幽霊は存在しますか。(西原祐治)

 幽霊には三つの特徴があるそうです。「髪が長い」「手を前にたれている」「足がない」の三つです。

 一つ目の「髪が長い」ことは、「昔は良かった」と後ろ髪が引かれることであり、過去へのとらわれです。年輩者が古き良き時代を持ち出し、現在の空白を埋めることがありますが、未来に希望が見出せないと人は古き良き過去を持ち出します。

 二つ目の前垂れの手は、未来への手だてがないこと、希望の喪失です。バンザイ・お手上げという言葉がありますが、バンザイもできないほど、打つ手がないと言うことでしょう。

 三つ目の足がないことは、現実に立脚していないことを示しています。ふらふらと、周りの風に流されるという、大地に足をつけた主体的生き方ができない状態です。この三つの姿で、過去・現在・未来にわたって、希望と安心と喜びがないことが示さているようです。

幽霊は存在するか、しないか。これは私の考えですが、存在しないのに実存するように思えるものを幽霊といいます。幽霊という存在が、科学的(客観的)に存在するとしたら、それは幽霊ではなく、正式な固有名詞で呼ばれる存在なのです。

 ここは少し難しいところですが、だからといって幽霊は存在しないと言っているのではありません。実存するものだけがこの世に存在するのではないということです。存在している、していないよりも、「思えてしまう」ことを、もっとしっかりと見据える必要があります。

 一昨年は某病院で総合失調症(註1)の理解を深めるための機械「バーチャル・ハルシネーション」(総合失調症患者の幻聴・幻視の疑似体験する機械)を使い、幻聴や幻視の疑似体験をしていました。患者には何が聞こえていて、何がどのように見えているかの体験です。その機械を体験して思ったことは、何か違った声が聞こえるといった程度ではなく、同時に色々な幻聴が渦巻いており、24時間、その幻聴や・幻視が続くとなると、患者の負担は想像を絶します。この機械はアメリカ製で、その時点では日本に20台あるとのことでしたが、現在では日本製も作られたと報道(註2)されていました。

 患者さんと比較して自分の健康を喜ぶことは良くないことですが、その体験を通してまず感じたことは「シーン…」とした静けさは、大きな恵みなんだーという思いでした。

幽霊や幻視が見えてしまう。存在するしないではなくて、それが事実なのだと思います。 幽霊が見える。猫の妖怪が見える。人のつぶやきが聞こえる。そのことは客観的な事実か事実ではないかではなく、見えている。聞こえていることが事実なのです。そのことからまず学んで欲しいのは、客観的にいるいないを判断材料として、見え、聞こえている人を「そんなことはない」と否定しないこと。自分は体験したことがなくても、見えていることからくる不安や畏れを、しっかりと聞いてあげて下さい。一般の人には見えないものを見えてしまう人は、心の中にある不安や畏れがそうした現象として現れているのかも知れないからね。

 もう少し「思えてしまう」ことについて考えてみましょう。

「たった一人の生還―「たか号」漂流二十七日間の闘い」(註3)という本があります。佐野 三治さんの漂流体験を書いた本です。国際外洋ヨットレース中、一艘のヨットが、巨大な崩れ波、一瞬のうちに転覆、そして艇長の死。残された6名は救命ボートに乗り移り、あてどない漂流が始まる。直面する死との凄絶な闘い。極限状況の27日間を必死に生きぬき、仲間が次々に死んでいく。そしてたった一人生きて還った佐野さんの体験記録です。

 私はこの記録を、某新聞の連載記事(註4)で読みました。英国船に救出され、日本医大救命センターに運ばれます。入院して8日後、ロールシャハテスト(註5)を受けます。インクのシミのような絵を10種類見て、何に似ているかを答えます。精神状態などを含めて人格を見るのに有効なテストです。しかしこのときはほとんど答えられなかったと言います。結果は「現実だけに目が行き、情緒が押さえられた失陥状態」という診断が下されます。そして同じテストを1年後に受けます。この2度目のテストでは「常識的」「気軽」「自主的」「積極的」などの人格像が浮かび上がり、前回の「失陥状態」は一連の事故の影響であったことが確かめられます。生還直後は、努力しても何もイメージできなかったと語っていました。

 「思う・思える」ことを簡単に考えがちですが、思えることが私の全てだと言ってもいいのです。私たちは存在するか存在しないかという客観的な事実を重んじることは当然ですが、思える。思えてしますという世界のあることに、これを機会にもう少し関心を持って物事を見てみましょう。


精神分裂病から病名変更

統合失調症は、人口の約1%がかかるといわれている。脳内の伝達物質の過剰な放出によりおこるため、お薬を服用するなどすれば治療が可能で、早期発見が重要。

註2 統合失調症の疑似体験ができる装置「バーチャル・ハルシネーション」の日本版をヤンセンファーマ(本社・東京)が開発。

註3 佐野 三治 (著) 文庫 (1995/06) 新潮社 刊

註4 朝日新聞1992年1月1日より連載

註5
無作為に作られたインクのシミが何に見えるかで、被験者のものの見方、意味づけや外界とのかかわり方を調べる検査。見せる図版は10枚で、5枚は無彩色、5枚は彩色。何に見えるか以外に、シミのどこに(反応領域)、どのようなものが(反応内容)、どういう理由(反応決定因)で見えるかも調査し、、これらの結果をもとに反応構造と反応過程の分析が行われる。すぐれた検査官テストを行えば、どの検査もおよばない情報入手が可能とされている。
●開発者H.ロールシャハ