すいすい童話館9

「すいすい」という北関東イトマンスクール(水泳スクール、現在・スウィン)が
半としにいちどだしている、しんぶんにれんさいしています。ここではひとつのせます。ときどき
お話しをかえています。2010年10月

おとしもの

                   2004年作品

   新一の住む町は、こんもりとした、小さな山やまに、
かこまれています。
 いまは秋。近くの山は、うるしやぶなの木などの葉で、
赤や黄色にそまっています。
 夕日が山にしずみかけたとき、母さんが、店から大き
な声で呼びました。
「新一、クラジさんのところへ、(こけし)をとりにい
ってきてほしいの。お客さんが、今晩、うけとりにくる
の。高雄もいっしょに」
「ええっ、テレビ、見てんのに」
「いいとこなのにね、おにいちゃん」
 二人は、ほっぺたをふくらませました。
 新一は,四年生。弟の高雄は、一年生です。
 町には、ゆうめいな温泉があって、にぎやかです。新
一の家は、町の人たちが作った(こけし)を、店に並べ
て売っています。
 クラジさんの(こけし)は、お客さんに、だいにんき。
細いまゆ、小さな口もと、胴には、黄色いベニバナの花
が、かいてあります。
「明るいうちに、帰ってこられるとおもうけれど、(か
いちゅうでんとう)もっていきな。クラジさんは、仕事
がゆっくりだからね」
 母さんは、小さな(かいちゅうでんとう)を、高雄に
わたしました。

 クラジさんの工房まで、二人は走りました。
 この町には、たくさんの(がいとう)が立っています
が、クラジさんの工房までのあいだに、少し暗い杉林の
なかを通らなければなりません。
「こんにちは!」
 新一たちが入って行くと、クラジさんは、首をひねっ
ていました。クラジさんは、まだ若くて、ほっそりとし
ています。
「どうも、まゆが、うまくかけない・・・・」
「かわいいよ。おじさん」「そうそう」
 新一と高雄がいくらいっても、クラジさんには、まる
できこえないみたい。
「ほら、だんだん、そとが暗くなりだしたよ」
 高雄は、新一をつつきます。
 やっと、(こけし)ができあがりました。
 高雄が、泣き出しそうな顔で、いいました。「ぼく、
(かいちゅうでんとう)、おとした」
「だから、おれが持つっていっただろ」
 新一は、くちびるをとがらせました。
「ああ、やっと、思うように顔をかくことができた」
 クラジさんは、立ちあがりました。
「杉林は、うちの庭みたいなもんさ。でも、暗いから、
ちょうちん、持たせてやろうかね」
 クラジさんがローソクに火をつけると、丸いちょちん
から、うす赤い光がひろがります。
 こけしは、すきとおったビニール袋にいれてくれまし
た。
 かえり道、新一と高雄は、杉林にさしかかりました。
「あれっ!」
「だれかくる!」
 新一と高雄は、たちどまりました。
 むこうから、(かいちゅうでんとう)のあかりが、ま
るく光ってやってきます。
 よくみると、二匹のタヌキが、まるで人間みたいに、
並んで歩いてくるではありませんか。
 少し小さいタヌキは、(かいちゅうでんとう)を持っ
ています。
「おにいちゃん、ここおしたら、こんなに明るくなった!
 いいものを、ひろったね」
「ごちそうは、ハトヤ旅館のうらで、いっぱいたべたし。
これは、おうちへおみやげだ。こんやは、いい晩だね」
 もう一匹のタヌキは、ビニールの袋をさげています。
二匹のタヌキはとてもうれしそうに、こそこそ話してい
ます。
 新一と高雄は、「ゆめ」をみているようでした。
   (かいちゅうでんとう)は、きっと、高雄がおとした
ものです。
「おにいちゃん!」
 タヌキの声が、きこえました。
「あそこに、人間の子どもがいるよ。ちょうちんなんか
さげて、かっこいいね」
「クラジさんのコケシを持ってるな」
 二匹のタヌキは、じっと、新一と高雄をみつめていま
す。
「(かいちゅうでんとう)かえしてもらう?」
 高雄が、小さな声で、新一にききました。
「いいさ。こっちにはちょうちんがあるから」
 新一がそういうと、高雄は、タヌキにむかっていいま
した。
「そのあかり、あげるよ!」

「さよなら!」
 高雄と新一は、大きな声でさけぶと、タヌキたちのよ
こをすりぬけて、町の明かりにむかって、かけだしまし
た。
              (おわり)

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