法話・南無阿弥陀仏の如来ⅱ

西原祐治

地球が誕生して46億年。誕生した当初は火の玉であったといいます。その惑星をメタンや水素、アンモニア、水蒸気などのガスが取り巻いていたのです。その火の玉の地表が少しずつ冷えてくると、りんごがしぼんで皮がたるみしわができるように表面に凹凸ができ、そして水蒸気が雨となって地表に降り注ぎ海となり、その海に生命が誕生したのです。

現在、最古の生命痕跡として多くの研究者に認められているのは、グリーンランドの岩から発見された38億年の炭素の化石です。はっきりとした生命体としての痕跡は、35億年前の原始的なバクテリアの化石で、これは神奈川県立生命の星・地球博物館に展示されています。細胞がいくつもつながった生き物で、すでにかなり進化しているといいます。

生命誕生以来、それらの生命体は弱肉強食という力と賢さをエネルギーとして環境に適応し複雑化していきました。そして人類が400万年前に誕生し今日に至ったのです。

現在まで発見されている人類の先祖は、猿人、原人、旧人、新人など21種類の先祖が現れては消えていったそうです。20万年前に現れたホモ・サピエンスだけがなぜ勝ち残ったのか。その理由には諸説がありますが、脳の大きさや言語能力をもっていたなど興味ある研究が発表されています。

生命誕生から現在の人類まで、生命の連鎖を貫いているのは弱肉強食です。強く賢く美しきという方向で生命の連鎖は途切れることなく今日に及んだのです。

より強く賢い子孫を残す。この自己愛の反面には数え切れない弱く愚かさゆえに終わっていった存在がありました。その弱く愚かな存在が流した涙は大海の潮より多いと『涅槃経』にあります。その大海のごとき涙の中から阿弥陀如来の願いは起こったのです。弱く愚かな存在をそのまま受け入れ育むという慈しみが誕生していったのです。この慈しみこそ弱肉強食と共に人類を貫いている願いでもあります。

慈しみの心

世界には人類最古の足跡と名のっている遺跡がいくつかあります。その一つは、オーストラリアの氷河時代盛期２万年前頃と思われる足跡です。湖畔の炭酸カルシウムに富む粘土質の湿地上に、全部で４５７個。旧石器時代の足跡がまとまって見つかったのは、世界でも珍しいそうです。

足長は１３～３０㎝に及び、子供、青年、成人という全世代のものと見られます。その地域の家族が、ぬかるみをズボズボ歩いていた様子がうかがえるそうです。一部の足跡の持ち主は、狩猟をしていたらしく、中には歩幅から計算して時速２０㎞という快足で走っていたと思われる、かなり背の高い男性のものもあると聞きます。
　しかし人類最古の足跡といえば、東アフリカはタンザニア・ラエトリのアファール猿人の足跡化石です。この足跡は約３５０万年～３８０万年前の足跡です。人類誕生が約400万年前といわれるので、この足跡の発見は奇跡といってもいいでしょう。
　このヒト科生物の二足歩行の足跡は、柔らかい火山灰の上を歩いた跡で、その後のスコールによってセメント状の硬い層となったのだそうです。

その足跡から学者は色々なことを想像します。長さ２６ｃｍの大きな足跡と長さ１８ｃｍの小さな足跡が並んで同じ歩幅で歩いている。幅約10センチで歩幅は60センチ、身長は150センチ程度と推測されています。また、大きな足跡には、長さ２１ｃｍの足跡があとから重なっているそうです。

大きな足跡は父親で、小さな足跡は子供です。大きな足跡は、小さな足跡に連れ添うように、小さな足跡と同じ歩幅だといいます。そして父親に重なるように母の足跡がついているのです。親が子どもをいたわりながら、子どもの歩幅で子どもの速度にあわせて歩いた形跡です。この足跡は、人類最古の人を慈しむ思いやりの遺跡でもあります。それから約350万年の歴史を人類は営んできました。

その生命の連鎖の中で弱肉強食と共に、人類の歴史を貫いてるものが、親が子を思う心に代表される「人を慈しむ心」なのです。「観無量寿経」には、「仏心とは大慈悲これなり。無縁の慈をもつてもろもろの衆生を摂したまう」とあります。無縁の慈とは阿弥陀さまにとって無関係のいのちは一つもないと言うことです。すべていのちを慈しむ心、それが仏さまの心なのです。言い方を変えていえば、仏さまの心は、人類の歴史を貫いている思いやりの心でもあります。

阿弥陀仏の働きを仰ぐ

足跡と言えば、仏教では仏足石が有名です。偏平足で法輪の模様のついた足跡です。その偏平足も人間と違って、大地がデコボコであれば、大地に即してぴったりと着地しているとお経にあります。釈尊が入滅された後、仏弟子たちは、この仏の足跡を石に刻み礼拝したのです。仏弟子たちは、その足跡に何を見ていたのでしょうか。私は仏さまの思いやりの心だと思います。「ようこそこの私に、仏の教えを届けてくださった」と仏足石を作り礼拝したのです。「もし釈尊の伝道のご苦労がなければ、いまこの私が仏の法に出会うことがなかったに違いない」と、仏さまを仰いだのです。

