暑い夏の日が、暮れようとしていました。
洋一は、ナミキ通りを走っていました。通りのはずれ
まできたとき、洋一は、はっとして立ちどまりました。
いつも、洋一が買い物をする文房具店が、カーテンを
しめています。
「やっぱりだ・・・・・」
洋一は、母さんの言葉を頭に浮かべました。
「昔は、ずいぶんはんじょうしたらしいけど、いまは、
お客もちらほら。あそこの家は借家で、立ちのいてくれ
って、いわれてるんだそうよ」
洋一は、店のガラス戸をたたきました。
「ちょうだいな、ちょうだいな!」
この店のおじいさんとおばあさんが、洋一は、だいす
きなのです。
いくどか洋一がさけぶと、ガラス戸があいて、おばあ
さんが顔をだしました。
店のなかはきれいにかたづいて、文房具はどこにもあ
りません。
あわてて、洋一は、お金をさしだしました。
「あそこのたなにあったでしょ。36色のクレヨン。ぼ
く、ずっと、おこづかい ためていたんだよ。まだ、半
分しかたまんないけど、母さんにお店のこと聞いて、心
配で、走ってきたんだ。あと半分、いまにきっと持って
くるから、あのクレヨン、だれにも売らないでね」
36色のクレヨンは、ずいぶん前から、たなの上に、
たった一箱だけ、ありました。それは、虹の絵がかかれ
た箱で、いつも美しくかがやいているように、洋一には
見えました。
(いつか、きっと、買おう。あのクレヨンで絵をかいた
ら、きっと、たのしいよ)
36色のクレヨンは、洋一のあこがれのまとでした。
おばあさんは、洋一にほほえみかけました。
「よかったわ。このお店の閉店記念にね、あたしたちが
一番すきな洋一くんに、あのクレヨンおくりましょうっ
て、おじいさんと相談していたの」
「ほんと!」
洋一はうれしくて、顔が赤くなりました。
おばあさんは、いいました。
「ところで、お願いがあるの。あたしとおじいさんが、
あたしたちのふるさとのことを、かわりばんこに話すか
ら、洋一くん、それをきいて、このクレヨンで、ふるさ
との絵をかいてほしいの」
洋一は思いきって深くうなずくと、じっと、二人の話
に耳をかたむけました。やがて話しが終わると、洋一は
大きな画用紙に向かって、クレヨンを走らせはじめまし
た。
ごつごつした岩、白い波、ひろい砂浜、青い海、カモ
メ、小舟・・・・・。
洋一は、絵をかくのはすきですが、通知表の成績は、
四年生になったいまでも、あまり、よくはありません。
夢中になってクレヨンを動かしていた洋一の耳に、か
すかに、波の音がきこえてきました。カモメのなき声も
します。
おじいさんが浜辺にすわって、白い砂を、両手ですく
いあげています。
「ほんとに、なん十年ぶりかしら」
おばあさんの白いかみの毛が、海風に、光ってゆれて
います。
潮の匂い、岩にくだける波しぶきを、洋一も体にうけ
て立っていました。
洋一は、すっかり暗くなった文房具店のなかにいまし
た。
おばあさんが、洋一の 肩をそっとたたきました。
「すばらしい絵をかいてくれたわ」
「とてもじょうずだよ。いつまでも、たいせつにするか
らね」
おじいさんは、目をうるませています。
(絵がじょうずにかけたのは、きっと、このクレヨンの
おかげなのに)
洋一は、はずかしくなって、
「さようなら!」
とさけぶと、おもてにとびだしました。
あたりは、もう、まっくら。すずしい風が、吹いてい
ます。
「母さんにみせるんだ!」
洋一は、クレヨンをしっかりかかえると、走りだしま
した。
おわり