クローンを考える(クローン人間に対する仏教者の私見)
                                  西原祐治


西暦2050年、人類は環境ホルモンの影響を受け、男性・女性の生殖機能のすべてが失われ、

未来を担う人間は、クローン技術によって誕生することが決定された.。こうした状況下では、ク

ローン人間も肯定されるのだと思います。では現代ではなぜ人のクローンが許されないのか。

 それは人間は愚かだからです。人間の知性は、分別にもとづいています。分別は、分も分け

る、別も分かることです。物事を比較対照して知る認識パターンのことです。こうした知性に基

づいた人間の尊厳は、「比較できない・かけがえがない」ことに起因しています。ところが人の

クローンは、「比較できる・かけがえがある」(本当は比較できず・かけがえがないのですが)こ

とになってしまうからです。自らはかけがえのない命を生きながら、周囲からは、かけがえのあ

る存在としてみられてしまう。こうした状況下では、その人の尊厳性は、著しく傷つき、尊厳性が

損なわれてしまうと考えます。しかし、人類の生殖機能がすべて失われた状況下で誕生した人の

クローンは、存在そのものが、生殖機能によって生まれた人と比較されることないかからです。



西原レポート

「クローン羊・ドリー」の誕生
 イギリス、エジンバラ近郊にあるロスリン研究所で、ウィルマット博士らのクローン研究チームは、成長した6歳の羊の体細胞からクローン羊を作成することに成功。その羊をドリーと命名した。これを掲載したイギリスの科学専門誌『ネイチャー』の記事は世界を震撼させた。「体細胞からクローン動物を複製できるなら、人間のクローンも簡単に生み出せるのではないか」と報道。

● 何がすごいのか
今世紀における特に顕著な業績。いままでのクローン羊は、卵子に精子が入ったいわゆる受精卵の細胞を基にして作られたもの。一方、ドリーは、成熟した動物の体細胞(乳腺上皮細胞)を出発点にして作っている。哺乳動物であるヒツジの乳腺細胞のように乳汁分泌機能しか備えていない細胞に全能性を備えさせてドリーを誕生させた業績は画期的なもの。
 全能性とは1個体への発生能力のこと。1個の受精卵が分裂を繰り返して成長してゆくが、成長した体(人体は約60兆個の細胞から構成される)のどの部位の細胞の遺伝子も実は同じ情報を持ったDNAがある。
 生命体のすべての細胞には、その個体のすべての器官をつくるのに必要な遺伝子が含まれている。しかし、細胞が成長し、骨、神経、皮膚などに分化し始めると、その全能性は失われる。いったん各細胞に進化してしまった細胞は不可逆性だと思われていた。ウィルマット博士たちはこの最大の難関を克服した。
 
  *不可逆性 ドリーは乳腺細胞という特別は働きをする細胞に分化してしまった大人の細胞から作られた。発生学のこれまでの常識では、機能分化してしまった細胞の遺伝子には、振り出しに戻って1個の個体を発生させる能力はないと考えられていた。これが細胞分化の「不可逆性」の意味。



クローンとは
まず「クローン」という言葉は、小枝を示すギリシャ語(klon)を語源とした言葉。植物の小枝を挿し木すると、親の木と遺伝形質が同じ植物ができることからできた。動物の場合も、親とまったく同じ遺伝形質をもつ動物をクローンといい、クローンを作る技術をクローニングという。クローン動物のそのものは20年近く前から可能になっているが、体細胞からのクローン動物はドリーが初めて。



クリントン大統領の声明(97年6月9日)は次のように述べている。
(クローン人間作成を禁止することは我々の人間性であり、そうすることが正しいのだ。この新技術によって子どもを創ることは我々の基本的な信条を揺るがすのである。何故ならば、我々の理想と社会のまさに中核において、クローン人間作成は神聖な家族の絆を脅かすからである。また、その最も許されない点は、それが間違った悪意ある試みをもたらす可能性があることなのである。すなわち、特定の遺伝形質を選抜したり、特定の子どもを創ったりする危険性である。こうしたことは、人間の子どもを大事な個人として遇する代わりに、物体(対象)として扱うことなのである。

文部科学省 再生医療現実化プロジェクト (政府ホームページよりhttp://www.stemcellproject.mext.go.jp/gaiyo/index.html)

「再生医療の実現化プロジェクト」は平成15年度からの10カ年計画(プロジェクト開始からの5カ年を第I期とし、その後の5年を第II期とする)で実施されており、細胞移植・組織移植によってこれまでの医療を根本的に変革する可能性を有する再生医療について、必要な幹細胞利用技術等を世界に先駆け確立し、その実用化を目指すものです。
文部科学省は第II期(平成20年度〜24年度)においては、社会のニーズを踏まえたライフサイエンス分野の研究開発プロジェクトとして、第T期の成果及び再生医療に関する研究の現状を踏まえ、国民への効率的な成果還元のため「ヒト幹細胞を用いた研究」を中心とした研究開発を通じた再生医療の実現を目指します。

特に、平成19年11月のヒトiPS(人工多能性幹)細胞の樹立を受け、同細胞を活用した再生医療の実現について、拠点整備事業を含めた研究を強力に進めます。


再生医療の研究は細胞移植・組織移植により、これまで不可能であった変性疾患の根治を目指した革新的医療技術です。本事業は、再生医療に必要な幹細胞のバンクを整備するとともに、その利用技術等を確立し、再生医療の実現化を目指すものです。特にU期では、国民への効率的な成果還元のため、ヒト幹細胞を用いた研究を通して再生医療の実現化を目指します。

