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労基旬報は労務管理の専門紙です。

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 25日号は 各界で活躍する人々を紹介しています。おんな流 おとこ流 仕事を訪ねて

2月号 3月号
まおちゃんのおつかい便 東 真央さん 「買い物弱者」「買い物難民」と呼ばれるようになったお年寄りの手足となり、大学生のときから軽トラックで駆け回っている女性がいる。熊野灘を望む三重県紀北町で移動販売を営む東真央さん(27)。この2月で企業から6年になる。
 「まおちゃんのお使い便」。かわいらしい冷蔵庫付きの軽トラックが狭い路地を駆け抜ける。得意先の家の前で停まると、アウトドア用の布製折り畳みいすをパタパタと広げ、その上に総菜や弁当、菓子、果物などを入れたケースを手際よく並べていく。
 「こーちゃん、来たよー」。玄関の戸を開いて東さんが呼びかける。「こーちゃん」こと鈴木健吉さん(89)は、手渡された小さな買い物かごを手に品物を選び始めた。(本紙に続く)
11月・1月号 
葬祭ディレクター 井上秀一さん  9月22日、横浜市港北区の港北公会堂の一室。葬祭ディレクターの井上秀一さんは、学習会を開いた。この日のテーマは、「自然葬」についてだった。少子化や核家族化が進む近年は、従来のように先祖が眠る菩提寺のお墓に入るよりも、維持の面で子どもたちへの負担の少ない樹木葬や海洋散骨といった自然葬への関心が高まっている、という。この日も自分自身の葬儀を考えるお年寄りらが参加していた。
 遺骨を海にまく行為は、法律違反ではないのか――。井上さんの話は、そもそも論から始まった 。(本紙に続く)
9月・10月号
バレリーナ 高瀬 麻由良さん 高瀬麻由良さん (25)が演技を終えるのを待っていたかのように会場は、 100人ほどが贈る大きな拍手に包まれた。8月12日に東京都内であった、 バレエスタジオ主催の発表会にゲストとして招かれた。 演目は、 バッハの 「ゴールドベルグ変奏曲」 (第5変奏)のバリエーション (ソロ)。 全身で表現するダイナミックな演技が強い印象を観客に与えた。  この日、 「ドン・キホーテ」 のパドドゥ (男女2人による踊り) も披露したが、 交流サイト (SNS)の「フェイスブック」 (FB) に演技後、 こう書き込んだ。
 ――パドドゥやっぱり苦手で課題ばっかり。 踊り終わってしばらくちーんってなってました。 笑克服できるように頑張ります。
 プロのバレリーナだからなのだろう。 その場その場での演技への反省は欠かさない。
 翌13日、 高瀬さんは羽田空港から、 所属するバレエ団 (カンパニー) の活動拠点であるルーマニア・コンスタンツァに向けて発った。 ルーマニアのバレエ・シーズンは9月に始まり、翌年の6月に終わる。 夏の2カ月ほどの休暇になると、 大半の団員はそれぞれの故郷で過ごす。高瀬さんもその一人だ。 「帰国しても、 全くの休暇というわけではないんです。
 発表会にゲスト出演したり、 指導のために各地を回ったりします」  この夏も東京都内だけでなく、 軽井沢や関西、 北陸と飛び回った。
7月・8月号
 三木由希子さん 特定非営利活動法人・情報公開クリアリングハウス (東京都新宿区) の理事長を務める三木由希子さんは今月7日に抗議声明を発表した。 学校法人 「加計学園」 の獣医学部新設をめぐって松野博一・文部科学相が幹部ら3人を口頭厳重注意したためだ。 「個人メモ」 に該当する文書をパソコンの共有ホルダーに保存したことが注意の理由とされた。
 「当初は個人メモとして作成されたとしても、業務の中で関係職員と共有している以上は、 行政文書としなければならないことに疑問の余地はない。 情報公開法及び公文書管理法の信頼性そのものを根底から覆すものが含まれ、到底容認できない」。 複数の職員が業務上使ったという実態がある文書について、 作成者の認識を根拠に 「個人メモ」 だとして、 公文書には当たらないという脱法的な法解釈が許されるとすれば、公文書管理法や情報公開法は骨抜きになる。 「もはや、 文科省の行う公文書管理も情報公開請求に対する対応も、信頼できないと言わざるを得ない」。三木さんは強く非難した。 (本紙に続く)
5月・6月号
 アコーディオン奏者 せきた さらいさん 
 もううわさは、 ききましたか♪
 そしてその目でたしかめましたか
 ハイハイハイ はいからさんが通る
 やさしい心を ふりまきながら♪
 1970年代に少年少女期を送った世代ならきっと誰もが思い出すに違いない。 漫画家・大和和紀さんの代表作 「はいからさんが通る」 (講談社) のテレビアニメ番組(78年放送) の主題歌の一節だ。
この人気アニメ番組の歌と作曲を手がけた関田昇介さんは、 アコーディオン奏者・せきたさらいさんの父親である。 昇介さんは、 70年代に活躍した荒木とよひさ氏の率いるフォークグループ 「伝書鳩」 にも参加した。 母親もピアノ教室で教えていた。
 せきたさんは、 東京・中野に生まれ、 音楽一家に育った。 最初に手にした楽器はピアノだ。 楽譜が読めるように、 と4歳の時に始めたという。 関田家では兄がギターで、弟はピアノを始めた。 「楽器がほしい」 。 子どもたちには惜しげもなく与えた。 (本紙に続く)
3月・4月号
 講談師 神田あおいさん 舞台女優を目指そう――。講談師の神田あおいさんがそう決心したのは、埼玉県内の私立高校を卒業し、大学受験に備えて勉強していた18歳の時だった。高校卒業を間近に控えても特に将来像を描いていたわけではなかった。もちろん、講談など全く縁がなかった。
 「高校時代は部活動に参加するわけでなく、いわゆる帰宅部でした。子どもの頃から肥満児で、人とかかわることが嫌で嫌で仕方なかった。運動神経はなかったし、勉強もできない。何の取り柄もない落ちこぼれでした。母親もこの子(あおいさん)の将来はどうなるのだろうと心配していたと思います」 とりあえず、大学進学を目指したのは、県内の進学校を卒業しながら家庭の経済的事情で諦めざるを得なかった母親の強い希望があった。ところが、一大決心で取り組んだのは、ダイエット。半年で20`ほど減量し、最終的には、30`以上も体重を落とした。「人前に出てもいいのではないか」。ようやくそう思える自分になれたという。受験勉強の合間にテレビで見た演劇集団「キャラメルボックス」の舞台作品に強い衝撃を受けた。小学生の時は演劇クラブに所属したこともあってもともと関心もあったのだ。(本紙に続く)

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