簡易年表による古代ローマ史

01/07/08 ver1.0


        イタリア人が半島部に南下し定着
前753    ティベル河畔にラテン人(イタリア人の一派)が小都市国家を建てる
        <王政期>
        貴族(パトリキ)平民(プレブス)が分裂
前509    エトルリア人(先住民族)の王を追放→<貴族共和制>
        2名のコンスル(統領または執政官)元老院(はじめは300名、のちに600名)は貴族が独占
前494   護民官の制度(平民に不利な政治を拒否)→平民が参政権を求めて貴族と争う
前472   平民会の設置→護民官の選出
前450   十二表法を制定(ローマ最古の成文法) 慣習法を12枚の板に記して公開
        農民の重装歩兵のはたらきで領地を広げる(前4〜3世紀)
前367年  リキニウス・セクスティウス法(統領の一人は平民から出すことに)
        リキニウスは護民官、セクスティウスはコンスル
前300   このころまでに、すべての官職が平民に開放
前287    ホルテンシウス法(平民会の決議が元老院の承認をえずに国法に)
        →貴族と平民が同等の権利を持つ
        →身分闘争は終結
        非常時に任期半年の独裁官(ディクタトル)
前272   タレントゥムを占領
        →イタリア半島を掌握→分割統治の原則(被征服民を差別化し団結を防ぐ)
        アッピア街道の整備
前264〜  ポエニ戦争(〜前146)対カルタゴフェニキア人の植民市)
             (カルタゴの本国やギリシアは既に衰退していた)
         第1回(前264〜241) シチリアを奪い最初の属州にする
         第2回(前218〜201)カルタゴの名将ハンニバルに苦戦→最終的には勝利
              前216 カンネーの戦い →敗戦
              前202 ザマの戦い   →勝利(将軍スキピオの活躍)
         第3回(前149〜146)カルタゴ滅亡
              ギリシア・マケドニアを併合→エジプト以外の地中海を制覇
        →中・小土地所有農民の没落(多年の従軍による)
        →ラティフンディア(奴隷制農業に立つ大所領)が発展
         また、属州から安価な穀物が大量に輸入され、農業を捨てる農民も。
前2〜1世紀 奴隷制の最盛期
         閥族派平民派が対立
           閥族派…一部の平民(騎士)と有力貴族→元老院が拠点
           平民派…不満貴族→平民会が拠点
前168     マケドニア王国を滅ぼす
前133〜   →グラックス兄弟の改革(相次いで護民官に選出)→大土地所有者の反発で失敗
         閥族派のスラと平民派のマリウスが私兵を率いて争う
前91〜    ローマ市民権を求める同盟市との戦争(同盟市戦争)
前73〜71  剣奴スパルタクスの反乱
         ローマの混乱期
前60〜53  第1回三頭政治カエサル・クラッスス・ポンペイウス)→元老院と対抗して私的盟約
           カエサル…平民派
           クラッスス…大富豪
           ポンペイウス…閥族派
前58     カエサルがガリア(現フランス、ベルギー)を征服
前53     クラッススが戦死
前46     元老院と手を結んだポンペイウスを倒して、カエサルが天下を平定
前44     ブルートゥスがカエサル暗殺(カエサルが独裁に走ったため)
前43     第2回三頭政治オクタビアヌス・レピドゥス・アントニウス)←元老院公認
           オクタヴィアヌス…カエサルの養子
           レビドゥス…カエサルの弟子    →最初に失脚
           アントニウス…カエサルの弟子
前31     アクティウムの海戦(クレオパトラと手を結んだアントニウスをオクダヴィアヌスが破る)
前30     約100年にわたる内乱が収まる
前30     エジプト征服
前27     オクタヴィアヌスが元老院からアウグストゥス(尊厳者)の称号を得る
         プリンケプス(第一の市民)として政治を行う(元首政
         これ以降を帝政時代という
         帝政以降は隷属的な小作人(コロナス)から地代をとって自給自足するコロナートゥス制が普及
後54     ネロ帝が即位(〜68)
後79     ベスビオス火山が噴火→ポンペイ埋没
後80     コロッセウム完成
後96〜    五賢帝時代(〜180)
          @ネルヴァ
          
Aトラヤヌス…ローマの領土が最大になる。
          
Bハドリアヌス
          
Cアントニヌス=ピウス
          Dマルクス=アウレリウス=アントニヌス
212      カラカラ帝がアントニヌス勅令(市民権を全属州に拡大)
226      (ササン朝ペルシアがパルティアを滅ぼす)
235〜    軍人皇帝時代(各地の軍隊が勝手に皇帝をたてて争う・・・総計26人) 〜284
284      ディオクレティアヌス帝が即位(〜305)混乱を平定
         以降は共和制の形式が失われる→専制君主時代
         →四分統治→失敗
313      ミラノ勅令(副帝のコンスタンティヌス帝がキリスト教を公認)←帝国統一の強化のため
325      ニケーアの公会議三位一体説を正統とし、アリウス派は異端とされる)
330      コンスタンティノープル(旧ビサンティウム)を都とする
           @ササン朝への防備のためA共和制の伝統の残るローマをさけるため
375      ゲルマン民族の大移動開始
392      キリスト教がローマの国教になる
395      ローマ帝国が東西に2分(テオドシウス帝が2子に与える)
415      西ゴート王国成立
 〜〜
476      西ローマ帝国滅亡(ゲルマン人将軍オドアケル)→481フランク王国建国
1543     東ローマ帝国滅亡


【政治の変遷】
 王政
→貴族共和制
→民主共和制
→内乱期(革命の1世紀)
→帝政 @元首政
     A(ローマの平和…パックス=ロマーナ)
     B五賢帝時代
     C軍人皇帝時代
     D専制皇帝時代

【土地所有制度】
 ラティフンディア(大規模な奴隷制)
→コロナートゥス制(小作人制、自給自足)

【ローマ皇帝】
アウグストゥス(前27〜後14)
ティベリウス(後14〜)
カリグラ(後37〜)
クラウディウス(41〜)
ネロ(54〜)
ヴェスパシアヌス(69〜)
ティトウス(79〜)
ドミティアヌス(81〜)
ネルヴァ(96〜)
トラヤヌス(98〜) スペイン出身、帝国領土最大
ハドリアヌス(117〜)
アントニヌス=ピウス(138〜)
マルクス=アウレリウス=アントニヌス(161〜)
コンモズス(180〜) 悪帝
セプティミウス=セベルス(193〜)
カラカラ(211〜217)
軍人皇帝時代
ディオクレティアヌス帝(284〜305・東)
マクシミアヌス(286〜305・西)
コンスタンティヌス1世(306〜337)
コンスタンティヌス2世(337〜340)
コンスタンス(337〜50)
コンスタンティウス2世(337〜360)
ユリアヌス(361〜63) 背教者
ヴァレンティニアヌス(364〜375・西)
ヴァレンス(364〜78・東)
テオドシウス(379〜395)    帝国を2分