| 2010年 | 10月 | 北九州、下関 | JIA大会 |
| 8月 | ハワイ | 家族旅行 | |
| 7月 | 札幌、函館 | 支部長OB会 | |
| 7月 | 岡山、高知 | 国宝めぐり | |
| 6月 | 韓国(釜山、キョンジュ、ソウル) | 建築協会旅行 | |
| 3月 | 石垣島 | 支部長会議 | |
| 2009年 | 11月 | 富山、高岡 | 支部長会議 |
| 11月 | 豊橋 | JIA東海大会 | |
| 11月 | 鶴岡、十和田、青森、仙台 | 国宝めぐり | |
| 10月 | 京都 | JIA大会 | |
| 8月 | 金沢、小浜 | 国宝めぐり | |
| 7月 | 福岡、佐賀、長崎 | 支部長会議、国宝めぐり | |
| 5月 | 京都 | 建築セミナー | |
| 5月 | 熊本、大分、佐賀 | 国宝めぐり | |
| 4月 | 萩、広島 | 支部長会議、国宝めぐり | |
| 1月 | 川奈、いわき | 支部長会議、国宝めぐり | |
| 2008年 | 12月 | 金沢 | 建築セミナー |
| 10月 | 仙台 | JIA大会 | |
| 8月 | 和歌山・徳島・岡山・兵庫 | 支部長会議、国宝めぐり | |
| 7月 | 出雲 | 出雲大社特別参観、国宝めぐり | |
| 7月 | トリノ・チンクエテッレ・ローザンヌ | UIA大会 | |
| 3月 | ドイツ(ミュンヘン、ケルン、ヘクスター) | 木材、外断熱見学 | |
| 2007年 | 11月 | 長野・浪合村 | 建築セミナー |
| 9月 | ベネルクス3国 | 旅の大学 | |
| 8月 | 長野・鹿教湯 | 家族旅行、国宝めぐり | |
| 7月 | 仙台、酒田 | 国宝めぐり、建物見学 | |
| 5月 | 長浜 | 建築セミナー、国宝めぐり | |
| 2006年 | 12月 | 高岡、金沢 | サッシ検査、国宝めぐり |
| 11月 | 裾野・御殿場・箱根 | JIA研修旅行 | |
| 11月 | 奈良 | JIA大会 | |
| 10月 | トリノ・ベネチア・フィレンツェ・シエナ | あいけん、姉妹都市 | |
| 9月 | スペイン・ポルトガル | 旅の大学 | |
| 2005年 | 11月 | 金沢 | JIA研修旅行 |
| 8月 | 北海道(富良野、稚内、礼文、利尻) | 家族旅行 | |
| 7月 | イスタンブール、アンカラ、カッパドキア | UIA大会 | |
| 1月 | 台北 |
ウィーン 2004年 4月
シアトル 2002年 8月
スウェーデン(ロナビー会) 2002年 5月
シンガポール 2001年11月
スイス、フランス(コルビジェツアー) 2000年11月
四国(JIA大会) 2000年10月
ケアンズ(家族) 2000年 8月
大阪(商工会議所) 2000年 7月
網走(若鯱会) 2000年 2月
鎌倉(JIA) 1999年10月
福岡(若鯱会) 1999年11月
北京(JIA) 1999年 6月
淡路島(建築協会) 1998年12月
イタリア(若鯱会) 1998年11月
| シアトル 住宅見学 |
| 8月17日(土) |
| 朝1時間間違えて、名古屋駅へ。待合室でコーヒー。順調に成田着、空港で昼食、中華定食。通路側席確保で一安心、段取り悪く遅い機内食だが、ケーキを食べなかったのが正解なのか、気分悪くならずに、無事シアトル到着。スムーズな手続きで、入国。外で待つこと5分で、市川登場、少し太ったかな?お互い様、髪も白くなっている。ホテルへよりチェックイン、土産を渡し、市内見学へ。まずはダウンタウンの反対側のビーチサイドの住宅見学、高台から湾越しのシアトルダウンタウンを見る。セーフコフィールドの脇を北進、北の高台からダウンタウンを望む。さらに北の住宅地を見学し、鮭の登る水門を見に行く、水面高さが違う海と湖の間の閘門を見学、開閉橋も見る。対岸にわたってシーフードレストランで昼食。ワシントン大学の中を通って郊外の滝スノークォルミーの滝を見に行く。ツインピークスによって有名になったとのこと、帰りにベルビューのショッピングセンターのマリナーズショップで買い物。さらにアンガス何とかでTボーンステーキで夕食、ホテル帰着は9時。 |
| 8月18日(日) |
| 8時ホテルロビー集合、朝食は抜き。ルート90,2で東ワシントン州に向かう。最初はアメリカの郊外、そして山地、自然林の中山越え、レーベンワースドイツ村到着。花一杯の町散策、買い物、お茶、ガソリン給油。開拓村見学後、ウェナッチで昼食。ベーコンオムレツとパンケーキ。食後さらに北東へ。ダム湖脇をドライブ、山を登ると、延々と続く小麦畑の高原地帯、突然の元川の峡谷、ナイアガラより大きかった滝のあとドライフォール。さらに北へニューディールで造ったグランドクーリーダムを見に行く、途中はグランドキャニオンまではいかないが、峡谷地帯、戻って、ソープ湖へ。さらに南下、潅漑によって牧草地や畑地に変わった乾燥地の農場の中を通って、ダム湖のほとりの大農場、ダム湖と峡谷、風化木の化石を見る。ルート90を一路シアトルへ戻る150マイル。遅くなったのでベルビュー入り口の中華飯店で夕食。またも量の爆弾。ホテルまで送ってもらって市川にお礼を言って分かれる。アメリカのいろんな景色の凝縮版を体験できるルート設定であった。 |
| 8月19日(月) |