この仏さまの思いやりを極めていったのが阿弥陀如来の本願だといってもよいでしょう。

キリスト教には、原罪という言葉があります。原罪とは、人類が最初に犯した罪、アダムとイブが禁断の木の実を口にし、神の命令に背いた罪のことです。アダムの子孫である人類はこの罪を負うとされています。ところが浄土真宗は、人の罪を告げるという考え方がありません。無条件に救うという阿弥陀如来の思いやりを説きます。

お経には、私が安らぎの境地に至るための方法が色々と説かれています。しかし阿弥陀如来のご本願の教えには、私が安らぎに至る方法が示されてありません。私の罪を告げないのと同様に、あるべき人間の理想も説いていないのです。その理由は、この私が無条件に救われていくしか救われようがない人間であるという阿弥陀さまの人間理解からきています。その救われようのない私を、「南無阿弥陀仏」と称えさせて救い取るというのが阿弥陀さまの願いです。私たち浄土真宗の者は、この「南無阿弥陀仏」の念仏を称えながら、阿弥陀さまの思いやりや慈しみを仰いでいきます。

仏弟子が、仏足石を礼拝しながら釈尊のご苦労をしのんだように、浄土真宗の念仏を喜ぶものは、「南無阿弥陀仏」と称えながら、この私の上に至り届いてくださった阿弥陀さまのご苦労や働きを仰いでいきます。

阿弥陀さまのご苦労というと何のことやらと思われるかも知れません。仏教の考え方は“今”という時から出発している考え方です。諸行無常も今という存在のあり方を指摘した言葉であり無我も同様です。今、私がどういう形であれ南無阿弥陀仏と触れている、ここから出発します。たとえば南無阿弥陀仏と称える、これは私の自由意志の結果であると思う考え方の中には、私には念仏を称える能力があるという人間理解があります。その能力を認めず、すべてが如来の働きであったと受け入れる。この考え方の中にあるのは念仏とは無縁な自分であるという人間理解です。阿弥陀さまのご苦労や働きを仰いでいくことは、仏とは無縁な私であるという自分の愚かさを受け入れていくということでもあるのです。ですから浄土真宗の経典には、私の努力や精進を讃えた言葉ではなく、阿弥陀如来の願いや精進の話に始終しています。

　【黄金のキバをもつ象】

ある施設での法話で、一緒に行ったＦさんが、黄金のキバをもつ象という仏教説話の話をしてくださいました。その話は次のような話です。
　むかしむかしのことです。ヒマラヤの山奥に黄金のキバをもった、それはそれは立派なゾウの王様が住んでいました。
　ある日、道に迷い、あやまって川に落ちた猟師を、このゾウの王様が命がけで助けました。元気になった男は、「このご恩は一生忘れません」と云って町に帰っていきました。
　ところが、お城の前で、「ヒマラヤの山奥に住んでいる伝説のゾウ王の黄金のキバを持ってきたものには、たくさんのほうびを与える」という王さまのおふれを見つけました。
　それを見た瞬間、命を助けてもらったご恩も忘れて、男に恐ろしい心がおこりました。
「自分だけが、そのゾウを知っている。ゾウを殺すだけで、一生遊んで暮せるのだ。」男はゾウを油断させるために、お坊さまに変装し、弓を隠して、ゾウに近づきました。そして、スキをみてゾウ王に毒矢を放ったのです。
　毒が体の中にまわった苦しみの中から、ゾウ王は、なぜこんな愚かなことをしたのか、尋ねました。そして、ほうびのために黄金のキバが欲しいことを知ると、「こんなキバなど、なにもおしくないのに…」と、自らキバを岩にぶつけて男に与えたのでした。しかも、最後の力をふりしぼって、男におそいかかる仲間のゾウから、自分を殺しに来た男を命がけで守りました。
　そして、最後の最後に、この男に言ったのです。「わたしは、この布施の行のおかげで必ず仏になるだろう。わたしが仏になったら、欲しい、憎い、そして愚かな心一杯で迷いを重ねているあなたを1番最初に救うだろう。」と、死んでいったのでした。
　私は、その説話を聞きなが「有難いなあー」という思いが湧きあがってきました。
　私が今、「南無阿弥陀仏」と称名し、仏のお話を聞くに際しては、先の説話で示されたような、深い深い仏の慈しみが、きらびやかな帯が、金糸を幾十にも織り込んでつくられていくように、私の背後にあったに違いありません。
　「黄金のキバをもつ像」の逸話は、単なる創作でありません。人が真実に出遇っていくという精神の領域の中に躍動している仏のエネルギーを率直に表現したものです。
　その仏さまの働きやエネルギーを私が「南無阿弥陀仏」と念仏を申す中に味わっていく、それが浄土真宗という仏道です。

以上

がん患者・家族語らいの会20周年号に、会員の皆様からの投稿を募集しています。下記の通りです。

内容　私の遺言　パート2

字数　４００字以内

送り先　集い受付

　担当　西原メールアドレスまでnishihara@jade.dti.ne.jp

匿名も可能です。ご自身の心の中の思いを文字にしてみませんか。

締め切りは7月14日までです。