すいすい童話館3

「すいすい」という北関東イトマンスクール(現在・スウィン)が半としにいちどだしている、しんぶんにれんさいしています。新しい童話をくわえます。2010年10月

電車にのったハト

武田祐子さし絵

                 2002年作品

「まったく、へんなおつかいだな」
 四年生のタケシは、電車に乗りこみました。
 五つめの駅の近くに、おばあちゃんが、一人で住んで
います。カゼがおなかにきて食欲がないので、母さんが
つけた梅干しをたべたいというのです。
 弟のアキラがカゼをひいています。母さんは行かれま
せん。
「せっかく、けんちゃんとサッカーやろうって、約束し
たのにな」
 タケシは、青いシートにどかっとすわりこみました。
 車内はがらすきです。ドアがしまろうとしたときでし
た。ハトが一羽、すーっと車内にとびこんできました。
「あらら、困ったわね」
 前の席のおばさんが、顔をしかめました。
 ドアがしまって、電車は動き出しました。
 ハトは少しとびまわって、タケシの目の前のあみだな
に止まりました。あいにく、車掌さんの姿は見えません。
「つぎの駅で、でていくわよね」
 おばさんが、ハトに話しかけるみたいにいいました。
 ハトはしらんぷり。黒っぽい灰色の体、ところどころ
に玉虫色に光る羽がまじっています。くちばしには、小
さな葉っぱをくわえています。
「きれいなハトだね」
 少し向こうの席に座っているおじいさんが、タケシに
話しかけました。
 タケシは、こくんとうなずきました。
 電車はつぎの駅につきました。おばさんがおりていき
ました。でもハトはおりません。
 そのまたつぎの駅についたとき、さっきのおじいさん
が立ちあがりました。
「遠くまで行っても、ハトは、頭のなかに方向探知機を
持っているからだいじょうぶだよ」
 おじいさんは、にっこり笑うと電車からおりていきま
した。
「こまったな・・・・・」
 タケシは、ためいきをつきました。もうこの車両には
ハトとタケシだけ。
 ハトは、遠くまで行っても、ほんとうに家に帰れるの
のだろうか。つぎの駅でもつぎの駅でも、ハトはおりま
せん。
「おまえは、どこまで、いくんだい?」
 タケシは、ハトのまるい黒い目をみつめてつぶやきま
した。
 五つめの駅についたときでした。すーっとあいたドア
から、ハトがとびでていきました。
 タケシも、いそいでとびおりました。
 ホームのはしに向かって、ハトはひくくとんでいきま
す。
「あれっ!」
 タケシは、目をまるくしました。
 ホームのいちばんはしに、まっ白なハトがいます。ど
こかぐあいがわるいらしく、よたよたと歩いています。
 電車からおりたハトが、いっきにちかづいていきまし
た。
 タケシは、そっとあとをおいかけました。
 ハトは、くちばしにくわえていた小さな葉っぱを、白
いハトの足もとにおきました。
「クークー」
「グルルー、グルルー」
 二羽のハトのなきあう声がきこえます。まるで、なに
か話しあっているみたいです。
 タケシは、柱のかげにかくれて耳をすましました。
「おばあちゃん、だいじょうぶ?」
 かすかな声が、タケシにきこえました。
「しんぱいしないでいいよ。この葉っぱをたべれば、す
ぐに元気になれるから。ふだんなら、葉っぱをもらいに、
ひとっとびに、おまえのところまでいくんだけれど。わ
るかったね、つかれたろう?」
「あのね、びっくりしないでね。ぼく、電車にのってき
たんだ」
「まあ、いいかんがえね!」
 タケシはそっとうしろをむくと、改札口に向かって、
かけだしました。
「ぼくも、はやく梅干しとどけてやろう!」 タケシの
目のなかに、おばあちゃんの顔がうかびます。

                    (おわり)

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