| 朝の散歩でマーケットを通って海まで行く。坂の多い町を体験。朝食抜き。朝8時半集合、バスでセミナーツアーに出発。まずベルビューで新築中の建て売り住宅を見学。広さ、ランドスケープの巧みさ、仕事の雑さに感心。工場製品と現場加工部材の精度の差歴然、ただしペンキやはうまい。それにしても1億は高い。ものよりソフトに金を払う?マイクロソフトのキャンパスを見てイーサンアレンの家具ショールームへ。吉川みどりさんの現地事情の説明。インテリアデザイナーはカウンセラーであり、奥様のプライドづくりの手伝い。コストでフィーを。テイストオブトーキョーで昼食。弁当の割には、段取り悪し。午後は、デザインセンター、ミニ商談会。めぼしいものなし。わがまま言って途中で抜け、ダウンタウンにショッピングに。朝なにもやっていなかったマーケットを見て、味の妨で夕食。日本人スタッフのいない和食レストラン、甘いうどんとネタはいいがしまりのないシャリの寿司。歩いてホテルに帰る。 |
| 8月20日(火) |
| 朝、6時20分から散歩、公園を向けてコンファレンスセンターへ。はがきを出しにいくがポスト見つからず。8時15分集合でポートランドへ。途中オリンピアで建築家の自宅を見る。ライト風、人感センサー付きのスプリンクラーが面白い。昼食は手配間違いでポートランドに着いてから、うなぎ定食、やはり今一。ストリートオブドリームスを見に行く。新築の豪邸をお金を取ってみせる、人の好奇心につけ込むおもしろい商売だが、人にさんざん見られた豪邸を買う人がいるのか?6邸とも昨日のベルビューの建て売りに比べてできもいい。しかし程度はしれている。インテリアと造園はさすが。レセプションのため、ポートランド市内へ、。空き時間を利用して地元建築家の案内でマイケルグレイブスの市庁舎、ハルプリンの噴水広場を2つ見学。以外と小さいが出来がよく感激。ケビンローチは別の場所?ジェトロの羽鳥さんと今回ツアーについて今後のヒントを話す。ホームセンター、住宅地見学など。バスでシアトルへ帰る途中、大型トレーラーの中を見せてもらう。帰って10時、食事ができず、ホテルでピザを食べて部屋へ帰る。 |
| 8月21日(水) |
| 6時起床、ツーリストインフォーメーションにはがき投函。その足でユニバーシティ通りの美術館を見に行く。ベンチューリらしい建物、廻りの建物にもデザイン的影響あり。ニューヨークデコ?散歩から帰って荷物の整理、結局朝食とれずj。チェックアウトはゼロ。シャトルバスで空港へ。不思議なチェックイン法、出国審査なし。ノースサテライトにわずかにあったドゥーティフリーで土産購入。定番、酒、たばこ、チョコレート。帰りの飛行機は居眠りと読書。東京駅で回転寿司を食べて、帰名。 |
| 四国(JIA大会) 2000 |
| 10月20日(金) |
| 19日夕方、名古屋を出て、アサイのBMWで神戸へ。新神戸駅前のホテルへ、7時過ぎ無事到着。六甲山へ夜景を見に行き、帰って、オーパのキリンレストランで食事。500g980円のステーキ他1品とビール。夜の早い浅井にあわせて就寝。朝新神戸駅喫茶で朝食、開店より早かったので、布引の滝を見に散歩。 7時40分ぐらいに出発、山陽道、島なみ街道経由で四国へ。雨。因島のPAで昼食。なかなかいい風景。もう一度ゆっくり来たいところ。奥道後、松山経由で内子へ、市内でもたつき、ぎりぎり到着。高速のSAでガソリンを入れようとしたため、裏目に出てガソリンもぎりぎり。 |
| 10月21日(土) |
| 朝起きたら夜中に仙台の賛助会の田中さんが寝ていた。前夜、東北の人たちと松山に飲みに行き、最終の特急で内子帰りのはずが、寝過ごし、八幡浜へ。そこからタクシーで戻ってきたそうだ。酸化しない水(津の赤塚さんという人の発明)の話をひとしきり、一種の宗教。朝食後、歩いて道の駅からりを見学。屋根に植物がのった、なかなかの建物、ガラス張りの便所廻りはやややりすぎ。その後ワークセッション、内子ウォッチングに参加。終了と同時に出発、大洲市内に入って、昼食、臥龍山荘を見る。贅沢なつくり、すばらしい、浩志君のおじいさん?はすばらしい。次は県立歴史博物館のある宇和町へ。豪快な構造、金がかかってるー。宇和島城見学。なかなかの山城。宇和海を見ながらドライブ、中村へ向かう。サンルートにチェックイン。駅に向かって歩いたが、食べ物屋見つからず、お好み焼きやで夕食。浅井のわがままぼやきにおいしいもの食べる意欲減少。 |
| 10月22日(日) |
| 朝1時間不破八幡をはじめ、近所を散歩。朝食のレストランで車戸さん、藤井さんとばったり。車戸さんが1日同行することとなる。まず四万十屋へ向かって、おみやげを買う。海岸線を高知へ、途中で漁港が見えるところで、朝のコーヒー。もう予定が狂い始める。横倉山、桜座はあきらめ、桂浜へ向かう。これも予定にない。桂浜で、昼食、車戸さんのおごり。竜馬像、記念館を見て、牧野富太郎記念館へ。ここでアンパンマンはあきらめる。牧野記念館はなかなかの出来、内藤さんは1作ごとにうまくなっていることを実感。続いて、土柱へ向かう、高知道はトンネルの連続。土柱のしょぼさは予想通り。車戸さん希望の脇町の町屋見学。鳴門市民会館あきらめ。6時半、洲本着、バスターミナルを探し、車戸さんをおろす。すぐエクシブへ、洋食の夕食。 |
| 10月23日(月) |
|
エクシブでゆっくり朝食後、福良港へ。渦潮鑑賞、咸臨丸で、2000円。時間が少し遅く潮の落差1mぐらい渦がほとんど発生せず。高田屋嘉兵衛記念館をあきらめ、泉佐野行きフェリー乗り場へ直行。12時5分発、雨で関空がうっすら見える程度。阪和、名阪を通って、4時半無事帰着。 |
| ケアンズ(家族) 2000 |
| 8月24日(木) |
