「うつ病」を生きる

デプと仲良くなろう!
うつ病(デプレッション)と付き合って、15年・・・

42才のとき、私は、50人近いクライエントと月4回の講演会、
短大で心理学の講義を3コマ、原稿書き・・・と、
日曜・祭日もなく、コマネズミのように
仕事をこなしていた。

ところが、カウンセリングの最中に、吐き気を催すようになり、
ある日、とうとう目の前が真っ白になって、
仕事中に倒れてしまった。

全身が崩壊しそうな感覚と、
死ぬのではないか、という恐怖感に襲われて、
すぐさま救急外来に連れて行かれた。

幸い、知り合いのドクターが診察してくれて、
「どうも過労からきた仮面うつ病のようだ・・・」
という診断となった。
「50人もカウンセリングするだなんて、
自殺行為だ・・・」
とも言われた。
確かに、そうだ・・・。
人様の「心のドブ掃除」をして、自分が満杯になったわけだ。



仮面うつ病
というのは、
あまり「うつっぽい」という心理的な症状が出ずに、
むしろ、身体的な症状・・・吐き気、疲労感、めまい、頭痛などが、
現れるので、「うつ」が体の病気を装っている
すなわち仮面をかぶっている、という意味である。
英語で、マスクト・デプレッションという。

紺屋の白袴・・・とは、このことで、
治療する側の心理カウンセラー(サイコ・セラピスト)自らが、
自分の病気に気づかずにダウンするとは・・・。

3ケ月くらい休職となった。
クライエントの方は他のカウンセラーやドクターに
紹介して、変わっていただいた。

それから、薬物療法となった。
はじめは、デプロメール、デジレル、ソラナックス、ビタミンB。
デプロメールはSSRIという「うつの特効薬」だ。



SSRI
とは、
「セレクティブ・セロトニン・リアップテイク・インヒピター」
「選択的セロトニン再吸収阻害剤」という。

人の神経というのは、電気が通っているのは、心電図や
脳波の検査でわかると思うが、
この神経は1本のつなぎ目のないレールのようではなく、
昔のレールのように、所々、つなぎ目があって、
その隙間は、電気が通るのではなく、
電気信号がセロトニンという化学物質に置き換えられて、
刺激を次のレールに伝えるしくみになっている。

このセロトニンの伝達がうまくいかないと、
電気の流れがうまくいかず、
それが脳神経内でおこると、
気分や身体面に、うつ特有の症状をあらわすようになる。

それで、SSRIという薬は、アホなセロトニンがまた
もどってきたりしないように、
セロトニンが戻る前にフタをする(再吸収を阻害)
役目をする。

最近、はやりの抗アレルギー薬で、
ヒスタミンをブロックするアニメーションが
コマーシャルでやっているが、
あのイメージである。

SSRIの働きで、セロトニンが伝達しやすくなり
うつの症状が軽減される、というワケである。



副作用
として、この薬は、吐き気が起こりやすい、
といわれたので、私はビビリながら呑んだが、
幸いなことに何の副作用もおきずに助かった。

私のクライエントには、吐き気がおきた学生さんがいて、
可哀想だった。

ただし、一日2錠で始めた、デプロメールが今一、効き目が
鈍いとドクターが判断して、3錠に変えてからしばらくして、
軽躁状態になった。
気分アッパー系の薬だから、効き過ぎたのだ。

この時は、今思い出しても、恥ずかしいほど、多弁・多動・誇大妄想的
になり、だいぶ家族を困らせたり、
近所迷惑になったみたいだ。
生まれて初めてマニー(躁状態)を体験して、
ある意味、貴重だったかもしれない。
ドクターからも
「カウンセラーとして、いい経験できたんじゃない・・・」
と言われた。

昔、精神病理学の講義では、
「躁病は、富士山の頂上から大声を出してる気分になる・・・」
と習ったが、それほどではなくとも、
かなり高揚感があって、気分がよかった。
いわゆる、薬物ハイである。
シャブ中もきっと、こんな感じだろう、と思った。
何せ、言うこと、成すこと、自分らしくないのだから・・・。

それに、とても怒りやすくなる。
新聞屋の店主と大ゲンカして「告訴してやる!」とわめいたり、
工具屋の店員を大声で罵倒したり・・・と、
ほとんどキチガイ・・・。
躁状態もすごい。

