西原つれづれ05.10月
9月
10.17 毎月一回、寺報の発送会あがあります。世話人が集まっての作業です。世話人が手伝ってくれるというよりも、私は顔も出さないときの方が多く、そうなっているという会です。

また今日は年4回ある清掃の日で、これまた門信徒が集まっての作業です。寺報59号アップしました。

7月にご門主の組巡教最後のお立ちより寺院となった大阪の「正徳寺」は、画家 佐伯祐三の生誕地でした。このお寺の子供とした生まれたのです。私もご一緒させていただいた関係で、正徳寺から 練馬区の美術館で開催されている「佐伯祐三展」への招待状が届きました。先週、見に行ってきました。作品が美術学校時代から晩年まで時代順に130点展示してあり、見ごたえがありました。

佐伯祐三は、どうも大谷光瑞宗主の後押しで美術学校に入ったようです。そしてパリへ2回渡航しています。1回のパリ渡航は1924年(大正13年)1月から19261月までで、約2年の滞在です。パリへ行き初夏、パリ郊外のオーヴェール・シュル・オワーズの画家モーリス・ド・ヴラマンクを訪ね、持参した自作『裸婦』を見せ、ヴラマンクに「このアカデミックめ!」と一蹴されます。この頃から佐伯の画風は変化し始めたといわれます。

生涯の出来事を記録したものをコピーしていったので、そのときの心境や出来事と、絵を見比べることができ楽しいひと時でした。

先月の「いのちの学び160号」アップしていないことに気が付きアップしました。

10.28

過般、伊東四朗出演の火曜サスペンス「おかしなふたり」Aを見ていたたときのことです。葬式の場面で正信偈が流れてきました。どっかで聞いたこえ、私の声のようにおもわれます。正信偈の一人の独吟です。頭の中では、私一人で録音した正信偈は、発売していないがと思っていると、行譜です。あった、あった。この間のCDは行譜は独吟です。

あれは私の正信偈に間違いない。そう思いました。会報ビハーラ11号に、寺報でも紹介しましたが川上清吉さんのことを書きました。