| 昨夕名古屋を発って8時間?朝、ケアンズ到着、休憩後、OG生活体験ツアーへ。ウールワースの入ったショッピングセンターで昼食時用の買い物と、ミニロト。ボールダー国立公園でバーベキュー、散策。途中バナナ園立ちより。帰りには、クロコダイルファームを見学後、大京の開発しているフォレストガーデンという住宅地のモデルハウス見学。ゴルフ場開発で失敗、住宅地で成功。ケアンズへ戻って、OKショップで解散。ラフティング組を待って夕食、イタリアン、夕食後ナイトマーケットへ。1日目終了。 |
| 8月25日(金) |
| 朝食バイキング後、キュランダへ、高原鉄道だが、14両目日本人専用車で今一。有名アイスクリーム店でのソフトは丸。帰りのスカイレールはよかった。動物園で鳥、カンガルー、真野あずさを見てケアンズへ戻る。DFSへ送り込まれるが、すぐとなりのウールワースへ。おみやげ、ネクタイなどを購入。ダンディーズで夕食、あと、水着を求めて再びナイトマーケットへ。手前の店でゲット15ドル。 |
| 8月26日(土) |
| 朝食バイキング後、グリーン島へ。約1時間でグリーン島到着、グラスボートの時間まで浜遊び。しかし、遅れて、30分遅れでグラスボートへ。確かに珊瑚礁の海はきれいだが、近くに見えるパラセールが気になる。下船後昼食、シュノーケリング。帰ってきてシャワー、買い物セントラルへ。夜はカモメで和食。 |
| 8月27日(日) |
| 6時半出発でゴルフ。ピアマーケット内、イタリアレストランで昼食、昼寝。夕食はホテルで、シーフードバイキング、今一。案の定、ホテルの部屋の予約でトラブル |
| 8月28日(月) |
|
朝食をピアマーケットのカフェで取り、散歩。9時出発でDFSにより、空港へ。ソフトクリームと殻付きマカダミアナッツでASドルを全部使って、出国。6時半帰国。 |
| 大阪(商工会議所) 2000 |
| 7月18日 |
| 商工会議所建設業部会主催淡路花博見学会参加。新幹線グリーン車で新神戸駅へ。帝産観光バスで、花博会場へ。11時過ぎ、まず、会場内レストランで昼食。滝藤建設小林社長と、会場内を通り抜け、安藤作品を見に行く。植物園、飲食ビル、百段苑、ホテル、空の教会。ホテル喫茶でビールで一服。国際会議場をのぞいて、集合場所へ戻る。明石海峡大橋を通り、復興なって活気のある神戸の町を見ながら湾岸線で大阪へ。舞島のフンデルバッサーのゴミ焼却場、桜島のユニーバーサルスタジオの現場を見ながら、南港のハイアットリージェンシーへ。19階のツインをシングルユース、かなり贅沢。4時の到着、6時半の夕食まで自由行動。ATCを通って、新名所、14日に開館したばかりの海に浮く、ガラスのバブルなにわの海の時空館を見学。シャワーを浴びてから、WTC47階の中華料理屋で、夕食、かなり飲む。 |
| 7月19日(水) |
| 朝食のバイキングはやや貧弱。朝一番でユニバーサルスタジオ第2工区を見学。鹿島中心のJV。かなり大規模な現場、建物は全て鉄骨造のはりぼて、FRPの化粧ピースや、モルタルで形を作り、エイジング塗装で仕上げ。今日もかなり歩く。地盤の沈下は、10年で60cm予定、べた基礎で、建物ごと沈む予定。次に大阪城へ高速で向かう。場内の茶店で昼食、食後に天守に登る、広い、絶景。台湾からの修学旅行あり、昨日の花博も台湾の観光客を多数見かける。次は、NHKと博物館のコンプレックスをつくっている大林中心のJVの現場へ、隣では、府庁の大工事も進行中。スタジオの浮き床、いれこ構造、遺跡の保存法の説明を聞いて現場内見学へ。大阪、神戸は活気があるの印象強し、新大阪で、豚まんを買って帰りの新幹線に乗る。 |
| 網走(若鯱会) 2000 |
| 2月26日(土) |
| 今日は3月2日、このところバタバタして書く暇なし。さかのぼって記載。 若鯱会3Gの一泊研修の日。名古屋空港10時半集合のため、事務所で雑用。空港への足確保の電話を渡部さんに。深井さんの車に便乗。16人で出発。名古屋上空で名古屋螺子が見える。しばらく雲が続き、新潟近くで上越の山が見える、白一色。東北、北海道は雲。女満別着陸時は雪がちらつく。インターネット情報によると昨日まで、網走積雪0。今朝は雪、最高気温ー4度の予定。素朴な感じのガイドさんに迎えられ貸し切りのバスに。 次第に晴れはじめた中、車は「感動の径」を通って、海岸へ。「感動の径」は数年前から観光コースになった由。地元の人は、北海道ならどこにでもある風景で、珍しいとも思っていなかったが、美瑛の花畑が有名になってみると、もっと緩やかな傾斜の中、雄大に広がる花畑が地元にもあることに気づき、観光コースにしたという。今は一面の雪野原、どこまでも続く雪原、動物の足跡も少ない。海岸の国道に出たところが藻琴駅。典型的田舎の駅、無人駅だが喫茶店があり、駅員代行。隣の北浜駅は網走番外地のロケ地。そこで、バスを留め、北の駅、流氷の見物。風がないので、以外と寒くない、厚着、防寒対策をしているので体感温度としては名古屋と変わらない。車の通ったあとは滑りやすいが、歩道はサクサクいって滑らない。雪玉もほとんど作れない。さらに進んで、夏は小清水原生花園になる、濤沸川河口近くの白鳥公園を見る。 続いて、今日の目玉、流氷観光の砕氷観光船「オーロラ」号の待つ網走港へ。一面流氷に埋め尽くされた海へ出る。大鷲をはじめ、鳥が多い。雲が切れ知床の山々もよく見える。快適。船首に行くとさすがに寒い。氷に当たる音が聞こえるが、氷が薄く、寄り集まっているのをかき分けて行くだけだから、音は大したことはない。1時間のクルーズ。なぜか感動。港に帰る頃は、夕焼けが始まり、山に当たる光がよくなる。