谷川雁『白いうた青いうた』(1989-94/全53曲)
――歌の常識を覆すことばの魔法――

 14年前の宿題をやろうとしている。戦後日本を代表する詩人であり思想家の一人でもあった谷川雁(1923-95)からの宿題。それは彼の最後の仕事・填詩(てんし)の歌い方を教えることだ。
 評論集『原点が存在する』などで六十年安保世代に絶大な影響を与えた谷川は1960年に「私のなかにあった『瞬間の王』は死んだ」と書いて詩作をやめた。 その彼がなぜ1989年からメロディーに歌詞をつけはじめたのか。
 縁あってその詩をうたった私に、詩人は「子供たちに『白いうた青いうた』を 教えてくれないか」と言った。『白いうた青いうた』とは中学生高校生向けの教 育雑誌に発表した歌をまとめた曲集のタイトルだ。しかし私には近代日本の歌の カタログを作るという目標があった。黙っていたら「今は無理か」と言われた。あれか ら14年、私は700曲余りの歌を録音した。少し余裕が生まれたので、東京で谷川雁が書いた填詩を解読しつつ参加者の皆さんと歌い始める。
 『白いうた青いうた』を谷川が若いころ書いた詩と比べて子供だましと考える 人もいるようだが、私は53曲の填詩を谷川雁の仕事の集大成ととらえている。 一字一句の意味を古事記の古代歌謡を解釈するのと同じくらい丁寧に解き明かす ことで真価をあらわす深い詩だ。
 その構成をつかむために、彼は古今東西の神話や童話を研究した。神話や童話 の世界は単純そうに見えて実はとてつもなく深い。星や動物、植物、登場人物の 名前というものが何重もの意味を象徴する物語では無限の解釈が可能となる。読 み手の想像力を広げる仕掛けを、谷川は「四次元のイメェジ」と呼んだ。時空の 束縛を受けない四次元では、過去と未来、洋の東西がつながる。
 死者と生者の出会いとしての演劇である能も四次元とつながっている。鶴見俊 輔さんによれば、谷川は六十年代に「忘れられたころにもう一度、書くのだ」 「次は能を書きたい」と言ったそうだ。
 「四次元のイメェジ」で子供たちの想像力が広がれば、新しい思想が生まれる ことも期待できる。かつて労働者や学生との共闘で日本を変革できなかった詩人 は、子供たちの作る未来に夢をかけた。
 子供たちが歌うことを前提に書かれた填詩は一見やさしい。ベトナム難民、ベ ルリンの壁といった時事問題や恋愛論を子供にも分かりやすい言葉で語りかけて いる。だが、そこに織り込まれた動植物や星の名、固有名詞には異次元へと飛翔 できる巧妙で複雑な仕掛けが隠されている。これが神話や童話を読み解いて手中 にした四次元構成の秘法だ。
 『白いうた青いうた』というタイトルはその象徴であろう。谷川雁の兄・健一 さんの著作に『白鳥伝説』と『青銅の神の足跡』があり、前者は日本人固有の美 意識を、後者は渡来文化を扱っている。白と青の二色で、日本の内と外、時空の 全部が象徴されているように思う。
 ものごとを立体的にとらえるようになれば、考え方も生き方も変わる。谷川雁 の填詩は、まるで先の読めない時代を生き抜くための智恵の“箱”だ。
2008年 藍川由美

藍川由美 レクチャーコンサート シリーズ  ピアノ:田中順子

…子供から大人まで三世代で歌って楽しめる詞を解読し、詩人の‘思い’に迫ります…

白いうた 青いうた

谷川雁の世界


谷川雁と九州 2008年11月29日(土)14時開演

…《十四歳》 《火の粉》 《島原》 《忘れ雪》 《無名》

『十四歳』  2009.02.04.up

 「いま国語で『万葉集』習ってんだ」
 「へえ、どんな歌?」
 「つき草に衣色どり摺らめども うつらふ色と言ふが苦しさ」
 「つき草って?」
 「露草のことらしいよ」
 「じゃあ、『にがさ』と『苦しさ』を掛けてるんだ」
 「あと谷川さんの出身地」
 「なぜ?」
 「俳句に‘挨拶句’ってあるじゃない」
 「和歌の‘本歌取り’みたいなものね」
 「メロディーに詩をつける填詞の第一号だから故郷から始めたかったんじゃ…?」
 「なら、たぶん『苦海浄土』」
 「そうだね、天草出身で谷川さんに文章を見て貰っていた人だし」
 「でもこんな短い詩にこれだけの仕掛けをするなんて、さすが谷川さんだね」
 「『苦』と『海』は簡単にわかるとして」
 「『浄』は『からっぽ』で、『土』は『はだし』から連想できる!」


