すいすい童話館より

「すいすい」という北関東イトマンスクール(水泳クラブ、現在・スウィン)が
半としにいちどだしている、しんぶんにれんさいしています。ここではひとつのせます。ときどき
お話しをかえています。2012年1月

小さなプール

                     2008年作品

   山本医院(いいん)の三階には、長さが十五メートルの、小さな温水(おん
すい)プールがあります。
 足やこしの弱い人やゼンソクの子どもたちが、元気になるように、先生が作
りました。
 冬の夜のことでした。
 プール室のライトがきえて、プールサイドのサウナ室は、暗くなっています。
 月の光がさしこんできました。
 たなの上で、つぶやく声がしました。
「ぼくも、泳いでみたいなあ!」 
 いちばん小さな砂時計(すなどけい)です。
「なにをいうんだ、とんでもない!」
「そうですよ。わたしたちとプールの水とは、なかよしになんか、なれないんだ
から」
 仲間の四つの砂時計たちが、つぎつぎと、しかりつけるようにいっています。
「しーっ!」
 小さな砂時計は、みんなをしずめました。
「ほら、夏のころ、このサウナ室にくる人たちが、話していたじゃないか。オリン
ピックで、日本の水泳選手たちが、がんばったって。ぼくも、プールに入ってみ
たいなあ」
「でも、わたしたちは、もしかしたら、浮くこともできないかもしれないのよ」
 一ばん大きな砂時計が、大声ではんたいしました。ほかの砂時計も、ガヤ
ガヤとさわぎたてています。
 小さな砂時計は、いうことをききません。
「だって、今夜は、チャンスだよ。このドアはあいているし、ほら、シートが一
まい、ないじゃないか」
 たしかに、ふだん、ドアはしまっています。
 砂時計たちは、ガラス窓からのぞきました。
 いつもは、保温のために、プールの水の上に、青いシートが四まい、かぶ
せてあります。 どうしたのでしょう。今夜は、それが、一まい、かけてありま
せん。
 小さな砂時計は、サウナ室のたなから、ポンと床にとびおりました。そして
、 横になって、ゴロゴロと入口からそとに出ると、プールサイドを、ころがってい
きました。
 立ちあがって、プールをじっとみつめていた小さな砂時計は、おもいきった
ように、トポンととびこみました。
「ああ、とうとう!」
 砂時計たちは、たなから床にとびおりると、ワイワイガヤガヤいいながら、
サウナ室から、ゴロゴロと出ていきました。
 小さな砂時計は、温かい水のなかで、気持よさそうに、プカプカ浮んで
います。
 そのときでした。かるい足音がきこえました。どうやら、こちらにやってきま
す。
「山本先生だ!」
 砂時計のだれかが、さけびました。
 砂時計たちは、小さな砂時計を残して、いそいで、サウナ室にもどって
いきます。
 プール室のライトがつくと、山本先生が入ってきました。
 先生は、ビルの四階にある自分の家から、かいだんをおりてきたのです。
「おやおや、みまわりにきて、よかった」
 先生は、つぶやきました。
 四まいめのシートをかけようとした先生は、
「あれっ!」
と、ひくくさけびました。
 一ばん小さな砂時計が、プールのなかに浮いているではありませんか。
「だれかのいたずらかな、こわれたかな」
 先生は、手をぐんとのばしてひろいあげると、砂時計を立てました。
 青い砂が、ビンのなかをサラサラと流れおちていきます。
「ああ、よかった。それにしてもおかしいな」
 砂時計が、みんな、サウナ室の床にころがっています。まるで、けんか
でもしたみたいです。
「なかよく、はたらいてくれよ」
   先生は、砂時計たちをたなに並べなおすと、水の上にシートをかけて
プール室を出ていきました。
プール室のライトが、きえました。
 一ばん小さな砂時計に、なかまの砂時計が、声をかけました。
「とうとう、やったね!」
 小さな砂時計は、元気に答えました。
「うん、おもしろかったよ! さあ、あしたから、またはたらくぞ。このサウナ
室のなかにいる時間を、きた人たちに教えるんだ! じゃあ、おやすみ」
 サウナ室は、すっかりしずかになりました。

                       (おわり)

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