あと20分あとならと悔やまれる。贅沢か、晴れ無風だけで良しとすべき。下船するとターミナル内は、サンセットクルーズに乗ろうとする人で超満員、通るところもないぐらい。あとで解ったことだが、多すぎる人数は摩周湖で朝起きた事故の影響で、到着が遅れた人々であった。 あとは、ホテルに入って、宴会、宴会。網走市内の温度表示はー7度くらい?(場所によって4度くらい違う)網走駅、網走刑務所を通って、ホテルへ向かう。途中網走湖に沈みゆく夕日を堪能、唐松や白樺の樹型がシルエットできれいに見える。グランドホテル到着、早速温泉へ。塩分のあるあっさりした湯、氷点下の露天風呂にも入る。食事は焼き蟹、茶碗蒸し、蟹しゃぶなど蟹づくし。蟹しゃぶ以外はいまいち。いつものカラオケ仮装宴会。終了時明日の予定、摩周湖コースの変更を告げられる。出発時間の早さなどで二の足を踏んでいたところに、弟子屈方面通行止めの報。これ幸いに変更、疑問に思った同室の石原さんが確認すれば、通行止めは夕方に解除との由、まあいいか。明日は天気がいいから摩周湖が見えるのに。二次会カラオケ大会はさぼって再び風呂へ。明朝写真撮影に出かけるという石原さんにつきあって早めの就寝、いびきの合唱。 |
| 2月27日(日) |
|
朝5時15分おき。石原さんチャーターのタクシーに便乗して、写真撮影の付き添い。検討の結果、お金はかかるが能取(ノトロ)岬の日の出にチャレンジ。途中の網走湖、ワカサギ釣りのテントにつけた明かりがぼんぼりのようで風情がある。霧氷の撮影ポイント確認後、途中不安にかられながら、岬へ到着。ちょうど日の出の時間、灯台のある荒涼とした風景の中、知床連山に登る日の出の写真撮影。音がない。サクサクと自分の歩く音のみ、立ち止まれば、再び無音。石原さんと別れて勝手に歩き回る。灯台の下の海は全面流氷に埋め尽くされている。氷点下15度以下。耳がちぎれるぐらい寒いが、気分は爽快。写真撮影の先客が約20人、結構いるのにびっくり。キャンピングカーで寝泊まりの人もいる。アザラシ群生地とあるが姿は見えなかった。 |
| 鎌倉 JIA大会 1999 |
| 11月11日 |
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11月11日よりJIA大会1999鎌倉が開催されました。 11日朝、いつものように自由席券を手に名古屋駅へ。朝の「ひかり」はほとんど新横浜とまりになったにもかかわらず、凄い混みよう。少し景気は回復傾向か?仕方なく、始発のこだまに乗る。雑誌を読みながら、うつらうつらしながらの旅。富士山がきれいにみえる。雪は少ない。いつものことだが、富士山がみえると得をした以上の気分になる。 列車は順調に進むものの、静岡をすぎると、新富士、三島と追い越されるための長い停車時間が続く。新横浜に着く時間を10分ぐらい過ぎた頃、小田原に着き東海道線に乗り換え。湘南電車の窓の外は意外にのどか。鴨宮までは小田原のまち、二宮、国府津、大磯と田園地帯や山地が続いて、東京から小田原までは町や工場が続いているという先入観がづれる。突然大きな街が出現。平塚である。ベルマーレの街として頭の中にあるが、位置不明。藤沢をすぎ横須賀線に乗り換える大船に到着。列車アナウンスは17分発の横須賀行きありとのことだが、跨線橋を渡ると列車が待っており飛び乗る。一服して廻りを見渡すと何かが変。吊り広告の代わりに子供たちが描いた絵が展示。周りの人がやたらビデオやカメラを持っている。現れた車掌の格好が何かレトロな感じ。JR東日本が制服を変えたのかと不思議に思っているうちに発車。ホームの端にさしかかるとカメラを構えた人ばかりかテレビクルーまでいる。沿線も手を振る人、カメラを構える人でいっぱい。何かが変。車内放送が始まり、やっと了解。横須賀線開業111年祝い平成11年11月11日11時11分発車の記念列車に偶然飛び乗ったのであった。1駅のって目的地北鎌倉で下車。改めて列車を見るが普通の少し古い列車後ろに記念プレートをつけているだけであった。 |
| 11月12日 |
| 2日目、少し頭が痛い。寝不足?二日酔い?朝食バイキングの後役員会。支部1時間愛知30分のつもりが愛知10分に。役員会後はホテル内行事をキャンセル、鎌倉散策に。奥さんとデートの後藤さんをおいて小田さんと出かける。七里ヶ浜の駅で水野さん合流。鎌倉市役所のホームぺージで調べた緑の散策コースを駆け足で。鎌倉西口スタート、五山の1つ寿福寺、海蔵寺、七切り通しの1つ化粧坂、源氏山を抜けて銭洗い弁天へ。切り通しと言うから、トンネルか深い切り込みか通りやすいところと思ったのは大間違い。山に無理矢理道を造っただけのところ。朝方降った雨で滑りやすくなっており登るのに四苦八苦。反対側から弁天さんに行けばよかったと後悔。しかし、源氏山からはかなりの下り坂、弁天さんを過ぎてからも延々と続いたのを見て大正解と納得。銭洗い弁天はかなり以前に来たときの印象で、トンネルをくぐって境内に入ったという記憶通りのロケーション。修学旅行客やおばさま観光客でいっぱい。大会前の2008年UIA誘致のビラ配りのためホテルへ急いで戻る。食事をし、ビラ配り、土産を買い、大会までの1時間の休憩で部屋に戻る。疲れ?風邪?のため体調不良。2時間の睡眠。基調講演を聴くつもりで下へ降りる。JIA神奈川事務局の吉武さんに出会い、参加費を請求され休憩室で支払い。そこへ、後藤さんがデートからご帰還、お茶を飲んで休憩。基調講演が終わり、休憩時間になり、飯尾さん現れる。大会参加のタイミングを逃し、部屋に戻って休憩。また2時間寝る。起きたところでテレビを見る。またびっくり。うちのマンションが写っている。高井さんお宅家宅捜索。 少し元気が出たのでレセプションに出席。旧交を温める。レセプション後、明日のエクスカーションのためにやっと到着した光崎さん、広島の垂井さんを誘って、谷口夫妻、谷村夫妻、小田さんとサーファーの集まりそうなバーで二次会。人の使い方、使用期間、給料の設定など、垂井さんの所員の扱い方に関心。 |