アイディアがポンポン出てくる。
紙に書ききれない。
『アマデウス』で、モーツァルトが曲を書いていて、
「待ってくれ〜!」
と自分に怒鳴っているシーンがあったような気がする。
ようするに、メロディーがどんどん湧いてくるが、
手書きできる速さは、物理的限界がある・・・。

ああ、あれは、こういうことだったのか・・・と、
妙に納得できた。
だから、モーツァルトは30代で死んじまったんだな、
とも思った。

それから、デプロ2錠に戻して、ようやく
このマニック・パニックが治まった。
その時の騒動を、今思うと恥ずかしい、と主治医に報告したら
「それが、現実検討識なんですよ・・・」
と言われて、納得した。
なんでも、体験すると身につくものである。



厭世観
この3年のあいだ、2回ほど、ヤバイ状態になった。
「死にたい・・・」という厭世観が出たのだ。
良くなっては、悪化するという状態だったので、
主治医が
「ちょっと薬変えてみようか・・・」
ということで、同じSSRIでもデプロよりキレがいいという
パキシルに変えてみた。
こちらは副作用の出がかなり少ないという。

成分的には、デプロは、マレイン酸フルボキサミン、といい
パキシは、塩酸パロキセチン、というので、
SSRIのとしての働きは同じでも、
中身は別なものといえる。

変えてみて半年ほどでかなり好調になった。
その証拠に、周囲から顔色がよくなった。
元気のオーラが出てきた。
健康的に太ってきましたね。
という評価が得られたのだ。

たしかに落ち込む頻度が減って、
月に一度くらいガクッと落ち込むことがあったが、
それもなくなってきた。

現在、パキシルを呑んでるクライエントを何人か
カウンセリングしているが、皆、経過は良好のようだ。
20代の学生さんは半年以内で治る人もいる。
主治医が言うには、やはり、若いほど、治りはいいみたいだ。
40代では、どうしても年単位以上かかるらしい。



良質の睡眠
最初の2年ほどは、就寝前に、デジレルを1錠呑んでいた。
これは、SSRIにやや似た抗うつ剤で、

1.セロトニンの取り込み阻害作用により
  低下したセロトニン神経機能を回復させる。

2..脳神経に作用して、いらだち・不安・妄想・睡眠障害を
  和らげ、強迫症状を改善する。

私は、子どものときから確認強迫があったので、
この薬はピッタリあっていた。
それと、うつの一番大事な治療ポイントは
良質の睡眠をとることなのである。

この薬を呑んでから、途中覚醒が少なくなり、
初期の治療期には、それが奏効したのではないかと思う。
ほんとに眠れない人には、
ロプヒノール、とか、マイスリーという睡眠誘導剤が
処方されることが多いようだが、
私はデジレルで、なんとか眠れたのだ。



脳波
最初の検査で、脳波を取った。
そしたら、若干、てんかん様の微弱な棘波が出た。
「今まで、時々、不機嫌になることなかった?」
と主治医に尋ねられて、
そういえば、しょっ中そうだった・・・と思った。

うつ病は「気分障害」という診断カテゴリーに分類される。
私は、この変動する気分にずいぶん苦労させられてきた。
家族もそうだと思う。
「気難しい」「気分屋」といわれても仕方がない。
脳波の検査で、その生理的裏づけがあったのである。

そこで、ムード・スタビライザー(気分安定剤)の
デパケンを呑むことになった。
「これは、抗てんかん剤だけど、心配いらないから・・・」
との説明を受けて、納得したので、さっそく服用した。

事例検討会などでも、時折、
「この子は、EEG(脳波)に、ややエピレブティック(てんかん様)な
パターンが見られるから、情緒不安定なトゥレイト(傾向)がある・・・」
というような話題が出ることがあるので、
自分もそうだったんだな、と思った。

主治医の説明では、
「健康なときは、脳の他の部分がカバーし合うから
大丈夫だけど、ストレスフルな状況下になると、
本来の器質的なものが仇になって、
気分のコントロールが不調になるんだろうね・・・」
とのことだった。
納得できる説明である。

けっきょく、デパケンは2年ほど呑んで、
気分の落ち込みがなくなってきて、
外すことができた。



頓服
ソラナックスは、
マイナー・トランキライザー (精神安定剤)だが、
抗うつ作用が強く、うつ病になる以前にも、
10数年前、教員時代に、抑うつ状態になった時、
内科医から処方されて、よく効いたのを
覚えていて、これは頓服薬として服用した。

