98.11.02.ドラマ『踊る大捜査線』シリーズ(フジテレビ系)
97/1/7〜3/18『踊る大捜査線』  ビデオ全4巻発売済

97/12/30『歳末特別警戒スペシャル』    ビデオ全1巻発売済

98/06/19『番外編 湾岸署婦警物語 初夏の交通安全スペシャル』ビデオ全1巻発売済

98/10/06「秋の犯罪撲滅スペシャル』    ビデオ全1巻発売済

98/10/18『踊る大予告編』

98/10/『深夜も踊る大捜査線』(局により異なる放送日)
98/10/31『踊る大捜査線 THE MOVIE』

青島俊作(29歳/織田裕二)、階級巡査部長。コンピュータ会社の営業職に失望し、
人間性の最後の一線を守るために、昔見た刑事ドラマのかっこよさを思い出して、
警察に転職。3年越しの交番勤務を経て、警視庁湾岸署刑事課強行犯係に赴任。
夢いっぱいの彼を待ちうけていたのは、人手不足で空っぽになった刑事課だ。
はじめての事件に喜び勇んで駆けつければ、「所轄は向こうにいってろ!」と
警視庁捜査一課の刑事たちに追い払われて、立ち入り禁止線の手前で呆然とする。
しかし青島はそこで、強行犯係のベテラン刑事和久平八郎(いかりや長介)や、
警視庁捜査一課で管理官を務める室井慎次(柳葉敏郎)と、出会うことになる。
しかし、青島はノンキャリア警察官で新人、和久さんはベテランノンキャリア、
室井さんはキャリア警察官僚…彼らの考え方は、天と地ほどかけ離れていた。

なんといっても室井警視正は、警視総監候補といわれる、警察きってのエリート。
経歴は、警視庁刑事部捜査一課管理官(ドラマ)→警察庁警備局警備課長(歳末SP)
→警視庁警務部監察官(秋SP)→警視庁刑事部参事官(THE MOVIE)と転属していく。
素人にはわからないが、キャリアの出世街道驀進中だと考えて間違いないらしい。

ただ東北大卒なので、東大閥の前に、何一つミスの許されない状況に置かれている。
しかし室井さんは、青島と事件を共有することで、しだいに価値観を変革していく。
本庁捜査一課のノンキャリア捜査員による、所轄署のノンキャリア刑事への優越意識。
大事件解決による勤務評価を望むあまり、小さい出来事をいいかげんにしていく体質。
キャリア警察官僚による、ノンキャリア警察官への差別。官僚同士の熾烈な出世競争。
そこから生じる硬直しきった縱割組織の矛盾に、室井の内なる正義が目を覚ましていく。

会社に勤めていたころに逆戻りじゃないか……青島だって、苦しくてしょうがない。
それでも、青島が室井さんを振り回した事件の果てには、警察組織を現場で支えて、
被害者を心ごと守ろうとし、犯罪者を捕えようと体を張る、所轄の警察官たちがいた。
そんな所轄署をめぐる現場のありようの前に、室井さんは理想を見い出していく。

しかし、官僚の世界も、刑事の世界も硬直しきっていて、それに対する即効策はない。
それでも苦悩の果てに、風通しのいい、所轄を対等に扱った捜査を夢見るようになって、
キャリアとしてできること、つまり警察組織の頂点へ登りつめての改革を誓っていく。
そんな室井さんに、青島も湾岸署の刑事たちも、少しずつ信だが頼と夢を寄せていく。

だけど、裏切りは襲い、新たな差別を受け、青島は警察組織から何度も切り捨てられる。
それでも青島は、下っ端の警察官として現場で踏ん張っていくんだと胸を張ることで、
室井さんと約束した理想に対し、ひたすら忠実に、誠実に応えていこうとするのだ。
裏切られても傷つけられても、青島だけは室井さんを信じ続ける。だから室井さんは、
一つ一つ孤独を深める階段を登りつめつつ、所轄とノンキャリアに権限をゆだね、
できるかぎり手駒扱いしないで行われる捜査体制を目指して、提言していく。

しかし、室井さんの手足であるべき捜査一課のノンキャリア刑事はそろって冷たい。
室井さんの考え方は「ノンキャリア中のエリート」である、捜査一課の刑事たちの
プライドを傷つけた。その優越性をゆるがすからだ。許すわけにいかないのだ。
部下たちに情報を閉ざされ、足を引っぱられ、室井さんの眉間の皺はどんどん深まる。
そんな風に、室井さんが肩のあたりから崩れ落ちそうな時、支えていくのは青島だ。
だから室井さんは、青島との約束一つを胸に抱いて、自分勝手な上層部や同僚や
利権に固執する部下の中で、自分を見失わないように、静穏に前を見据えてゆく。