| 11月13日 |
| 3日目6時半起床。昨日よりは気分がよい。海岸に散歩に出る。富士山が絵のように美しい。朝食の後エクスカーションに出発。光崎さん、小田さん、飯尾ご夫妻、山城ご夫妻、倉森ご夫妻などとご一緒。江ノ電で吉屋信子記念館へ。北に山を背負った大きなお屋敷。随所に五十八流。玄関の敷き瓦、玄関ホール、モダンな居間。目地底が銀色に着色。団体行動のため、時間が理、近所をふらつく。JRで大磯吉田茂邸に向かう。土曜日で人出が多い。大磯駅からバスで吉田邸へ。国道沿いに大邸宅。海と富士がみえる1万坪の屋敷。目に付いたのはアルミの簾ぐらい?次は熱海岩波邸へ。 駅を降りて歩くこと15分海岸近くまで降りたところに岩波邸はあった。こじんまりとした玄関、ゆったりとした風呂、廊下の敷き瓦、付け書院の位置の書斎、全部が引き込みになる建具(雨戸、網戸、ガラス戸、障子)、天井棹縁と目透かしの作るパターン、障子桟の面取り、入り口枠の八掛け納まり、額縁、落とし掛けの塗り回しなど、随所に五十八流。いづれも、いい材料、いい手による芸術品の様、筋の通っていないものはない。目の保養になった。飯尾ご夫妻を坂の上の国道まで送って分かれる。 少し疲れたが、いい経験ができました。 |
| 福岡 若鯱会異業種交流の旅 |
| 若鯱会事業委員会企画による”愛知の未来を考える”異業種交流研修旅行で、地方都市の中で一番元気があると思われる九州博多の地を訪れました。 福岡空港到着後、最初の目的地天神テルラへ移動。天神テルラは、博多名物辛子明太子のメーカーであり、西日本最大の食用油問屋である且R口油屋福太郎が作った、4つのレストランと店舗、ホール、ギャラリーのはいった7階建てビルで、すべてを自社運営。後発明太子メーカーとしての苦労、皇室献上品となったいきさつ、ご主人の夢の話、「事業成功のためには、パートナーとなる奥さんを『感謝の言葉と誉め言葉』で、お金をかけずに、いい御寮さんに育てねばならない」という事業成功の秘密などを聞く。原料資源保護からも、 数量限定の生産。いっさい広告をせず、口コミのみで販売。しかし、限界は目に見えており、和え物、ラーメンなど新製品を開発して売り上げを伸ばしている。また、従来の客筋を優先するため、三越からの出店のオファーにも応じなかった。などなど。 交流会では、 名古屋人と博多人の気質に話が及び、博多っ子気質は、博多山笠に見られるように、先を考えない、向こう見ず、打算がなく、開けっぴろげ。料理でもおいしいところは、人に勧める前に自分で食べてしまう。しかし、事業の成功者はほとんどよそ者、そのよそ者を受け入れてしまう土壌がある。一方名古屋は、よく言えば、長い歴史の中、慎重、堅実、地道に築き上げていく印象、外からの資本を受け付けない。 翌朝、急に冷え込んだ博多の街へ。徒歩でキャナルシティに向かう。活気ある博多の街づくりの代表作、一民間企業の7万坪にわたる再開発地を見学。昼食後、郊外のトリアス久山組と、エルガーラ、リバレイン、アクロスなど見学の市内組に分かれて行動。官に頼る名古屋と違い、民の力に官を巻き込む博多のパワーに感心させられる。(若鯱プレス記事より) |
| 淡路島見学記 日本建築協会 1999 |
| 12月5日(土) |
| 恒例、福田泰造presents1泊研修ツアーの始まり。あいにくの雨、集合場所には別の観光バス、予定外の工事渋滞、ルート変更で裏目にはまる。前途多難。しかし、ものは考え様で、変更ルートの阪神高速神戸線は、阪神大震災で倒壊復旧したルートで、被災地がのぞけるガラス防音壁仕様。翌日訪ねた野島断層保存館まわりとあわせて「阪神大震災その後」を訪ねる旅ともなった。神戸製鋼本社工場跡地などに進む巨大規模の再開発と、まわりのプレハブ住宅や空地との落差。しかし、この建築不況の中でも沢山建ってるクレーンは羨ましい。 90分遅れて明石海峡大橋が姿を見せる。すぐそこにみえる対岸へ数分で渡ってしまうと、何で今まで橋がなかったのかと思ってしまう。しかし、デカい。工事中の巨大な安藤プロジェクトを見て、下りサービスエリアに到着。 最近流行のすべての施設を巨大な一枚の曲面の屋根の下に取込む力技、高速道路のスケール感、景観にマッチしている。駐車場から中が丸見えの男子トイレ、一般客がたまるホールや食堂がせまさなど、難点はいくつかあるが、車の誘導、建物構成、大庇、スケール感すべてに設計者のセンスの良さがみえ、気持ちのいい建物に仕上がっている。ホールや食堂の狭さは、上下線で共通しており、発注者の規模設定が明石海峡大橋の珍しさに立ち寄る観光客の数を読み間違えたか。ハイシーズンは大混乱したのだろうなあと思いながら、次の水御堂へ。 高速道路の下に、水御堂の水盤状の蓮池が姿を見せる。いったん海まで降りて、再び山へ。このあたりから、バスの運転手がすご腕を見せ始める。水御堂へ上る坂はせまく、曲がりくねりありで大変、あがってみれば大型車駐車場もある。世界の安藤が作った大震災にもびくともしなかった珍しい形のお寺は、世界の観光地になり始めている。 先頭を歩く添乗の服部さんに続いてアプローチの壁をまわって池に出る。服部さんびっくり、池しかない、事前の知識の少ない一般人の典型的反応、安藤さんのほほえむ姿が浮かぶ。