって、本来の姿に気づく、また自分がやらかしてきたことを正直にみとめると、すぐに浄土いきなのです。ここが、浄土へのポイントですな。自分のやらかしたこをごまかしていると、七七日まで行き、よろしくない門を選んで、ついには、輪廻転生の魂となります。また、別に輪廻する魂の原因は、遣り残してきたことをやり遂げるために勇猛心を起こしてもう一度、生まれ変わるのだと申します。皆、使命を持ってこの世に生まれているです。
十三.四十九日の法要
来世までの期間を中有(ちゅうう)とか中陰(ちゅういん)とかいいます。四十九日では、この中陰が満ちたということで、満中陰というのです。
この法要は、浄土に行く最後の機会ですから、大切にお拝みます。
納骨
博多では、この中陰が終わってから納骨します。まあ、これ以後だったらいつでもいいです。お墓の有る方は、霊園に、所有者の確認(変更しないといけない時があります)、収める日時の通達、墓標があれば、戒名を刻んでもらうこと、建立者が亡くなっておれば、朱書きで名前が彫ってありますから、黒にしてもらいます。これらは、二週間前には連絡を取りましょう。納骨堂の場合は、それらはありません。
ただ、両方とも、「埋葬許可証」を当日持っていきましょう。大切です。火葬場でもらう書類です。
位牌
四十九日の間は、白木の位牌です。四十九日から塗りの位牌です。ですから、四十九日法要までには、仏壇屋さんにいって、位牌を頼みましょう。いい物だと一週間以上かかりますのでご注意下さい。位牌に書く原稿は、住職に言って下さい。
香典返し・形見分け
どちらとも、この時期に致しますが、金額的なところもではわかりません。
十四.その後の法要
百ヶ日
この法要は、百日目にしますが、七日七日のように簡単なお経です。お身内だけいればいいです。
初盆
この迎え方は、「おまつりのし方」に有りますのでみてください。
四十九日法要が終わってから初盆です。ですから、七月下旬、八月初旬に亡くなった方は、来年初盆です。お祭りのし方は、このシリ―ズ「おまつりのし方」を見てください。
お盆は、ご先祖様の御霊が、お浄土から帰ってきて、私たちと共にいてくださる日です。私たちと魂の触れ合う大切な行事です。特に、初盆は、ほかのご先祖様の御霊より優先して、初盆の御霊だけ拝みます。
その後の法要
これからは、浄土へ行かれた御霊に対して、平安と私たちへの加護をお祈りいたします。
一周忌 一年目
三回忌 二年目(後、数えで年忌がきます)
七回忌 十三回忌 十七回忌
二十三回忌 二十七回忌
*二十五回忌 (二十三回忌、二十七回忌をしないとき)
三十三回忌
五十回忌
最後が五十回忌です。これで、その方個人の法要はとりあげ、先祖代々の祖霊として、位牌を仏壇からはずし、過去帳に写し取ります。
十五.葬儀前に準備できること
本人として、また家族として、このようにあわただしい葬儀に対して心して迎えるためにも事前にできることをあげておきましょう。心の準備はいうまでも有りません。
葬儀社との打ち合わせ
いつかわからないことといって、敬遠してませんか。葬儀社としては、そんなことは有りません。
事前の打ち合わせで、見積もりを作ってくれます。また、式の流れに関しても、自分が好むように注文ができます。こんな葬儀にしてもらいたい、ということです。
その他
戒名(住職に相談) 葬式写真 死後の連絡先 納棺するもの
身辺整理
*その他、住職にご相談下さい。
十六.死ぬまでに準備してるといいこと
葬儀というところでいままで書いてきましたが、死は、葬儀だけでその人の人生を締めくくるものではありません。まあ、それほど、人間はせからしいということですたい。
後見人制度
従来、親権者のいない未成年者や禁治産者を守って、財産を管理することの法的制度を言ってました。 ところが、近年、ボケなどによる成人者の財産管理が問題となってきました。ボケだけでなく身寄りがない人が、事故で自己決定ができなくなってしまった場合、その方の年金管理、医療費や医療サ―ビスの程度、財産の保全、引いては、死後の財産管理処分をどうすればよいか、誰に託せばいいのか、が問題となってきてそこまでを含めた新しい後見人制度がスタ―トしました。本人が意識がある場合、ない場合と分かれますが、以下の所で相談に乗ってくれます。
在宅ケアホットライン
早良区 092-846-8011 城南区 092-847-8011 中央区 092-734-8011 西区 092-881-8011 博多区 092-475-3011 南区 092-541-8011
司法書士会 リ―ガルサポ―ト (無料) 092-738-7050
弁護士会 アイユ― (有料) 092-724-7709
財産に関すること
