まどろみの行方

麗らかな昼下がり、神殿の書庫で以前マーテルが探していた本を見つけたリシュエルは、それを持って彼女の部屋へと足を踏み入れた。
「マーテル、これ、前に探していたと……。」
そこで彼は足を止めた。
窓辺の椅子で、膝の上に本を開いたまま首を傾げるようにして頭を背もたれに乗せて、マーテルは気持ち良さそうに眠っていた。リシュエルが近付いても起きる気配はない。
「……疲れてるんだな。」
それも仕方ないことだろう。火の神殿の再建に尽くすリシュエルの傍で、マーテルは神官として慣れない力を駆使して魔物達と戦い、その合間に神殿や神官家の事をいろいろ勉強しているのだ。
それだけではなく、食事の支度などもこなしている。戦いの直後などでリシュエルが「自分の方が元気だから代わる」と言っても、頑として聞き入れない。
「こんなになるまで無理しなくても良いのに…。」
そう呟きながらも、そういうところがマーテルらしくて、そして愛おしいと思ってしまうリシュエルだった。
リシュエルは、そっとマントを脱ぐとマーテルの肩に掛けた。ベッドに運ぼうかとも思ったのだが、如何せん似たような体格の彼女を抱えるのはリシュエルの細腕では無理だったのだ。肩を貸すようにして引きずることは出来ても、抱きかかえて運ぶことは出来ない。
そこでマーテルの寝顔を覗き込むような体勢になってしまったリシュエルは、そのまま吸い込まれるように彼女の顔を間近で見つめるように身をかがめた。吐息が感じられる距離まで近付いて、ハッと身を起こす。
「あっ…。」
唇が触れあう寸前、我に帰ったリシュエルは慌てて逃げ出すようにその場を後にした。

神殿の裏まで逃げて来たリシュエルは、先ほどの行動を思い返して顔が火照るのを感じた。目に焼き付いたマーテルの寝顔に胸が高鳴り、寝込みを襲うようなことをした自分が恥ずかしくて堪らない。
辺りの風で火照りを冷ましながら、リシュエルは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。だが、やっと本調子を取り戻して建物の方へと歩き出すなり、マーテルと鉢合わせしてしまった。
「マ…。」
ドキッとしたリシュエルに、マーテルは普段と変わらない態度でマントを差し出した。
「ありがとう。」
「あ? あぁ…。」
そんなマーテルの様子に、リシュエルは先程の自分の行動がばれていないらしいと思ってホッとした。
「そろそろお茶にしましょう。」
「そうだな。」
リシュエルは平静を装って返事をしたが、先を行くマーテルの背中を見てノロノロと後を追いながら呟いた。
「私は……卑怯だな。」
すると、マーテルが足を止めて振り返った。
「何か言った、リシュエル?」
声に出したつもりがなかったリシュエルは慌てて口を噤んで立ち尽くした。すると、マーテルが滑るような足取りで戻って来て彼の頬に手を掛けた。
「確かにちょっと卑怯だったわね。」
「えっ?」
驚くリシュエルの唇にマーテルのそれが重ねられる。
「その気にさせておいて、寸止めはないと思うわ。」
マーテルの行為と言葉に、リシュエルは真っ赤になりながら後ずさった。
「ままま、まさか、気付いて…?」
寝た振りするなんて卑怯じゃないか、と思いながらもリシュエルはそれを口に出すことは出来なかった。しかし、態度には出ていたのかマーテルはそれを察しながら答える。
「目を覚ましたらあなたの顔が目の前にあったのよ。」
抗うつもりならともかく、そうでないならわざわざ声を掛けるようなバカな真似はしない。
「夢かとも思ったのだけれど、そうじゃなかったみたいね。」
「…すまない。」
シュンとなるリシュエルの胸元に、マーテルは指を突き付ける。
「謝るくらいなら、中途半端にしないこと。解った?」
どうやらマーテルが怒ってる観点は自分が心配していたのとは違う部分だと察してホッとすると共に、彼女の言い分を認めそこに喜びを感じながらリシュエルは頷いて見せた。
「よろしい。それじゃ、お茶にするわよ。」
「ああ。」
リシュエルは今度はスタスタと戻って行くマーテルに遅れないように付いて行く。
それは素直になれない2人がまた一歩先へと関係を進めることが出来た昼下がりの光景だった。

-了-

《あとがき》

ゲームクリア後のリシュエル×マーテルのお話でした。
マーテルは神官服を着て頑張っております。
そして、頑張り屋さんの彼女が疲れて眠ってる隙にリシュエルが…。
ただ同じ目的の為に一緒に暮らすだけになっていた2人の仲が進展する、ちょっとした事件でありました。
久々に書いたら、この2人のなかなか進まない関係がますます好きになりました。
サイト開設5周年記念で心機一転を計るのにちょうど良い作品になったような気がします。

indexへ戻る