金色のペンダント

1989年第1回新美南吉童話賞(NHK名古屋放送局局長賞)受賞作品です。

 南米のこの国には、七月のなかば、一週間ほどの短い
冬が訪れていました。
 川ぞいの小さな町に住むリラおばさんは、一人きりの
朝ごはんのあとで、なんまいもの洋服を着ると、首にか
けているペンダントはキラキラ光っています。
 町のあちらこちらには、この国の人びとが愛している
イッペイの木があります。高く伸びた木の枝えだに、冬
を忘れさせるような赤紫の花を、たくさんつけていま
す。
(ほんとうに、きれいだこと!)
 コーヒー色の肌に黒い髪と瞳を持つリラおばさんは、
ちょっと立ち止まりました。
 そのとき、ふいに、四、五人の若い男たちが、おばさ
んをとりかこみました。この寒空に、男たちは、みな半
袖のシャツ姿です。
 一番背が高く、色白のやせた男が、リラおばさんのペ
ンダントを指さして、低いけれど鋭い声でさけびまし
た。
「それを、よこせ!」
 あいにく、あたりには人影がありません。
 リラおばさんは、思わずペンダントを握りしめまし
た。
 このところ、国内では毎年物価があがり、人びとの暮
らしは、苦しくなるばかりでした。
(この若者たちは、赤ん坊のミルク代に困っているのか
もしれない。病気の家族がいて、治療費がたりないのか
もしれない)
 リラおばさんの頭の中を、いろいろな思いが、とびか
います。
 男たちの顔つきは暗く、目が鋭く光っています。
 おばさんは、首からいそいでくさりをはずすと、男に
さしだしました。
「これは、なくなった主人が元気だったころ、一生懸命
働いて買ってくれた、とても大切なものなの。あたし
は、主人を愛していたわ。別れるのは。とてもつらいけ
ど、でも、あげましょう。きっと、むだにしないで、な
にかの役にたててね」
 リラおばさんの目に、うっすら、涙が浮かんでいま
す。
 男は、ふっと手の動きを止めましたが、たちまち、ペ
ンダントをひったくると、仲間といっしょに、走りさっ
ていきました。

 その夜のことでした。
 リラおばさんは、ゆり椅子に腰かけて、かざりだなの
上の、ご主人の写真を見ていました。
 砂糖きびの農場で、農夫として働いていたご主人は、
仕事の帰り、交差点で、信号無視の乗用車にはねられて
しまったのです。
 五年ほど前、ご主人が、いまのリラおばさんと同じ、
六十八さいのときでした。
 かたみと思っていたペンダントも、ご主人の命と同じ
ように、あっ!というまに消えていきました。心をきめ
て、若者にさし出したはずなのに、深い淋しさが、リラ
おばさんの胸にせまってきます。
 そのとき、
「コツ、コツ」
と、玄関のドアをたたく音がしました。
 夜も、だいぶ、ふけています。
(泥棒かしら!)
 ふるえながらドアのそばに立つと、リラおばさんは、
おそるおそるたずねました。
「どなたですか?」
 返事は、ありません。
「コツ、コツ、コツ、コツ」
 ドアをたたく場所が、しだいに、下に向かって動いて
いきます。
 音は、ついに、リラおばさんの足もとにきて、止まり
ました。
 うつむいたリラおばさんは、思わず、目を丸くしまし
た。
 ご主人のかたみのペンダントが、ドアの下のわずかな
すきまから、そろそろ、姿を現わしてくるではありませ
んか。
 ドアの向こうで、かすかに、人のけはいがしました。
 リラおばさんは、いそいでペンダントをひろいあげる
と、呼びかけました。
「少しだけど、ここに、お米を買うお金があるわ。い
ま、あげますからね」
 ドアのそとには、冷たい風が吹き、月の光が、石だた
みの道を照らしていました。白い半袖シャツの男が、走
っていきます。それは、昼間の、あの背の高い男ににて
いました。
「ありがとう!」
 リラおばさんは、さけびました。
 男は振り返ると、さっと、手をあげて、また、どんど
んと走っていってしまいました。
 あすは、霜のおりそうな冷えこむ晩でした。
 リラおばさんは、男が見えなくなったあたりを、いつ
までもみつめて立っていました。
               (おわり)

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