『無名』  2009.02.03.up

 「戦で真っ先に死ぬ奴ァ‘無名戦士’と相場が決まってる」
 「‘人肉食のジャングル’も、三井三池争議も…」
 「全学連じゃ樺美智子も死んだ!」
 「あれは毛沢東が民族的英雄と評したから無名とも言えないが」
 「なぜ昔も今も争いが絶えない?」
 「それが人の世ってもんだろ」
 「猛き者も遂には亡びぬ…か」
 「『平家物語』?」
 「『祇園精舎』から『灌頂巻』までね」
 「継信なら『八島』」
 「みずうみで繰り広げられた源平合戦ねぇ…」
 「三井三池争議で組合を分断された怨みは深かったようだな」
 「あの負けっぷりじゃあ炭労にも党にも失望するし」
 「挙げ句の果てに夕闇に紛れて左肱をへし折られたとは」
 「裏切りなんて日常茶飯事!」
 「骨肉相食むのが人の世の常ってことさ」


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戦争と谷川雁 2009年 1月31日(土)14時開演

…《南海譜》 《海》 《鳥舟》 《二十歳》 《ぼくは雲雀》

『二十歳』  2009.02.04.up

 「ジイちゃんはいつも、自分が二十歳の頃はもっとしっかりしてたぞ、って言うんだ」
 「生まれた時代が違うんだからしようがないじゃん」
 「キサマ、日比谷公園の大噴水がなんで造られたか知っとるか、なんてきかれてさ」
 「噴水つくるのに理由なんかあるかよ」
 「それがあるんだって、センゴフッコウノシンボルとか何とか…」
 「何だ、その呪文みたいなの」
 「おエラさん方が二十歳前後の学生まで駆り出して戦争に敗けた記念?」
 「そりゃヒドい! でもジイちゃんは死ななかった。だから君が生まれた…」
 「いま日本は平和だけど、いつも世界のどこかで戦争してるような気がする」
 「戦争反対って叫んだら、日本じゃヒコクミンて呼ばれたんだって」
 「それでコクミンはみんな、嫌だ〜って叫びたいのを我慢してたってわけ?」
 「そんな世の中は絶対に嫌だね」
 「うん、だからおいしい話にばかり釣られてないで、自分を見つめろってさ」
 「たしかに、あっちこっちに尻尾ふってるだけじゃあ自分を見失うわな…」
 「ジイちゃんたちはグンタイで我慢して生き抜いたから精神が鍛えられたんだって」
 「どうりで君んちのジイちゃん、目つきが鋭いはずだ」


『ぼくは雲雀』  2009.02.02.up

 「英語も数学も国語も社会も全然ダメというような人間が戦争をしたらどうなる?」
 「作戦会議やっても埒があかないから宴会ばかりやってる〜?!」
 「すると軍帽は威厳を示すためのアクセサリーってわけね」
 「雲雀と Superfortress じゃ勝負になりっこないよ」
 「そんなこと子どもにだってわかりそうなもんだが…」
 「B-29 は Little Boy だって落とせたのに、雲雀は上がったり下がったりがやっと」
 「Little Boy は死の灰を降らせた!」
 「それで親兄弟や髪の毛を失った Little Boy が大発生したってわけだ」
 「恨み言はよせ! オレたちはもう仲良しじゃないか」
 「アンポんたん…」
 「ところで、ゲンたちは飢えをしのぐために麦を植えたらしいな」
 「ゲンって、あの消防団の帽子をかぶった子?」
 「人や家屋が灰と化した土地にかい?」
 「その麦が芽を出したそうだ」
 「うおおぉぉ…麦畑に死の灰が?!」
 「落ち着け! オオシロカゲロウが大発生して視界を遮ってるだけだよ」


