第2次世界大戦
○大戦の勃発
1938 ドイツがオーストリアを併合
→イギリス首相チェンバレンはナチスに対して宥和政策
→英・独・仏・伊の首脳でミュンヘン会談を開き、ドイツの領有を認める
1939 ドイツがチェコスロバキアを解体
イギリスは宥和政策を捨てて、ソ連に近づくが条件があわない。
→スターリンとヒトラーで独ソ不可侵条約
→ドイツがポーランドに進撃…第二次世界大戦のはじまり
→フランスはすぐに降伏→北部をドイツが占領、南部にヴィシー政府
→ド=ゴールがロンドンに亡命政府をつくり、フランス国内にもレジスタンス運動
イギリスではチャーチルに変わりチェンバレンが首相になる
→ドイツ軍の上陸をはばみ戦争は長期化
イタリアがドイツ側に参戦
→バルカン半島の利害関係でソ連とドイツの関係が悪化
→独ソ戦争
→ソ連は英米と近づくためにコミンテルンを解散
○太平洋戦争
日中戦争の長期化
→危機打開のために日本は南方進出
1940 日独伊三国軍事協定
1941 日ソ中立条約
→アメリカ・イギリス・中国・オランダがA・B・C・Dラインを形成して対抗
日米の話し合いも行き詰まり、日本が真珠湾を奇襲→太平洋戦争へ
→日本は「大東亜共栄圏」をとなえ、占領下のフィリピン・インドネシア・ビルマに親日政権
→現地の歴史・文化を無視し、残虐行為をくりかえす→住民の反感
1942 ミッドウェー海戦で日本が大敗
○連合国の勝利
1943 アメリカがソロモン諸島を占領
ソ連はスターリングラードでドイツ軍を撃破
連合軍がシチリア島を占領
→イタリア国王は首相ムッソリーニを解任しファシスト党を解散
→イタリア新政府が無条件降伏
カイロ宣言(ルーズベルト・チャーチル・蒋介石が対日処理方針)
テヘラン会談(ルーズベルト・チャーチル・スターリンが連合国のフランス上陸作戦や
ソ連の対日参戦について協議)
1944 アイゼンハウアー指揮下の連合軍が北フランスのノルマンディーに上陸
→以降はドイツ軍の総崩れでベルリンも陥落し、7月にドイツは無条件降伏
1945 ヤルタ協定(ルーズベルト・チャーチル・スターリンが対独処理、ソ連の対日参戦を協議)
アメリカ軍が沖縄に上陸)
→ポツダム宣言(トルーマン、チャーチル、スターリンがドイツ処理と日本の降伏について))
→広島・長崎に原爆
→ソ連は日ソ中立条約を無視し日本に宣戦
→日本はポツダム宣言を受諾