いつもの安藤ワールド、何回見ても感心。住職夫人?の説明も手慣れたものだが、ご本尊の背中から後光が差す話には、元ネタになった国宝浄土寺浄土堂が対岸の小野市にあることは出てこない。昨年念願かなってやっと実物を体験した私としては、参加者の皆さんにも、新しいアイディアに満ちた水御堂と古に床の反射光をうまく利用した浄土堂の対比を同時に見ていただければとおもった。一見の価値あり。瓦煎餅をいただいて、次の見学地兼宿泊地TOTOセミナーハウスへ。 安藤さんの建物を見るのはいくつ目になるのか、神戸、姫路、京都、直島、トマム、名古屋‥‥。しかし、泊まるのは初めて。バスを降りて歩くこと5分、坂道を上り詰めたところに打放しの平屋の建物、8階の入り口である。巨大な木製自動ドアを開けて入口ロビーへ。天井高を押さえたロビーは、下階のラウンジ、さらにその先の海へと視線を誘う。ラウンジを通って、2,3階の宿泊室に通じるEVへ屋外ブリッジを歩を進める。荷をほどいて、各自館内見学、新製品研修のあとダイニングルームで夕食。外に出ると遠くに関空の明かりが見える。建物の印象?いつもの安藤さんでしょう、このごろはあまり感動しないが、安定したレベルを感じる。同室の方にいびきで迷惑をかけ、就寝。 紙数もつき、2日目は省略。いつも盛りだくさんで楽しい研修ツアーをありがとうございました。 明くる朝バスで海沿いの街道まで出て振り返ってみた姿は、意外に大きく見えた。 |
| 12月6日(日) |
| 二日目の朝、海の向こう、関空の上の雲の上に朝日が昇る。朝食後、大塚国際美術館へ向かう。琵琶湖ホテルまがいの大塚グループ迎賓館の前の山の地下に巨大な美術館が埋まっている。すべてが大型陶板で作られている技術力を誇示したいのはわからないではないが、あまりに商売気がありすぎる。入場料3000円は高い、リピーターはあるのか?ゆっくり見るには時間がない。続いて野島断層記念館へむかう。震災の生み出した大観光地、兵庫県の企業庁は商売上手、次々から次へ観光バスが到着、オープンしたばかりとはいうもののすごい人、人。最後の見学地淡路上りサービスエリアへ、論評せず。後は山陽道経由で名古屋へ帰るばかり。遅い紅葉を見ながらの楽しい2日間。福田さん、いつも盛りだくさん楽しい研修ツアーをありがとうございました。 |
| 若鯱会イタリア研修旅行 |
| ・もう一度行ってみたいところがたくさん残った有意義な旅 ・時間がなく、見残したところが多くもう一度行ってみたいところ ミュンヘン 時間がなく町の一部を見ただけ、ドイツ博物館が見たい トリノ 休みだったフィアット博物館 郊外 ・変化を見たくてもう一度行ってみたい リンゴット(トリノ) わがままを言って寄ってもらった リニューアルが進んだ頃もう一度 各地の空港 バッサノ モンテグラッパ社のある小さな町 変わらないことを期待して |
| 11月1日 |
| ルフトハンザの名古屋便日曜発着の第1便にて、9人でイタリアへ。 20年ぶりの海外旅行、ヨーロッパ直行12時間、エコノミーのアルコールサービス、EUとしての入国審査、目新しいことばかり。 フランクフルトでは、トリノへのトランジット待ち2時間、空港内を歩き回る。最初は一人で歩いて、ゴミ箱、消火栓のデザイン、考え方(4分類の分別回収)、掃除用ワゴンの機能的デザインに注目。途中から山田さんとCターミナルまで新交通システムで遠征。乗り物、通路ともに、パスポートコントロールを通過したものとしてないものを見事に区別。区別しながら同じ空間を共有。最初はパスポートコントロールの位置にとまどうものの、我々もパスポートコントロールを通過してEU圏内へ。ドイツに入国するつもりはなく、イタリアへのトランジットがなぜ入国審査を受けるのか疑問あり。よく考えてみたらパスポートの上ではすでにヨーロッパは一つになっていた。当然、トリノについたときは入国審査なし、簡単な税関の質問のみでした。 トリノいき待合室から林さんと散歩に出たら、ターミナルコンコースに出てしまってびっくり。ボディチェック、持ち物検査を受け待合室に戻る。トリノについてまず両替、と思ったら、時間外で窓口は閉まり、自動両替機は札切れ。少ないリラの手持ちでタクシーに分乗、ホテルへ直行。タクシーもベンツにフィアット、さすがヨーロッパ。とばすとばす、シートベルトはしないはで、助手席は大変。無事にホテルに到着、早速みなさん両替、しかし、田舎町のホテルすぐに底をつく。日本人が金持ちなのか、田舎のカード利用者用ホテルなのか?疲れたので、ホテルのレストランで食事、早速おいしいワインを堪能。就寝、この日から寺本さんは私のいびきに悩まされることになる。 |
| 11月2日 |
| 第2日、朝の町に散歩に出る。寒いがすがすがしい、王宮前まで、ポルティコの街、グァリーニによるバロックの街を歩く。朝のお祈りをしているバロックの華サンロレンツォ教会もこっそりのぞく。朝早いのに店のお姉さんやおじさんたちがせっせとガラスを磨く姿には感心。お気楽であまり働かないのではというイタリア人のイメージを払拭。 この後毎日続くバイキング形式の朝食を終え、ロビーに降りるとすでに、フィアット社のお迎えのバスが待機、早速休業日の工場見学へ出発。工場全体のインフォ−メーションの後、エンジン工場とディファレンシャルの組立工場を見学。おばちゃんの従業員が多い。色使いがさすがイタリア。マネージャーの服装もイタリアンファッションでかっこいい。全体にゆったりした明るい雰囲気の工場でした。見学終了後、フィアット社の手配でレストランへ、住宅地の一角で予約客しか受け入れない、旅行中で一番品のいいレストランでした。 