04.11.24
寺報「いのちの学び」
154号をアップしておきます。
ニートが、流行っているらしい。
NEETとはNot in Employment, Education or Trainingの略で、「職に就いていず、学校機関に所属もしていず、そして就労に向けた具体的な動きをしていない」若者を指します。現在、日本にはNEETに分類される若者の数は68万人と言われています。労働政策研究・研修機構副統括研究員の小杉礼子先生はニートを四つ類型化しています。
Tヤンキー型
反社会的で享楽的。「今が楽しければいい」というタイプ
Uひきこもり型
社会との関係を築けず、こもってしまうタイプ
V立ちすくみ型
就職を前に考え込んでしまい、行き詰ってしまうタイプ
Wつまずき型
いったんは就職したものの早々に辞め、自信を喪失したタイプ
私が、面白いと思う視点は、仏教は「欲望からの解放」を説いてきました。ところがニートのように、欲望が持てない症候群が生まれはじめているということです。なぜ労働しなければならないのか。
このことは同様ように、仏教は死ななかればならない現実をどう受け入れるのか、死の受容に偏って説いてきた感があります。現在のように自殺者が3万人を越えている現代では、「苦しみの中にあっても、何故生きなければならないのか」ということを、どう説くのかが問題になっています。
このことは、7年位前に問題意識を持って考えていました。安楽死の問題と関わります。苦しみの中、何故、生きなかければならないのかという問題です。どのようなメッセージが仏教から発信できるのか、ニートは、古くて新しい問題です。
04.11.11
当寺、報恩講(3日)も終え、やらやれといったところです。ご講師は滋賀県の鈴木善隆師でした。何事もはっきり言う方で、僧侶が8人ほど出勤されていたので、話しこんでいたのですが、後で、「しっかり聞法せよ」と、しかれてました。
開教の原点は、自らの聞法につきます。そうした意味では、師の言葉により初心に返るよいご縁だったと思います。