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こどもたちへ 2009年 3月21日(土)14時開演

…《傘もなく》 《恐竜広場》 《卒業》 《このみちゆけば》 《こびとのひげ》

『このみちゆけば』  2009.03.15.up

 「このみちは、いつか来た道」
 「ああそうだよ、故郷へ続く道さ。人はみな故郷へ帰りたがる」
 「帰省や観光じゃなくて?」
 「観光客なら大歓迎さ。でも一気に何十万という‘家無き子’が帰ってきたらどうなる?」
 「そんなに大勢の人がみんな故郷に帰ろうとしたら大変な騒ぎになるに決まってる」
 「そう、それで人数制限をしたらテロが起きた」
 「難民が押しかけてきて、新たな難民が生まれたわけだよね?」
 「三千年前でも故郷は故郷なんだろうな…」
 「何世紀もの時差があるけど、それぞれの歴史があったことは事実だし」
 「とはいっても民族や宗教が違うから譲りあえないってことか」
 「じゃあドンパチはまだまだ続く?」
 「そりゃあ信仰と生活がかかってるからねぇ」
 「三千年前に羊飼いが水源をおさえて町を征服したんだっけ?」
 「うん、その教訓から 五百メートル以上もの水路を掘ったらしい」
 「神殿を建てる時にはヤッフォの港からレバノン杉を運んだそうだね」
 「へぇ〜、戦争とか人間のやることって、さほど変わってないのかも…」


『恐竜広場』  2009.03.15.up

 「今は昔、小野篁という人がいました」
 「小野妹子じゃない?」
 「それは遣隋使! 遣唐副使に選ばれた人ですよ」
 「第十七次遣唐使船で三井楽へ向かおうとしたけれど、悪天候で一回目も二回目も中止」
 「遣唐使船の成功率って、かなり低かったんだよね」
 「第十六次は空海の乗った第一船と最澄の乗った第二船だけが成功したらしい」
 「五分五分かぁ…できれば行きたくないな」
 「行かなかったんですよ、彼は。正使が調子の悪い自分の船と副使の船を交換したから」
 「なんて勝手な! 命に関わる話だけど、行かなかったら罪になるでしょ?」
 「もちろん官位を剥奪されて流罪になりました」
 「じゃあ参議篁は別人なの?」
 「わたの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り舟」
 「クククッ、『アマノツリフネ』とは…」
 「さすが才人だねぇ。だから早々に赦されて帰京し、参議になれた」
 「冥界で裁判の補佐をしてたのは、そのあとってわけ?」
 「続きは杉並公会堂で聞いてね! ともかく長いから」


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 『ものがたり文化の会』のテューターをしていた私に、主宰の谷川雁氏から「合唱団を作ってくれませんか」との声がかかった。新実徳英さん作曲のメロディーに谷川さんが詞をつけた『白いうた 青いうた』を歌うための合唱団だ。その第二回発表会の準備をするための初会合で、谷川さんから「ソプラノ・ソロは外部の方にお願いしたいと思うのですが、どなたかご存知ないですか」と訊かれ、とっさに「藍川由美さんはいかがでしょう」と答えた。ご本人の事も歌声も知らない。日本語を大切に歌う方だと聞いていた。
 作曲者が交渉するとあっさり断られた。何としてもお願いしなくてはと、その時までに出版されていた21曲の楽譜に手紙を添えてお送りしたところ、選曲を自分でする、二重唱や合唱との共演はしない、ピアニストを同伴するという条件で承諾を得られた。
 第二回発表会の当日(1993年9月23日)、リハーサルで初めて藍川さんの歌声を聴いた時には身動き出来ないほど感動した。翌年には『鳥舟』と題するCDも出され、“うた”達が大空に巣立つことを喜んだ。
 1994年2月25日、上野の奏楽堂で『白いうた 青いうた』による藍川さんのコンサートが催された。休憩時間に、谷川さんから「あなたの営みが実を結びましたね」と言われた。その言葉を私は宝物にしてきた。そして今、その実が更に熟しつつあることを知った。
 没後14年目となる今年、藍川さんが『白いうた 青いうた』の解読に挑むという。
 「藍川さんに託して来たのですよ」という谷川さんの得意気な顔が浮かび、嬉しそうな声が聞こえて来る。

ものがたり文化の会合唱団代表 榎本とく子

上記の歌をステージで演奏する合唱団への参加者を募集!
(最大定員40名に達したら募集を締め切ります)
シリーズ3回券をお求めの上、下記の3回の歌唱指導(無料)を受けられる方に限らせて頂きます
第1回練習日11月22日(土) 14-16時
第2回練習日 1月24日(土) 14-16時
第3回練習日 3月 7日(土) 14-16時
杉並公会堂(小ホール)

入場料/シリーズ3回券:6,000円 1回券:2,500円

チケットのお問い合わせ&お申し込み
TEL.03−5347−4450 (杉並公会堂)