現実のトランペット演奏とラテックス製の唇モデルおよびコンピュータモデルの比較

      C.Vergez, X.Rodet 共著

      vergez@ircam.fr, rod@ircam.fr

      IRCAM, 1 place Igor-Stravinsky, 75004 Paris, France

日本語訳:高橋善彦

協力:山本明利・曽我部清典


 概要

  ここ数年、我々はコンピュータシミュレーションによる金管楽器と奏者の唇を含めたモデルについて研究開発を行ってきた。ここでそのような物理モデルをデモンストレーションする。これはMIDIを用いてリアルタイムに演奏される。物理的な機能付けとリアルタイム制御の両方に関する最新の開発について紹介する。これらは、音質と音楽表現力が大きく改良されている。本当の唇の物理的な特性をよりよく理解するために、唇のラテックス製モデルを作成した。この人工的な唇は本当のトランペット奏者と同様にトランペットを演奏出来る。唇の動作特性と音響特性を分析する。自然に吹かれたトランペットと人工的に吹かれたトランペットの音を比較してコンピュータモデルを用いてシミュレーションする。


1. まえがき

  [Rod95] で、我々はトランペットの様な楽器の単純なリアルタイムモデルを解説しデモンストレーションした。目的は、このような楽器の基本特性を表わす最も単純な構造を見つけ出すことである。更に、モデルの特定された属性を崩さずに保持している限り、モデルに対応するシステムの機能を、解析的に研究し、理解することができる。

  [RV96]で、単純なトランペットのモデルの動作を予測することが可能であることを示した。我々の作り上げた非線形な力学的モデルにホッフの理論を応用することで、固定点の近傍に振動の解が実存し、一意で安定していることを証明した。また、振動の周波数と振幅が正確に予測出来ることも示した。

  この論文では、提案する基本モデルについて、少し説明するところから始める。そして、自然な楽器の音を作る工程を、より良く近似できる方法を見つけ出すことを目的とし、そして、フレージングとアーティキュレーションおよび表現力の品質を改良するための、幾つかの改良を説明する。最初に、なるべく現実のものに近い管の内径(管内:bore)の作用について研究する。我々が行った入力インピーダンスの測定から反射関数をどのように計算したかを解説する。そして、結果としてシミュレーションのために使われる、コンピュータ能力の消費量を大きく節約する、反射関数の簡略化についても説明する。さらに、このことはヴァルブ群の組み込みも簡単に実現する。同じ考えでスライドを付加する拡張も可能にする。そして、より本物に近い閉じた唇のモデルについても提案する。

  基本モデルをより複雑なモデルに改良するそれぞれの段階で、モデルの動作が制御可能であるように注意する必要がある。基本モデルが改良モデルに拡張される場合にも、安定した結果が得られた。我々は、トランペットのような楽器か持つ特性の殆どを提示する物理モデルが、ホッフの理論の範囲内で研究出来ることに気がついた。

  ひとつのリアルタイム・シミュレーション・システムが完成した。我々は、これに演奏インターフェイスを用意した。このインターフェースによって、このモデルは、大変表現的に、直観的に演奏することが出来るようになっている。

  我々の研究のもう一つの側面は、唇のラテックスモデルを作ることであった。これは圧縮空気が供給されている金属製の口の中に挿入されている。このモデルは、想定した通りの可能性を備えている。唇の特性を変化させることによって、このラテックスモデルがペダルトーンから8倍音まで演奏でき、そして本物に近い音を作りだすことができる。このラテックスモデルは、唇の開閉による非線形性を予測し計算する時に使われる。この計測結果はシミュレートされるモデルの改良にも使われる。


2. 基本モデル

  我々の基本モデル[Rod95]の図式を図1に示す。[Mar42]による図式化は、上唇の振動の振幅について、下唇の位置は無視できることを示している。それゆえ、我々は振動については上唇だけに制限することにした。この唇は、振動する質量m、弾性係数k、制動(減衰)係数rの単一の平行六面体としてモデル化されている。ほとんどの基本モデルで、共振体(resonator)は断面積Aを持った、理想的な直線でロスのない管に簡略化されている。

  [図1]トランペットのような楽器の基本モデルの図示

  唇の間には空気の流れがあると仮定する。口からの圧力Psは一定であると考えられるため、口の中への空気の流れは無視出来る。上唇の位置をx、上唇の下の空気の流れをu、その圧力をpとしている。

  幾つかの力が質量にかかっている:質量の重さ、弾性の力、制動(減衰)の力、そして気体音響的な力が両方の唇の面にかかっている。[RDEF90]で、

 →  →

 P=mgで表される、質量mの重量Pは無視出来ることが証明されている。

  垂直軸に注目してみると、基本的な力学の等式は次の式を導くことができる:

   ..      .

  mx(t)+rx(t)+kx(t)=Av COSα(ps−p(t))+Fbern

 ここでAv は振動している唇の断面積、αは垂直軸と唇側面の角度である。Fbernは唇の底面にかかっているベルヌーイ(Bernoulli)の力である。唇が閉じている場合は、振動している唇に、別の弾性係数と制動(減衰)係数を付け加えている。

  最初の近似として、音響圧力がそれほど高くない場合には有効であるため、トランペットの管内(bore)の線形的な波の伝播だけについて考えた。さらに、波長に比べ断面積が小さい場合、管内(bore)の音響特性は平面波の近似方法によって記述できる。

 その場合、管(tube)の音響特性はインパルス応答g(t) によって全て記述できる:

   p(t)=(g*u)(t)

 ここで*は複合(convolution=反射しては折り返す波を元の波に次々と重ねて合成していく操作)演算子である。我々は最初、理想的なロスのない直線状の管を考えた。入力波は、管の開口端(−1より大きな負の係数が乗算される)でのみ反射され、制動(減衰)されると仮定した。

  単体質量の線形振動と管内(bore)の線形モデルは、非線形的に空気の流れによって組み合わせられる。口蓋部が充分に大きいために、内部の空気の流れを、無視することができる。定常状態のベルヌーイ理論を、口とマウスピースの間に当てはめると、

 x(t)>0でps>p(t)の範囲で:

   u(t)=γ1 x(t)√(ps −p(t))

 ここでγ1=l√(2/ρ)、lは唇の長さ、ρは空気密度である。この空気の流れのモデルはps<p(t)かつx(t)>0の条件では適用出来ない。実際に、この条件では空気が口側に流れ込む。従って、この基本モデルで、ps<p(t)かつx(t)>0の条件では、u(t)=0と考えた。勿論、x(t)<0の条件でもu(t)=0とした。

  この節で記述したシステムはC言語を用いて作成した。これはHTMとAdrian Freedによって作成されたリアルタイムツールボックスCNMATで動作する。

  粗雑な近似法にも関わらず、音の結果はこの基本モデルは金管楽器の要素的な特性の幾つかを捕らえていることを示している。事実、管の倍音(acoustic modes)間の推移は唇の粘性−弾性特性の変化によって誘導される。このような倍音間の推移は、実金管楽器の機能としての特徴を、明確にとらえたものとして聴くことが出来る。この結果は、我々のモデルが非常に単純であるにも関わらず、金管楽器の基本的な機能の重要な部分をとらえている、という大変興味深いことを示している。さらに、我々は[RV96]において、この単純なモデルの動作を、非線形力学システムの理論を用いることによって予測出来ることを立証した。


次のページへ

論文集のページへ

インデックスへ