| 故 郷 発 見 1 |
![]() 天皇寺と白峰宮
| なぜ香川県坂出市に「天皇」という地名が? 私が坂出に「天皇」という地名があると知ったのは、アイヌ語地名に興味を持って全国の地図を眺めるようになってからのことだが、いかなる理由からか、この地ではタクシーの運転手さんでも「天皇」を知らない人が多い。 2002年の3月下旬、私はNHKの深夜放送で偶然『四国巡礼』の再放送を観た。私の生まれ故郷・宇多津にある78番札所「郷照寺」に始まり、79番札所の「天皇寺」、80番「国分寺」、81番「白峯寺」、82番「根香寺」……それらは未だ見ぬ故郷だった。それにしても「天皇」という地名だけでなく、「天皇寺」まであったとは。 昨夏、父が亡くなるまで、私はずっと讃岐から逃げていた。香川県には私の居場所などない、と考えていた。しかし、父の死後、一人暮らしとなった母を放ってはおけない。やむなく、私は月の半分近くを宇多津で過ごすようになった。 というわけで、遅ればせながら、この機会に故郷を再発見しようと決めた。その手始めとして、今日は、宇多津から(父の形見の)原チャリで旧国道11号線を高松方面に向かい、JR「八十場(やそば)」駅近くの「天皇寺」に行ってみることにした。 子供の頃から何度となく「ところてん」を食べに行った「八十場」は、景行天皇の時代、悪魚の毒に当たった兵88人の命を救ったとの伝説から「弥蘇場(八十八)」と称ばれ、古くから霊地とされていた。そして弘仁年間(810〜823)に、八十場の泉に霊威を感得した弘法大師が薬師如来を彫り、「妙成就寺摩尼珠院」と号する寺を建立したと伝えられている。 時代が下って、保元の乱(1156)に敗れた崇徳上皇が讃岐に配流され、長寛2年(1164)8月に崩御された。都からの葬儀の沙汰を待つ約20日間、上皇の御遺体は八十場の泉に浸して保存され、棺はこの寺に安置されたという。そのため、天皇ゆかりの寺として「天皇寺」と称ばれるようになった。 同地にある「白峰宮」は、院の御遺体を八十場の泉に浸して御沙汰を待っている間、御神光が発していたとされる場所に二条天皇が建立された「崇徳天皇社」である。上皇より三代のちの二条天皇は、崇徳院崩御の後、毎夜のように東方に怪星が現れるのを懸念されていたとか……。 |
![]() 白峰宮社殿
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![]() 神谷神社裏山の桜
| 「天皇寺」と「白峰宮」にお詣りしたら、やはり五色台の「白峯寺」に行きたくなる。とはいえ、地図も持っておらず、はたしてオンボロ原チャリで登り切れるものやら。 JR予讃線「坂出」の次の駅「八十場」から旧国道11号線に出て高松方面に一駅走ると「鴨川(崇徳上皇が京の賀茂川を懐かしんで改名したと伝えられる)」だ。その駅前を五色台方向へ曲がり、しばらく行くと「国宝・神谷神社」があった。「神谷神社」は、弘法大師の叔父・阿刀大足の創建といわれる古社で、鎌倉時代初期に再建された本殿は、日本最古の三間社流造りの社殿だという。 神社の右手から山道に入ると広い竹林があり、その先にきれいな青空が拡がっている。そこまで行ってみたくなって薄暗い竹林に踏み入ると、まるで私の足音に合わせるかのように、巨大な鳥が羽ばたく音と、竹笹の擦れ合う音が! さすがに怖くなって足早に竹林を抜けると、人気のない山の斜面に眩しいほどの桜が群生していた。満開の桜に思わず心を奪われ、ぼんやりと立ちつくしながら、逝く春を堪能……。 何の知識も土地勘もない私が「神谷神社」に行くことができた偶然に感謝しつつ、再び原チャリを走らせると、五色台登山口に「白峯寺まで約6Km」との表示があった。くねくねと登って行くと、菜の花や桜や蜜柑の木が目を楽しませてくれ、そこかしこから鶯の声も聞こえてくる。遠くに瀬戸内海や瀬戸大橋が見えてくると、つい目を奪われそうになるが、道幅が狭いので、気を付けないと山から降りてくる車にぶつかってしまいそうになる。 「白峯寺まで車で約4Km」という看板の隣に「白峯寺まで徒歩1Km」の看板があり、道の左手に鳥居が見えた。一瞬、ここに原チャリを停めて歩いて行きたいと思ったが、山道を歩けるような靴を履いていなかったため、渋々断念。 白峰の山腹にある「白峯寺」は、弘仁6年(815)に弘法大師がここに宝珠を埋め、閼伽井(あかい)を掘って御堂を建立したと伝えられている。長寛2年に崇徳上皇が崩御されると、白峰で荼毘に付されたのち「白峯御陵」に葬られたが、都で変事が続くため、朝廷は、「白峯寺」内に上皇の御廟所として「頓證寺殿(とんしょうじでん)」を建立。「白峯御陵」は「頓證寺殿」の奥になり、その空間だけが、凛と冴え渡るような冷気に包まれている。山道を徒歩で登ってきたら、さぞや感動したことだろう。 なお参道の左手に西行法師廟参の石像と歌碑があるが、崇徳上皇崩御の3年後、西行法師が御廟に詣でて上皇の御霊と歌を詠み交わしたという伝説は、中学時代に読んだ上田秋成の『雨月物語』で知った。 |
![]() 崇徳天皇白峯御陵
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