2000.07.2. 『新編 懐古的洋食事情』
(市川ジュン/1〜3巻/集英社/漫画文庫)


明治、私たちが当たり前に食べている食べ物が、はじめて日本で知られはじめたころ。
大正、ちょっと贅沢品かもしれないけど、なじみある食べ物に、洋食がなったころ。
昭和前期、戦時色濃厚なさなか、それでも洋食に憧れる気持ちは衰えなかったころ。

こんなふうにくくるのは乱暴かもしれないけれど、文庫化に際し年代順に再編された
『懐古的洋食事情』を読んでいると、時代ごとの色合いというものを強く感じます。

そうでしょう、と思える描写がいくつもあります。たとえば、赤いトマトをはじめて
見た人たちは食べ物とは思えずに、呆然としたでしょう。アスパラガスやレタスを
日本で栽培するようになった時、農家でそれはたいへんな試行錯誤があったでしょう。
それは洋装をするようになったり、髪の結い方が西洋風になっていくのと同じことで
一つ一つが戸惑いであったり、嫌悪であったり恐れであったり、それの裏返しとして
憧れであったりするのです。新しいもの、美味しいもの、素敵なもの、見事なもの、
それが食卓に並び、お客さまが食するとき、生産者も調理人もホスト側も、なんだか
ウキウキとする。それは今、漫然と労せずしてコンビニで手に入る、スパゲッティや
コロッケやなんやかやとは全く違う。そうした一瞬一瞬を切り取ってオムニバス形式で
描いていった、市川さんの優しい目線がとても楽しい。そして、楽しいだけではなくて
暮らしぶりや人の生き方、そんな部分にまで、きっちり書き込んでいっているだけに、
ときにはシビアで悲しい面もある。だが、人の生命力を信じている作品でもあります。
だから、底に深みを漂わせつつも、軽やかでしなやかな作品集になっているのです。

読んでいて思ったのは、そういう深みと軽やかさを持った人々を描いていくという点で
よく似ているのが川原泉さんではないかということかな。とくに彼女の初期作品である
『カレーの王子様』『銀のロマンティック…わはは』(白泉社/花とゆめコミックス)
などと同じ種類の目線を感じます。舞台も違う、時代も違う、こだわる部分も違う。
画風も違う。ただ食生活と乙女たちという素材が重なっているだけかな。話の展開も、
川原さんが笑わせておいて泣かせるなら、市川さんは泣かせておいてほがらかだし。
けれど、お二人とも食を通じて人生の苦痛も哀しさも孤独も抱え込み、心で泣きながら
それでも昂然と顔を挙げて微笑む、しなやかで真摯な人間たちを描いているのです。
そんな人たちは孤独です。そして彼ら彼女らを理解することができる人間を一対として
描く時にこそ、お二人のまなざしは、最も近似した地点にたたずんでいる気がします。

読むとすごくお腹が空き、懐かしく美味しいメニューを食べたくなるので、要注意。

『湾岸シティ・コネクション』