いのちの学び 153号(04.10月号)
152号
1項 表紙 

今月のうた
今月のうた
 
ここは
陽だまり
あったかい
    
       《西原 祐治》

あたりまえのことを詠むのは、意外と難しい。そしてあたりまえのことは解説する必要がない。あたりまえのことを詠んだうたは、作為がない分だけ、大自然に通じるように思われる。




2項

ミニ説法

 南極の昭和基地で仕事をしている新婚の隊員に、新妻から「あなた」と三文字だけ書かれた手紙が送られてきた。この話しは有名な逸話で、特に浦山明俊さんの『心にひびく日本語の手紙』(朝日新聞社)という本に紹介されて全国区の話しとなりました。しかし、この本には、この話の出所は示されてありません。おそらく著者も人から聞いた話なのでしょう。

今から数十年前のことです。地の果て南極において、日本が気象観測などを行う昭和基地での出来ごとです。  当時、南極といえば、その行き帰りはいうまでもなく、現地での生活は、現在よりもっと大変で、命がけのことでした。屈強な男性たちが派遣され、その任務を行う。しかし長期滞在は望郷の思いを強くさせます。それが新婚となればなおさらです。

 数ヶ月に一度、遠く日本から家族の手紙や差し入れが飛行機で運ばれてくる。そんな中、日本にいる新婚の妻から一通の手紙が届く。手紙は、たった一行、僅か三文字、「あなた」とだけ書いてあった。その三文字の中には、妻の夫を慕う万感の思いが詰まっている。という具合に語り継がれ伝播している話です。

 ところがこの三文字の手紙、実は手紙ではなく、電報だった。しかも、奥さんがご主人に万感の思いを込めたというよりも、お酒を飲み過ぎないように戒めた電報で、お酒のトラブルを聞いた奥さんは、この 「アナタ」の電報に続いて「プンプン」と怒っているメッセージを送ったというのが実際だそうです。

愛には二つの形式があります。一つは、冬のソナタのような二つのものが一つになろうとする情念です。恋人同士の愛がこれにあたります。新妻が昭和基地に送った「あなた」がこれです。もう一つは、本来一つであることから生まれる愛です。親子の愛がこれに当たります。遠くに離れていても、離れているままに相手を気遣い、労わろうとする情念です。お酒のトラブルを聞いた奥さんが夫に送った「アナタ・プンプン」はこれです。「アナタ・プンプン」は、遠く離れていても、まさに隣に居るような二人の近さを感じます。
 同じ三文字の「あなた」でも、語気の違いによってまったく違った内容となります。
これは「南無阿弥陀仏」も同様です。

 浄土宗と浄土真宗、同じ「南無阿弥陀仏」でも、まったく受け取り方が異なります。浄土宗の念仏は、私と仏が一つになろうとする手段として「南無阿弥陀仏」と称えます。そして念仏を多く称え、称えて称えてその積み重ねの上に仏と私が出会っていこうとします。私が一生懸命に称えて仏に向かっていくのです。ところが浄土真宗の念仏は、私が一生懸命になるのではなく、阿弥陀仏が一生懸命になって、私に「南無阿弥陀仏」と称えられる仏さまになったという理解です。私と仏が、本来一つであることを「南無阿弥陀仏」と称えることを通して信知していくのです。

 そのキーポイントとなるのが、私の可能性の中には、仏さまと交わる種も仕掛けもないという人間理解です。もし私の上に仏の香りのする何ものか があったならば、それは阿弥陀仏の働きによると、すべての手柄を阿弥陀仏の賜として仰いでいきます。これが他力回向の仏道です。

3項

お経の漢字の読み方

Q お経は「漢音」ではなく「呉音」だと聞いたことがありますが、これはどういうことですか。

A 日本語の漢字音読みに、伝統的に「呉音」・「漢音」と呼ばれる二系統があります。どちらも中国の「中古音」または「隋唐代標準音」を反映した発音です。これらのほか、宋代以降の音韻を反映するとされる「唐音」(「行燈(アンドン)」や「蒲団(フトン)」)があります。

Q いつの時代の発音ですか。
A 「呉音」は、奈良時代以前の六世紀〜七世紀のはじめにかけて、南朝と交流を行っていたため、長江下流で使われていた音が伝わってきたものです。

「漢音」は、日本が遣隋使を派遣するころから、洛陽や長安を中心とする西北地域との交流がはじまり、その地域の音が取り入れられるようになったものです。

「唐音」は、鎌倉時代に入ってから、禅宗に関する文物が伝えられた際に、従来の「漢音」とは異なった音が用いられるようになったものです。

Q 経典は「呉音」で読むのですか。

A おおかた「呉音」ですが、だいぶ他の音が入り混じっています。
 たとえば「和尚」の読みは、宗派によって違います。律宗、法相宗、真言宗では「ワジョウ」(鑑真和尚・ガンジンワジョウ)と読み
、天台宗では、カショウ(慈円和尚・ジエンカショウ)と読みます。禅宗、浄土宗では、オショウ(布袋和尚・ホテイオショウ)と読みます。和尚について言うと、ワが呉音、カが漢音、オが唐音です。

 他に三音とも揃っているものには、呉音・漢音・唐音の順に列記すると、(木材・モクザイ)( 木刀・ボクトウ)(木綿・モメン)等があります。

4項 上段 集い案内

4項 下段 住職雑感

*八月の法話で、新潟・福井豪雨の義捐金を募集したところ、金四萬参千円集まりました.本願寺を通して現地に送金しました。御礼申し上げます

* 箸やすめの話を一つ。雷がなったとき「桑原桑原」と、昔の人は呪文のように唱えました。この「桑原」には、二つの説があります。
一つは、菅原道真は死んで雷神となり、生前の道真を陥れた藤原時平一族にたたった。九三〇年六月二十六日に宮中・清涼殿に落雷があり、道長を陰謀にかけて大宰府に左遷した張本人の大納言・藤原清貫と右中弁・平希世が即死した。ところが道真の領地桑原には落雷することが少なかった。そこで雷が鳴り出すと、「ここは桑原です」と雷神を欺くために「桑原 桑原」と唱えたというものです。

もう一つの説が、和泉の国の桑原という地で雷神があやまって農家の井戸に落ちた時、農夫は蓋をして天に帰らせなかった。閉じ込められた雷神は、自分は二度と桑原には再び落ちまいと答えたとの伝説に基づくものです。
昔の人は、現代人以上に雷の原理を知らないので、神のたたりと思い怖かったに違いない。同じ雷でも、その原理を知っていると、雷が落ちることは怖いことですが、神に怒りという余分な怯えをもつ必要はありません。

何につけ、本当の事を知ることが迷信から解放される秘訣であるようです。