青島はマニュアル通りじゃない。彼自身の心の法律に従って犯人を捕まえていく。
そんな青島によって人生を変えられたのは、室井さんだけではない。青島を目にした
人々はただではすまない。何人かの犯罪者も、湾岸署の面々も、被害者たちでさえも、
心に青島という価値を棲まわせていく。青島が叩いてみせた、嘘偽りない、真摯な
心の扉へのノックに、おずおずと広い世界に連れ出されて、目を見開いていく。
それは、心ごとつかまえるようなやり方だ。青島のそうした行動は、上司を怒らせ
同僚を悩ませ、他部門に疎まれるけど、肝心なところでは庇われて、愛されている。

もちろん青島だって、どうにも心動かすこともできない人達も、たくさんいる。
けれど、青島の魔法のようなアプローチを、傍で見せられるだけで、こういうのも
悪くないな、ああ生きるのもかっこいいなあと、心の奥に押し込めていた正義心や
反骨心を蘇らせていく人だって、ちゃんといる。視聴者も、公式・私的HPに集ってる
ファンも、おそらく制作スタッフも、きっと同じだ。誰だって、自由ではない。
誰だって、組織に縛られて悲しくうめいたことがあるはずだ。青島を見ていると、
自分の過去を反芻したり、未来に思いをいたしてしまう。それはとても、痛い。
ファンタジーではないのだ、青島は。どんな職場の中にだって隠れ棲むはずの、
私たちの胸のうちに、必ず棲んでいるはずの、今を駆けて生きる、無鉄砲な勇者だ。

青島という男、とかく罪作りであることはまちがいない。歩けば事件を拾い、
上層部の指示に常に自分の中の法律に照らして絶妙に従わず、それが正義感に
則っている分、上司は「勝手なことするな!」としか言えない。やくざがやくざな
生き方をしていてさえ消せない、良心の一かけらみたいなところがあるのだ。
だから一緒にいると、迷惑なことばっかりだ。けれど、いなくちゃ足元に空洞が
あいたようで、どれほど青島に心傾いているのか思い知る。守られた女は一瞬だけ
青島に恋するし、一緒に動いた男は、青島に理想をみる。でも、女の恋心は青島の
中では優先事項じゃない。青島にとって危険から女を守るのはあたりまえな上に
「俺は警官なんだから、絶対君を守ってあげる」ものだから、男である以上に、
人として好きになっちゃう。そして男だって、青島の優しさや引力にはかなわない。
その暴走ぶりに胃を痛くしながら、俺が守らなきゃ、僕が助けなきゃ、という、
本能的な助力を引き出していく。蔑み嫌う者がいる一方、理解者も味方も多い。

献身とは、他人の献身も引き出してゆくのかもしれない、青島をみているとそう思う。
青島って、まるでちっとも出世しない シーフォートじゃないか、ねえ(笑)

そして、青島の魅力につかまった登場人物筆頭が、室井さんだといえるでしょう。
室井さんは、青島と出会って、ただの「キャリア」でおさまっていられなくなった。

さらに「年下で後輩の上司」真下正義(ユースケ・サンタマリア)警部も、そうだね。
真下くんは警察幹部である警察庁第一方面本部長の息子で、彼自身も室井さんと同じ
キャリア官僚としてスタートを切ったばかり。だから、青島と出会うまでは、出世が命の
どこにでもいる官僚一年生でしかなく、湾岸署の幹部には大事にお守りされて、昇任試験
勉強に明け暮れる「おぼっちゃん」だった。でも、青島にその親しみやすさだとか、
キャリアらしからぬ腰の低さ、人との接し方の良さを引き出されて、いまや湾岸署に
とけこみきった希少なエリートに育ってしまった。湾岸署の面子もちゃんとわかってて
署内で本当にかわいがられ、キャリアにあるまじきことに、署員にこき使われている。
真下くんも、それを居心地がいいと感じている。事件のために趣味のパソコンを操ったり
同期のキャリア情報網を駆使したり、抑え込まれた情報をこっそり室井さんへ流したり、
ものすごく使えるいい男になったわ。室井さんもちょっと真下くんをうらやましがってる。

ノベライズ版には室井さんの真下評が綴られている。それには、「飄々とした彼の姿に
私は未来を垣間みたような気がした」とある。室井さんの思い描く理想の一つである、
「ノンキャリアを人間扱いするキャリア」そのものなんですね。次世代のキャリア。
だから真下くんは、室井さんにとって意味の大きい後輩になる。青島とは違う部分で、
室井さんの思い描く、夢の具体像を内包している人なんだろう。真下くんができるんだ、
無理な夢じゃない、と思えば、がんばれるもの。室井さんが、耐えに耐え抜いて理想に
燃えるキャリアなら、真下くんは、現場になじんじゃったキャリアといえるでしょう。
出世もういいや、と思っちゃう出会いを就職したてにもったのが大きいのでしょうね。

対照的に室井さんの悲壮でかわいそうで辛い生き方は、見ていてたまらない。ぐわーっと
ひきこまれる。楽な、下を切り捨てる生き方、いくらでもできるのに、それを選ぶわけに
いかないだけの理想を見てしまった…荊の道だね。警備局での室井さんは退屈して、
捜査の現場に戻りたくて苛々しているけど、素直なノンキャリアの部下には恵まれてて
うれしかったなあ。ほんとに捜査一課の刑事たちはひねくれきっておりましたわ。
ことに、室井さんの後任新城管理官(筧利夫)に、掌を返したように仕え尽くす。
新城が筋金入のキャリアで、至上・捜査一課至上主義なものだからなんでしょうが、
あの室井さんへのいじわるはなんだったの?って感じ。よく歴史小説でみかける、
主君の寵愛を、ぽっと出の新人に奪われて逆恨みする側近とそっくりですねえ。


