2000.04.12. 『蕨ヶ丘物語』(氷室冴子/集英社/コバルト文庫)


「ごきげんよう」。農村地帯に通るあぜ道の上から、農作業をしているご近所さんに、
そうぶちかましてはばかるところのない女子高生がいる。札幌の教育大付属名門中学に
やっとの思いで合格しながら、田舎の小学校の校長に左遷を命じられた父親について、
泣く泣く転校してきたのだ。名を岩崎美年子という。だが田舎なので、当然のごとくに
地域の名士がおりその子供達は、地域の学校において、女王様であり王様なのだった。
そして同級生には、たまたまその一家の末っ子である権藤末子がいた。末子にとっては
意のままにならない「よそ者」であり、美年子にとってはここは長居する気になれない
土地で、お互いフラストレーションを抱えていた。当然のごとく、校内で彼女たちは
ことあるごとに角つきあわせることになる。ところが、地域ボスの家庭だけあって、
選挙だなんだで、きなくさい事件がもちあがるのだ。それをなんだかんだ言いながら、
二人で顔をつっこんで、いろいろ罠をはったりなんかして、事件が終わり気が付くと、
あれほど鬱陶しかった田舎ぐらしが、美年子の中ですんなりと落ち着いていくのだ。

これが、「ライト・ミステリー編」。他に末子の次姉次子の「ラブ・コメディ」編、
三女待子の「純情一途恋愛編」、そして祖母にして権藤家当主小梅の若かりしころの
冒険を描く「大正ロマン編」の四編からなっている。私が一番好きなのは、上段で
ご紹介した、「ライト・ミステリー編」かな。このシリーズ全体が、北海道の濃密
なんだか、淡泊なんだかわからない身内愛に辟易し東京で暮らす氷室さんから、
遠くに離れたゆえに懐かしむ心境がにじみでていて、なんともかわいらしいのだ。

『クララ白書』『アグネス白書』で、今や死に絶えたかに見える純情女子高生の生態を
描いて人気作家の地位を築き、後に「ジャパネスク」シリーズで一世を風靡するに至る
氷室さんが、ひっそりと一冊きり出した初期作品が『蕨ヶ丘物語』になる。奥付を見て、
退くなかれ。「昭和五十九年初版」である。1984年ですね。今から十五年以上前です。
氷室作品を溺れるように読んで、コバルト文庫というものにのめりこんでいったころの
私にとっては、もちろん「ジャパネスク」や『とりかえばや物語』のほうが、楽しくて、
影響も大きかったのだけど、ふっと今も思い返すのは、『蕨ヶ丘物語』なのですね。
他の作家さんでも似たことはありまして、記憶に残るということの不思議を思います。

『北里マドンナ』