食事後は、月曜休館のフィアットの自動車博物館のかわりに、私の希望で入れてもらったリンゴットへ、タクシーで向かう。屋上にテストコースを持つ元自動車工場を、再利用計画のコンペで勝ったレンゾピアノの案をベースに、国際会議場、見本市会場、ホテル、ショッピング街など順次改装をしている建物。フィアット手配の案内の人と待ち合わせ、場所の打ち合わせがしっかりしてなくて玄関前には誰もいない、ガラス張りの斜行エレベーターに乗って中庭から勝手に見学。見学中、美人に声をかけられる。その人が案内を頼まれた人でした。オーディトリアム、屋上など見学、ペントハウスのガラス張りバブル会議室は使用中のために入れず残念。しかし、最後に屋上へリポートに離着陸するヘリコプターも見られて皆満足。 帰りは市電を利用することに。まず路線、乗り場探しから、乗ったらお金を払うところがない、周りの人を見ると誰も払っていない。どうなっているの?降りる駅を間違えたりして、ポルタヌーヴォ駅にやっと到着。明日のミラノ行き切符を購入、怖い目にも遭遇。夕方の街を散策。夜は有志のみピエモンテ料理専門のレストランへ。見慣れないコース料理をリーズナブルな価格で堪能。トリノは少し田舎だが、新旧がうまく混じり合ったなかなかよい街であった。月曜で、博物館は休み、もう一日滞在できればと思いながら、ミラノへ。 |
| 11月3日 |
| 朝早く、急行列車でミラノへ、1等でも座席指定ではない。出入り口廻りにスーツケースをおいた人は次の南駅で置き引きにあいかけ、あらためて治安の悪さを経験。列車の旅はインター特急か?広大に広がるロンバルディア平原を見ながらミラノ中央駅へ。降り立つと人相の悪い連中がうろうろしている。すばらしい建物の中央駅だが、ゆっくり見ることもできずに、タクシーでホテルへ。まだ朝の10時、2時に郊外にあるアルファロメオの博物館に予約が入れてあるということで、とりあえず自由行動。ます全員で、最後の晩餐のあるサンタマリアデッレグラツィエ教会へ、女性の運転手のタクシーで。ガイドブックどうり長蛇の列。1時間ぐらい待って10分の見学。待ち時間中にのぞいた教会内部の方がきれいでかわいらしかった。ミラノ滞在は1日ということで、買い物を言いつけられている私は、建物もたくさんみたいということで、博物館はキャンセルで単独行動、頼りは自分の足である。レオナルドダヴィンチ博物館、ロマネスク建築のサンタンブロージェ教会、ドーモ、ガレリア、スカラ座、スフォルツェスコ城など、大食気味の食事が続くので、昼食抜きで歩き回る。さらに、スピーガ通りのプラダとD&Gへ。地下鉄に乗ろうと思ったら小銭はなく、札の使える自動販売機の廻りには必ず怪しい人影、タクシー乗り場は見つからずホテルまで歩くことに。街の雰囲気は味わえたが、3日分ぐらい歩いて、足は棒に、途中で怪しいスクータに追っかけられるはで、やっぱり単独行動は慎んだ方が良さそう。とにかく日本人をはじめとする観光客が多い、大都市である。エレベータで大理石貼りの屋上に上がったドーモは内部も巨大、華麗、すばらしい教会でした。たっぱの高いガレリアはトリノで見たこじんまりしたアーケードと違って豪快。街の随所で見られたハイセンスのブティク、家具屋のショップデザインは入るのをものおじさせるぐらいすばらしい。夜はタクシーでドーモ脇の有名レストランへ。 タクシーの運転手が途中でわからなくなって、友達にききまくってやっと到着。量の多さに違和感を持つ人が出てくる。ホテルがトリノよりずっと立派。 |
| 11月4日 |
| 4日目暗い内から、バスでバッサノへ出発。朝食はランチボックス。霧、もやの中を高速道路を走る。サービスエリアは陸橋スタイルで、上下線どちらからも利用できる。バッサノの街まではほぼ時間通りについたが、モンテグラッパ社の場所がわからず、運転手は携帯電話片手に探しまくる。結局1時間遅れで到着。ミラノから呼んだ通訳付で大歓迎を受ける。午前中の見学だけの予定が、まず昼食に、それから街を案内してもらって3時から工場見学、まだデザイン工房を見せてくれるというところ通訳が帰れなくなるからといって6時頃見学終了、4時の待ち合わせのベネツィアへ出発。モンテグラッパ社は28才の社長、31才の国際部長、通訳で案内。町の名士の顔を活かし、巨大ピザのレストランではヌーヴォのワイン、ポンテヴェッキオ脇のバールではグラッパ酒、グラッパ酒が買える博物館の案内と至れり尽くせりの歓迎。土産に各自のネーム入り銀製ボールペンまでいただく。出発前にJSTにベネツィアではなく田舎町もいいだろうからバッサノに泊まりたいと提案したのが、旅行社の都合で通らなかったのが返す返すも残念。 当初予定では、午前中グラッパ社研修、街のレストランで昼食(偶然目星をつけていたところへ案内された)午後街を散策、明るい内に田舎町の風景を見ながら、例えば、辻辻のマリア様(お地蔵さん?)集団墓地、できればベネトンのファブリカを見てベネツィアへいく予定が、大幅変更。3時間以上遅れて到着したら、絶対いないと思ったガイドが出迎えてくれて、水上ハイヤーでホテルへ。チェックイン後は三々五々街を散策して食事。 |
| 11月5日 |