落ち込みの激しいとき、
厭世観の強いとき、
そして、不安発作に襲われた時には、
迷わず服用した。
この薬がよく効いてくれたので、
どれほど救われたか知らない。
ありがたかった。



パニック障害
最初に倒れてから、3ケ月ほどして、パニック障害を併発した。
人前に出る状況になると、
心悸亢進(心臓バクバク)、吐き気、不安感に襲われるのである。
これにはマイッタ。

仕事柄、人前に出ないわけにはいかないので、
ソラナックスを服用しながら、なんとか乗り切った。
この時、講演会や研修会をずいぶんドタキャンした。
幸いなことに、安静第一を心がけた自宅療養と
ソラナックスの効果で、
2ケ月ほどして良くなった。

タレントの田中美里(NHK連ドラ『あぐり』の主演女優)
もパニック障害で苦労した、という話を聞いた。
他にも、高木美保、長嶋一茂、中川家の兄、
がそうだったという。

うつ病にはパニック障害が合併しやすい。
これには、神経質で、物事にこだわりやすい気質も関係していると思う。
だから、おおらかに、ある意味、グータラに、
なんとかなるさ、という意識が持てるように稽古する必要がある。



認知行動療法
パニック障害や、うつ病になりやすい性格として、
几帳面、潔癖症、完全癖などもある。
私にも多分にそういう面があるので、
なんとかそれを修正しようと、意識して行動変革にのぞんだ。
心理学的に言えば、
認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy=CBT)
を、自然にやっていたことになる。
それは、行動・身体・思考の3側面にアプローチすることによって、
症状や問題を形成している認知の歪みを修正していく
心理療法である。


具体的には、
@パニック障害の症状発生のメカニズムについて理解し、その対処法を知る。
A身体や心の緊張をほぐし、リラックスする方法を習得する。
B不安のため恐れ避けている場面や状況をリストアップし、
不安の強さを1−10で評価した表(不安階層表)を作成し、
この表に従って、容易な段階から困難な段階へと、
少しずつ実際場面に出て行く練習をする(暴露療法)・・・など。


わたしの場合、リラクゼーションには、自律訓練法を行った。
これは自己催眠とも言われるが、自己暗示によって、
体の緊張をコントロールする方法である。
習得するには一月くらいかかるが、一度、習得すれば
いつでも、どこでもリラクセ゛ーションが出来るようになる。
これは一人でも、ある程度、本を読んで出きる。

それから、私は自分のいくつかの癖をチェックして、
それらの修正に取り組んだ。

例えば、買い物をするたび、財布の中のお札をキチンと
反転したものなどを整理したり、
小銭を振り分けたりしていたが、
それを「えいっ!」と目をつぶって財布にしまうようにした。
はじめは気持ち悪かったが、
意識してやるように努力してみた。
すると、数ヶ月で慣れた。

他人から見れば、下らない小さなことだが、潔癖症を克服するには
こういうスモール・ステップでやるしかない。

大きなところでは、
「無理をしない」「嫌なことはやらない」「義理を欠く」
というスローガンを実行した。

それまで、風邪でシンドクとも、つい責任感から、
無理をして出勤してしまっていたが、
シンドイときは、潔く仕事を休むことにした。

家でも、嫌な時は、電話に出ない、訪問客に出ない、ということも
たびたびやった。
これは、今もやっている。

親しい知人の結婚式や、その他の会合も、
うつ病を理由に、全部お断りした。
「自分の命のほうが大事だい!」
と言い聞かせて、義理を欠いた。



短期療法
私の大学院の師匠が、短期療法の権威だったので、
これも自分の治療に取り入れてみた。

Do something different 
という公式にしたがって
「何か、小さな、簡単な、面白い、変化」を
生活に起こそう、というものである。

抑うつ状態のときには、何もやりたくないものだが、
少し気分がマシなときに、ホームページを作ってみようと、
本を買って準備を始めた。

調子のよいときを見計らってやるのだから、
遅々として進まなかったが、
それでも数ヶ月でひとつの形ができた。

すると、コツを覚えて、どんどん拡張が出来て、
結果的には、5つほどのジャンルのサイトを持つに至った。
これは、今日まで続いている。

短期療法には、
「昔、調子の良いときにやっていたことをやる」
という公式もある。
それで、私は、空いてるスペースを利用して、
お茶室を造り、またお茶を始めることにした。
お茶は、緊張と緩和のバランスがいいので、
これも治療には効果的だったと思っている。

