バレンタインの真実

邸に戻って来たラフィンは、厨房の方から漂って来る甘い匂いを嗅ぎ付けた。そして、それの意味するところを察して僅かに口元を緩めると、素知らぬ顔をして自室で本を開いた。
その日の夕方、エステルがおずおずと部屋へ入って来た。手には小さな箱が大切そうに収まっている。
「今更かも知れないけど…。」
ラフィンはエステルが差出した箱を有り難く受け取ると、丁寧に包装を解いた。案の定、中からはバレンタインチョコが顔を出した。
「立場が変化しても、こういう機会を持てるのはいいな。」
丁寧に、そして心を込めて作られたと解るチョコレートを見つめながら、ラフィンは呟いた。そして、エステルに笑顔を向ける。
「喜んでもらえた?」
「勿論だ。街で全てのプレゼントを受取拒否した甲斐があった。」
ホッとしたように問うエステルに、ラフィンは軽口で応じた。そして、ムッとした表情を浮かべたエステルにクスっと笑い、そっと手を伸ばして彼女の髪に手を入れた。
「何しろ、他の女から何か貰うと、お前からの本命チョコが貰えなくなるからな。」

あれはもう5年以上も前の事になるだろうか。バージェからここヴェルジェに亡命して来てから初めて迎えたバレンタインデーのことである。
行く先々でプレゼントを差出されたラフィンは、必死になって渡そうとしている女性達の姿に、断るのも気の毒だし失礼かと思って儀礼的に礼を述べながら全て受け取った。その数は数えるのも嫌になるくらいで、持ち切れなくなってきた様子を見兼ねて懇意にしている武器屋の親父が預かってくれると言い出したくらいである。そして、手を空けて目的地へと向おうとするとまた両手いっぱいにプレゼントを渡されてしまい、用事を済ませるまでの間に何度も武器屋へ預けに行く羽目になったのだった。
全ての用件を終えたラフィンは、抱えられるだけのプレゼントを持って、マーロン伯の邸へと帰った。すると、そこでもまた甘い匂いが近寄って来た。
「兄上、随分とごゆっくりだったようですね。」
「ああ、いろいろあってな。」
ラフィンは不機嫌らしいエステルをなだめるように笑いかけながら、手元のプレゼントの山をちょいっと上げて見せた。その仕種に、エステルはますます不機嫌になる。
「どうした?」
「…何でもないわ。」
何でもないと言うわりには、エステルの様子はおかしかった。引き結ばれた唇が小刻みに震えている。
「具合でも悪いのか?」
心配そうに顔を覗き込もうとしたラフィンに、エステルは避けるように身を引くた。
「兄上の莫迦!! 女ったらし!! もう知らないっ、それ全部食べて虫歯でも腹痛でも勝手にすればいいんだわ!!」
エステルはそう叫ぶと踵を返して自分の部屋へと駆け去って行った。
呆然としてその場に立ちすくんでいたラフィンに、騒ぎを聞き付けて顔を出したマーロンが詳しい事情を問いただす。
自分でも何がなんだか解らないまま、ラフィンはここで起きたことを正直に語った。
「何ともまぁ、不器用な…。」
マーロンは大きく溜息をついた。
「しかし、またお前も、何故にそのように自慢気な素振りをして見せたのだ?」
「自慢したつもりはないのですが…。」
「そのつもりがあろうとなかろうと、エステルの目にはそう映るのだ。」
マーロンは呆れたように、そして娘の心を傷つけられたことへの怒りを少々含ませて、ラフィンの肩に手を置いた。そして、今日がどんな日なのかを知らないと思しきラフィンに、この国での風習を話して聞かせた。
ラフィンは、マーロンの話が進むにつれて動揺が激しくなっていった。
「知っていたら受け取らなかったのに…。」
ラフィンは、腕の中のプレゼントの山を恨めしそうに見つめた。
更に、エステルが厨房で一生懸命にチョコレートを作っていたと聞かされて、余計に悔いが募った。
「ここは、正直に理由を話して謝ることだな。」
「はい、そうします。」
ラフィンは「くれた人達には悪いけど…」と思いながら、抱えていたものを全てゴミバケツに放り込んだ。武器屋の親父宛にも遣いを送り、預けてある分を始末してくれるように依頼した。
しかし、エステルは簡単には許してくれなかった。
「あれだけ貰ったなら、私のチョコなど必要無いでしょう?」
「いや、あれは全部処分した。」
「気を使ってくれなくていいわ。」
チョコをくれるどころかドア越しに謝る彼に顔も見せてくれないエステルに、ラフィンは深々と溜息をつくとすごすごと退散せざるを得なかった。
ラフィンが大変な思いをしながら注文しに行った花束が邸に届けられたが、エステルはそれを受け取ってもくれない。
結局、マーロンのとりなしでエステルは花を受け取りチョコを渡してくれたが、その時にはチョコレートの表面にいっぱいいっぱいの字で大きく「義理」と書き加えられていたのだった。

「だって、まさか本当にバレンタインチョコの意味を知らなかったなんて思わなかったんだもの。」
エステルは恥ずかしそうに口を尖らせた。
想いが通じてからはどうでも良いことだったかも知れないが、あの戦いの旅の中でバージェの人達に確認するまでエステルはラフィンがバレンタインチョコを知らなかったことを完全には認められなかった。その所為で、年々字が小さくなっていきながらも、チョコの表面に「義理」の文字が消えることはなかったのだ。今となっては笑い話だが、当時のエステルは本気で悩んでいたのだ。
「あの頃はお互いの気持ちがすれ違っていたのね。」
しかし今は、あの時のラフィンの言い訳を完全に信じられたし彼が毎年花束を贈ってくれた意味も知っている。エステルのチョコには素直な気持ちが表現されていた。
「でも、今は違うだろう?」
「ええ。」
エステルが笑顔で応じたのを見て、ラフィンは昼間買いに行って来た花束を彼女に差出した。
「こうして見ると、嬉しさもひとしおね。」
「今年は意味も解ってるし、か?」
男性が女性に花束を贈るというバージェの風習を知らず、毎年チョコ欲しさの御機嫌取りのような目で見ていたエステルが本気で喜んでいる姿を見て、ラフィンはからかうように言った。
「ラフィンの意地悪。」
それからエステルは拗ねたような顔でラフィンを軽く睨み付けると大切そうに抱えた花束を生けに走って行き、ラフィンはその姿を見ながら幸せそうに微笑んだのだった。

-了-

《あとがき》

ラフィン×エステルのバレンタイン話です。
ゲームクリア後の設定なので、ラフィンとエステルは恋人同士♪
うちのラフィン×エステルはシリアス部担当ですが、ちょっとだけコミカルに、エステルを可愛く描くことに挑戦してみました。
風習の違いを認められずに拗ねるエステルと、花束の意味を理解してもらえないまま贈り続けるラフィン(^^;)
バレンタインに女性が男性にチョコを贈る風習は日本のお菓子メーカーの陰謀なのよ。香港辺りでは男性が女性に花を贈ると、昔どこかで読んだ気がします。いえ、気のせいでも良いのです。LUNAは気に入ってるんだから…(^_^;)
一途で意地っ張りなエステルと、真面目にそれを許容してしまうラフィンをお楽しみいただけたなら嬉しく思います。

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