| 初めて研修予定のない朝を迎える。ゆっくり目の朝食後、ガイドの案内で、サンマルコ及びパラツォドゥカーレを見学。マリオおじさんとガイドに無駄な金を使った感じ。初冬の大潮の満潮時は広場が水に浸かるということで、朝9時半広場到着時は排水口から逆流が始まっていた。サンマルコ広場では20世紀初頭を舞台にした映画の撮影中。そこかしこにガイドに連れられた各国の団体さんが。小1時間のガイドの案内付見学の後はガラス工房へのおきまりのコース。 怪しい東洋人と団体より離脱、パラツォドゥカーレへ戻る。再び入場料を払い、見てない部分を見学、ミュージアムショップで買い物、趣のあるカフェでカプチーノ。イタリアへ来て以来、食後の消化薬代わりのエスプレッソばかり、初めてカプチーノでゆっくりお茶の時間。ミラノのドーモで高いところにあがる味をしめた私は、目星をつけていたカンパニーレにエレベータで上る。快晴になったヴェネチアの街を360゚見渡せる絶好の場所、しかし風が強くて寒い。おりた後は、JSTお仕着せの昼食に、入ってくるのは東洋人ばかり、いまいちでした。 午後は土産物屋やD&Gをのぞいた後、対岸のサミットも行われたサンジョルジュマッジョーレ教会を目指し船(ヴァポレット)に乗る。一人でふらついていた佐野さんを誘い三人で船に乗り込む。次の船着き場が目的地のはずが、船は逆方向グランカナルの方へ。次の船着き場に着くと先程分かれたはずの寺本さんたちが乗り込んできて、ヴェネチア南半周のクルーズへ出発となる。塔の上、船の上寒い思いをする1日となった。 1時間近くかかって、サンジョルジュマッジョーレ島に到着。教会、修道院、海員学校しかない島。教会は割合新しい新古典主義、シンプルながら威厳が感じられる。ここでも塔の入り口を探し出し、日が暮れ始めたヴェネチア本島を対岸より見る。夕日をバックにしたサンタマリアデラサルーテ教会を見ながら本島に戻る。冷えた体を温めるため本日3杯目のカプチーノを夕焼けの海を眺めるホテルのカフェテラスで呑む。國本さんと予想したとおり、対岸から先に帰った方々と再会、水の引きかけたサンマルコ広場を通って買い物をしながらホテルへ戻る。ラグーナの入ったヴェネチア周辺の地図を記念に購入。 結局陸地をあるいてのヴェネチア見学は次の機会ということになった。夕食は到着時に予約したホテル1階のレストランで食事。アラカルトで頼んだ結果、それぞれの皿は大森ではと見間違える料理の山、最後の晩餐ということでワインも気張ったため予算オーバー。小食の人たちから不満の声も。 |
| 11月6日 |
| 一夜開けいよいよイタリアを離れる日。夕べの大食にもかかわらず、普通に朝食。ホテルの裏の運河から船で直接空港へ。サンマルコ広場前を朝日を目指し、風を切って船は進む、寒い、しかし、空気はきれいで爽快。途中で、左折、運河を抜け本島北側の海へ。墓地の島サンミケーレの脇を通り、北側の海からヴェネチアを見る。これでほぼ1周。 ラグーナをかなりの高速で突っ切り、約30分で空港の船着き場に到着。モダンなローカル空港ではあるが、赤を基調にしたイタリアンデザイン。小さいながらきれいな土産物売場、待合室を通り、バス利用で飛行機へ。ルフトハンザの子会社ドロミテ航空でアルプス・ドロミテ越え。 ローカル空港から基幹空港へ変身中のミュンヘンへ到着、ほとんどの乗客がトランジットゲートへ消えるなかバゲージを取りに。1/3が出てこない、待つこと15分やっと到着ラウンジへ。通訳兼ガイドのアレクサンダーが待ち受ける。両替後、昼食用に手配してくれたビアレストランへ。ワインの国からビールの国へ。ミュンヘンのはやりはヴァイスビールザワークラフト、ソーゼージで腹一杯。やや遅れてBMWへ到着。同じ時間帯に申し込んだ英語圏の人々と工場見学。一人だけ工場をどうしてもみたいと3日前から来ていた日本人と一緒になる。ボディの制作工場、組立工場を見て回る。見学終了後、BMW博物館見学。3時終了予定が5時。ホテルに直行し、ヨーロッパ最後の夜は三々五々街へ出かける。アレクサンダーの白ワインがおいしいと紹介された地元の人に人気のレストランへ。どうも何かが違う。ワインは種類がない、日本語メニューが出てくる、廻りの外国人は観光客みたいだ、確かに地元の人をたくさんいるようにもみえるが。まあいいか。おなかがいっぱいになって、夜景のきれいな中心街を、佐野さんと歩いてホテルへ戻る。後の人は市役所のからくり時計が11時に動くと聞いて待つことになったが、空振り。 |
| 11月7日 |
| 翌朝、疲れがたまってきて、着いた頃のように朝の散歩の元気はない。目の前にドイツ博物館があるが、開館時間の前に出発、空港へ向かう。ミュンヘンの街は明るくなってあらためて見ると、石造りのイタリアと違って、ほとんどがモルタルリシンの外壁。街の風情がずいぶん違う。よく見れば高速道路のサインの色使い、文字の大きさ、行く先を書く位置など、イタリアとはずいぶん違うことを発見、なるほど。 免税の手続き、帰りはビジネスクラスに変更する佐野さんの手続きなどドタバタ。あわてて搭乗口に急いだのだが、ゲートは開かず1時間待ち。フランクフルトが霧であったのか?Cターミナルに到着、出発のBターミナルへ移動。2時間の予定のトランジットタイムが1時間になり、各自最後の土産買いに。定刻になり待合室に集合、椅子に座って数を確認、また買い物へ。そうこうしてる内に機内乗り込み、なかなか出発しない。まだ買い物できたのに。われわれ同様出発地で出遅れた、名古屋便より先に出発した東京便、大阪便の乗り遅れ客を待って、40分遅れで離陸。こんなに満席になるはずじゃなかったのに、また窮屈な思いで名古屋へ向かう、お休み。 ヨーロッパ域内の簡単なパスポートコントロールに比べ、日本入国審査の堅い雰囲気は何だ。あらためて官が偉そうにしている国であることを確認。日本へ戻る。出迎えの津川副委員長の車で自宅へ戻る。家族は土産に少し反応しただけで普段通りの日曜日、拍子抜け。早速モンテグラッパの黒のボールペン替え芯を求めて丸善へ |