ES細胞研究申請、国の審査廃止方針

 文部科学省の専門委員会は17日、人の(はい)性幹細胞(ES細胞)を使った基礎研究の申請手続きについて、国の審査を廃止する方針を決めた。

 実施機関には代わりに研究の届け出を求める。同省は夏までにES細胞の指針改正案をまとめ、国の総合科学技術会議に諮問する。手続きが簡略化されれば、国内の幹細胞研究が加速すると期待される。

 同省の指針では今のところ、研究機関がES細胞の基礎研究を行う際、各機関と国の審査をそれぞれ受ける必要がある。国の審査には2か月程度かかっており、研究者から「機関内だけの審査で十分ではないか」という意見が出ていた。

2009年3月18日  読売新聞)



クローン人間はなぜ許されないのか

● かけがえのなさが否定されていく

人間は成長する時、遺伝的組換えがおこなわれる。そして男女の巡り合い、精子と卵子の巡り合い。三段階の各々の天文学的偶然が積み重なって、どの受精卵(個人の生命)も、たまたま今を生きる好運に恵まれ、過去にも未来にも存在し得ぬ唯一無二性を備えて誕生する。この超人為性を否定するクローン人間は、人間の尊厳の根拠を失うことになる。。

 97年4月 フランス国家倫理諮問委員会
 クローン人間作成は人間の尊厳をその根元から崩すものとし、その根拠として、
「人間の肉体や容姿の一回性・唯一性は性を介して産まれてくる子供の遺伝的な素質の不確定性の重要さと結びついており、また無性生殖によるクローン人間の作成は家族という概念に混乱をもたらす」という理由をあげている。

● クローン人間作成は、(クローン)人間をモノに転落させる

自分の遺伝的素材や原型的人格は、大量生産可能で代替可能なものであり、それを備えているのが自分である必然性も必要性もないからだ。自分が自分であることの尊顔が失われ、クローン人間は優劣で量れる代換え可能な物となってしまう。

*クローン人間自体は、自然摂理の中で許されて生み出されたもので、ひとりの命ある者に違いない。その誕生において、人為的な作為があまりにも大きいので、我々人間が物として扱ってしまう。自然の営みには、作為がなく、だから自然は責任を負う必要がない。クローン人間は、人為的な作為によって作られたものであるから、作成者に責任をおう。

● 最も孤独な人間を作ることになる

クローン人間は一人も肉親をもたない天涯孤独のヒトである。 ベルクソンが親に対する信頼を通して人は自分を信頼することが出来る。と言われるが、親を持たないクローン人間は、今まで人間が一人も経験したことのない孤独を味わうことになる。
また自分が存在することの、唯一無二性の欠除のために、クローン人間が、自己の的存在感(または自尊心)を満足させることはとても難しい。


● クローン人間の誕生は人体実験

クローン羊が出産する。成長する。それは生存そのものが実験である。
クローン人間が核ドナーのもつ遺伝的潜在能力を完全にコピーしているかどうかは、彼(女)の成熟と老化を心と肉体両面で調査するまでわからない。この意味でも、それは人体実験。


* クローン羊ドリーを誕生させた、英国イアン・ウイルムット博士は、2002/4.29読売新聞報道(28日付け英日曜紙サンデー・タイム掲載)によると、「世界でこれまでに作られたクローン動物には、すべて何らかの異常が認められる」とする調査結果を発表。

 動物の種類ごとに頻繁にむ認められる異常として、 (1)体の巨大化(羊や牛) (2)過度の肥満と胎盤の肥大化(マウス) (3)心臓の異常(ブタ) など。また多くの羊、牛、ブタで、発育障害、肺異常、免疫機能不全あり。異常の原因として、DNAに結合して、細胞の機能をコントロールするメルチ基分子に着目。精子などの生殖細胞と成長後の細胞では、メルチ基の働きが大きく異なることを確認したという。受精卵の遺伝子は、一定の順番で遺伝子が働くようにプログラムされている。一方、クローンは、既に組織に成長した細胞から遺伝子を受け継ぐため、成長過程で遺伝子のプログラムが正常に働かない可能性が指摘されていた。その鍵となる物質がメルチ基。

博士は「クローン技術で、完全に正常な動物を生み出す可能性には疑念がある。クローン人間作りには決して取り組んではならない」と警告。




●クローン人間であってのその人の尊厳を尊重しなければならない

クローン人間は(誕生したら)唯一無二の人格として尊重されなければならない。これは倫理的要請である。何人も、他者のための手段であったり道具であってはならない。
ところがクローン人間は、誕生自体が生命誕生を実証するための手段となってしまう。
また、自分の「こども」としてクローン人間作成を望む人々は様々であろうが、共通していることは、その望みが単なる自己愛または利己的欲望であるという点である。この欲望を実現するために、他者(クローン人間)の人格を蹂躪することがあってならない。
また、わが子を失った悲しみからそのクローンを作成することは、クローンがわが子の代用に貶められるだけではなく、亡くなったわが子に対する愛情を他者へ転嫁すること、すなわちわが子への冒涜そのものである。

●生命の尊厳が損なわれていく

クローン人間の誕生は、誕生した生命が尊厳を失うばかりでなく、私たちの生命を尊重する心を失うこととなる。生命の尊厳は、かけがえのなさにかろうじて保たれている。それが、代替え可能な命となれば、その尊厳性は損なわれる。

2001年6月6日 日本 「クローン技術規制法」施行
 
 *「人間の尊厳を冒し、社会秩序の維持に重大な影響を与える」と「クローン胚」を女性の胎内にもどすことを禁じ、人間と動物の精子や卵子を交配した「ヒト動物交雑胚」を人間や動物の胎内に入れることも禁止。