遺言ですね。遺言は、書式や執行のし方では、無効になってしまいますので注意してください。司法書士、行政書士でも相談できます。実際は、公証役場に相談します。個人的遺書は、本屋でそのような書式の勉強できる本があります。でも、法律的に有効かどうか煩雑な問題がありますので、きちんとするためにもその役場がよいでしょう。
役場にいく場合と、役場の人が病床まで来て作成してくれる場合とがあります。
博多公証人役場 092-272-1156
福岡公証人役場 092-741-0310
筑紫公証人役場 092-925-9755
代金は、その財産によって違います.特に、出張をお願いすれば五割増になります。
医療過誤について
病院でなくなった肉親の亡くなり方がどうも疑問で、何とか病院を訴えたい、とおっしゃる方には、
医療過誤の相談所があります。
「患者の権利オンブズマン」が相談を受け付けています。
ここでは、毎週月・水・金曜日PM1:00〜3:00まで電話相談を行っています。
TEL 092―643―7579
面接の有無は、先ず、電話で予約を取って、あらかじめ内容を話し合った上でこの面談を受けれます。
治療事前指定書
事故によって意識不明になったり、認知症によって自己意思を伝えられなくなったりした時、必要以上の医療を拒否したいとお考えの方もいらっしゃいます。事前に自分の医療について指示をしておきたいと思う方は、治療事前指定書というのが有ります
(医)にのさかクリニック 092―872―1136
面談も行っています。
献体
死後、死体を医療の進歩の為に使ってもらいたい、ということで献体の申請ができます。
身近な医療機関にお尋ね下さい。
臓器移植について
アイバンク(角膜提供)は、従来どおりの死亡判定から行います。お通夜、葬儀前にいらっしゃいます。
福岡県医師会眼球銀行 092-431-4564
臓器提供に関しては、まだまだ不備な点があり、提供側に人権侵害を被る危険が未だあります。
よく検討してください。
日本臓器移植ネットワ―ク 0120-78-1069
十七.散骨、自由葬について
前のほうで書きましたが、今の葬儀は、従来と形式も心も変わりつつあります。その所を紹介しましょう。
散骨
現在、福岡市内では、散骨は、2社の葬儀社が行っています。海洋散骨です。
香栄社 092-662-4444(代) メモリ-ド九州 092-737-7000
一家族が船に乗船して15〜30万円かかります。一家族は何人でもいいです。
自由葬
これは、ほとんどの葬儀社がしてくれます。これは、導師がなく、無宗教というやり方です。たいがい白菊を献花してのお別れ会です。
これらの現状報告
こういうことが進めば、お寺のおまんま食い上げだから、いうんじゃないですよ。このようなやり方はすでに東京が先進でして、もっと美しく儀礼化して散骨などもやってます。で、東京の葬儀屋さんの報告なんですが、散骨の場合、遺族が、その流した後を拝みたがるというのです。しかし、そういう対象物は有りません。また、自由葬は、「お父さんどこに行ったんだろう」と精神的な苦痛から、心身症さえ表れている、といわれました。脅かし文句のようですが、大切な問題をどちらとも忘れている気がします。
心です。魂です。なぜ、散骨をし、自由葬なのか。本人は、家族に迷惑かけずに安心なかも知れませんが、もっと、深いところでの心、魂の話を共有できてなかったのでしょう。現在宗教への不信は、私たちの責任です。既成の宗教が、家の寺がいやだったら、宗教的なところでの内容、方針を家族で話し合う必要があります。
祭ること、拝むこと、祈ること、これらは、人間にとってやはり大切な営みであります。
十八.人間いかに死ぬか、は、いかに生きるかだ。
最後になりました。大変長い文章ですみません。私たちの必ず生ずる死を葬儀として取り上げましたが、
いかがでしたか。ようは、よく生き抜くこと。そうすることで、死後も誰かがなんとかやってくれることでしょう。自分が拝みもせんで、死後誰かに拝んでもらおうというのは、虫がよすぎる。だって、みんなの行く場所。皆の故郷。そして、もう、待ってくれている人がいるところ。後の人のためにも道を示してあげてください。一生懸命生きて、ドタンと倒れこんだら、すっと抱きかかえてくれることでしょう。
いまさらこう言うのも、怒られそうですが、葬儀自体にあれこれ考えなくとも、あなたの生き方、あなたの人柄で、後の人がねんごろに弔ってくれることでしょう。そう、あなたは、もう次の生への旅にたたなくてはならないのですから、前を向いて歩いて行きましょう。
仏事秘伝帖 その三
お葬式の心得
2000年秋彼岸中日法要のために記す。南福寺伝なれば、他見を好まず。よくよく質疑問うべし。
生命の本題なれば生死一大事を疎かに披瀝することを甚だ恐るるのみ。本尊倶利伽羅不動明王、弘法大師、末資が微意を照覧したまいて、これを目にする人を導き給わんことを。
南福寺住職 渡辺弘敦 合掌
2005年11月一部改定しました。