それと、もうひとつ。
「黒字ノート」というのを毎日つけた。
これは、システムノートに毎日、何でもいいから
良かったこと、つまり、黒字になったこと、を探して
記す訓練である。

例えば、
「元気寿司で食べた穴子の炙りが美味しかった。☆星一つ」
とか、
「映画『クリクリのいた夏』を観て感動。☆☆」
という具合にである。

何もないようなときは、
「今日は、一日、天気が良かった」
でもいいし、
「朝、キレイな雲が流れていた・・・」
でもいい。

これをやっていると、かなり抑うつ気分に効果がある。



感謝療法
これは、私が勝手に名づけた自己流療法である。

デプると、どうしても睡眠障害になる。
それで、よけい神経が休まらないで、焦燥感、不安感が出てしまう。
私の場合、入眠はできたが、中途覚醒と早朝覚醒があったので、
それをスーハ゜ーバイザーの先生に話しをしたら、

「それは、ただ寝ているから、眠れないんだ。
今夜から、寝させてもらいなさい。
そうすれば、眠れるようになるから・・・」
「はあ・・・?
あの・・・、どうしたらいいんでしょう?」
「寝る前に、夜具フトンに、今夜もお世話になります。
どうか、よく眠れますように、とお願いしたらどうですか」
「・・・・・・」
「それで、朝、起きたら、たとえ少しでも眠ることが出来たことを、
夜具フトンに感謝して、お礼を申しなさい。
それと、今度、寝るときは、掛けフトンを「天」だと思い、
敷きフトンを「地」だと思って、「天地」の間に
休ませてもらうつもりで寝てごらんなさい・・・」
「はぃ・・・」

先生の言葉を、ポカンとして聞いていたが、
なにか、この言葉がしっくりと胸に響いたので、
その晩から、夜具である風呂上りの下着とパジャマ、
マクラ、抱きマクラ・・・・と、
掛けフトン、敷きフトンに
「今夜もお世話になります。
良い睡眠がとれて、どうか神経が休まりますように・・・」
とお願いしてから寝るようにした。

すると、不思議なもので、物言わぬ夜具フトンが
まるで自分を包み込み、治癒的介入をするかのような
イメージを感得できたではありませんか。
それだけでも、これはイケル! と思いましたね。
立派なイメージ療法になっているわけですから。

で、つい、物言わぬ上下のフトンに、
「ありがとう・・・」
とお礼の言葉が出ました。

1組のフトンを「天地」に例えて、
その間にサンドイッチの具みたいに、自分が納まっているかと
思うと、可笑しくもあり、また、スケールがでかいなぁ・・・とも思った。

病気になると、つい、「われが、われが・・・」と
自分に力が入ったり、
「くすり、くすり・・・」
と薬本願になってしまいやすい。

それを、寝ているときも、起きているときも、
天地の間に生かされている、休ませられている、
とイメージすることは、
ある意味、自己放下(禅で、悟りを開くために
あらゆる迷いや執着を捨て去ること)である。

それは、恐らく、自然治癒力が充分に発揮される
安寧の状態(リラクセ゛ーション)を作ること
ではないか、と感じた。


感謝療法は、薬を呑むときにも応用ができる。
「お世話になります。
どうぞ、よく効きますように。

夕べは、おかげさまで、よく眠れました。
ありがとうございました。

薬を買うことが出来、
自分で飲むことが出来ました。
ありがとうございます」

これだけ、薬に感謝しながら呑んでる
うつ病患者は、日本に他にいないのではないか、
と自負している。

今、大勢いる、うつ病のクライエントの方に、
こういう話をしても、ついぞ
私もやってみます、しています、
という話をきいたことがない。

頭じゃなく、腹から解らないと、
出来ないことかもしれない。
でも、人間、苦しくて、助かりたいなら
なんでも出きるハズなんだが・・・。
死にたくなったら、
死んだつもりで、必死にやったらいい。

最後は、わが身を救うのは、医者や薬、カウンセラーではなく、
やっぱり自分だから・・・。


最近では、私は食べ物にも、車にも、パソコンにも、
お礼が出きる習慣が身につくよう稽古している。