さて、映画について。これから観る人もたくさんいるし、一言だけのべておきます。
緊張して、笑って、泣けて、強ばって、驚いて、悲しくて、笑って、泣いてしまって、
笑って終わるかと思いきや……いえ、ほんとうのラストはね……内緒。もったいない(笑)

ドラマ通りのあの調子で、キャラの心は丹念に描かれつつ、ストーリーは錯綜するし、
映画のスケール感を全開に、相当な数のエキストラ使って、きっちり120分に収めるし…
ドラマにおける、伝説の第10話から第11話ふたたび、といえるんじゃないかしら。

あとこの文を読んでいるような、ネットに馴染んだみなさんにも楽しめる道具立てが
たくさんありますよ。チャットに、メールに、ホームページに、モバイル通信などなど。
ちゃんと機能と特性を理解した脚本と演出で、不自然さがないところが実によろしい。

さらに、ドラマ全編から映画にかけて、ハイパーリンクと称して、あらゆる小道具や
出演者・せりふ一つにまでつながりがあり、楽しくてしょうがないあたりも、変わりなし。

低くもなく高くもない16%前後の視聴率に、スタッフの遊び心が頭もたげてはじまった
遊びだったらしいのだが、もはやシリーズ名物である。映画を観ていても、ストーリーの
じゃまにならないように、映像の端々にこのハイパーリンクが現われる。とくにせりふに
おけるリンクは「お、きたきたっ」と観客大爆笑だった。こういう楽しませ方って、
すごいよね。私は満足。それだけにね、ほんとは一度観たたけじゃ、だめなんだと思う。
ビデオでもそうですけど、一度目ってインパクトあるところが記憶に残るでしょう?
でも、『踊る』はその奧に、もう一段おもしろみが用意されてるから。映画だってあんなに
混んでて入れ替え制になってなければ、そのまま続けて二度目を観たかったんです。
だから、もう一回映画館まで行くかもしれない…これって、青島じみた映画だわね。

それから、このシリーズそのものの成り立ちについて述べておきましょう。演出と音響の
関連で考えると、アニメ『エヴァンゲリオン』の系譜だと感じていたんだけど、
『秋SP』、『THE MOVIE』と、立て続けに新手法をぶちこんできていて興味深い。

さらに警察ものとしては、アニメ『機動警察パトレイバー』の系譜が読みとれる。
ただ、80年代を通じて製作された『パトレイバー』は、警察組織内に治外法権じみた
「特車二課レイバー部隊」を設け、ロボットもののテイストを持ち込むことで、
サラリーマン警察における、捜査現場の活躍と苦衷を、逆接的に描こうとしている。
しかし、『踊る』はそれから10年以上経っても、なんにも変わってない、組織の論理に
がんじがらめになっている警察の人々を、描いていった。それも古典的な刑事ものの
セオリーを全部踏まずに、実在の警察のリアリティを追及しているらしいんだけど、
それでいて、ストーリーとしておもしろいのだから、とても素晴しいのだと思う。

このあいだ『七曲署』シリーズの映画版をTVでやってましたけど、だめね。懷かしい
映像ではあるけれど、現実感があれほど希薄だとは思わなかった。所轄は殺人事件の
捜査仕切れないわよ、なんで本庁来てないの? 捜査会議って所轄の刑事課の係長以下
6、7人でやれるわけないんじゃないの? 係長の舘さんにゃ指揮権ないでしょ、
何も決められないでしょう? あと取調べで被疑者に手をあげちゃだめなんだよ。
拳銃の常時携帯なんてできないよ。そんなに撃っていいわけ? 始末書の嵐で面倒よ。
つっこみいれずにはおれませんでしたわ。現実を知らなかった昔には戻れません。

『踊る』は旧来の刑事ドラマの様式美を踏まえつつも過去の幻想にしてしまった。
『踊る』はかなり強烈に現実の警察をコメディパロにしていることは事実ですが、
その基盤にあるのが紛れもない現実の官僚社会だと、今や誰でもわかること。
『踊る』が徹底して笑えていながら、通奏低音としてひたぶる悲しみが漂うのは、
誰もが感じる組織の論理への無力感と、それでも下っ端にしかできないやりかたで
抵抗する英雄への憧れを、そこかしこに見い出せるからじゃないんでしょうかね。

そして映画やドラマを観ている一時だけは、誰だって青島になれる。室井になれる。
それは、幼いころからちっとも変わらない、物語の世界の再構築じゃないのだろうか。

現実が厳しければ厳しいほど、夢は必要なのだ。今は組織に属する誰もが窒息しそうで、
酸素のような夢を必要としている。『踊る』はそこにぴたりとはまる。『踊る』恐るべし。