AFFECTIVE WALTZ

マールの港で魔道士を拾い、自由都市セネーでも数名の味方を増やしたリュナン達一行は、束の間の休息を取っていた。慌ただしく砦を制圧して気がつくとプラムが消えていたことにリュナンは「杖が……。」と悔しそうに声を漏らしたが、あっさり気を取り直すと次の作戦に備えてゆっくり眠ることにした。
そして、後は好きに楽しんでて、との言葉に従って皆が騒いでいる中で、ラフィンはシャロンに中庭へ呼び出されたのであった。
「シャロン、何の用だ?」
「あなたに渡したいものがあったのよ。部屋の中ではガルダが降りて来られないでしょう。」
「ガルダが、俺の飛竜が来ているのか。」
「ええ。」
ラフィンはシャロンから『飛竜の笛』を受け取ると、それを口に当てた。
空の上から大きな影が舞い降り、ラフィンの前に降り立つ。
ラフィンは静かに歩み寄ると、軽やかにその背に乗った。すると、ガルダがスッと舞い上がる。そして、静かに上空を何度か旋回すると、再び中庭に降り立った。
「やはり、ラフィンにはその姿が似合ってるわね。」
「シャロンには感謝している。だが俺は……。」
ガルダの身体に手を置くようにしてシャロンに背を向けたまま、ラフィンは感情を押さえるようにしながら何かを言いかけた。しかし、彼が言い切らないうちにシャロンはそれを征する。
「わかってるわ。心配しないで、もう吹っ切ったのだから。でも、こんな夜に一人は寂しすぎるわね。」
「そうだな。酒をもらって来るから、ここで待っていろ。今夜は飲み明かそう。」
「ふふっ、いいわね。」
そんな2人を陰から見ていた小さな影は、そこでスッと消えると誰も見ていないところで声を殺して泣いたのだった。

ドラゴンナイトに戻ったラフィンは、これまで以上にリュナンから頼りにされた。
機動性の上昇に加えて、ガルダと共に繰り出す強力な攻撃。それは、人材不足のリュナン軍にとって、大変有り難いものだった。
その結果、リュナンに請われて戦場をあっちへこっちへ飛び回り、僅かな空き時間は己の鍛練とガルダの世話と貴重な休息に費やすラフィンは、エステルを構う時間が格段に減った。
「まぁ、あいつも最近は腕を上げて来たし、いつまでも俺が訓練に付き合うこともないか。」
作戦上、今までの様に隣に居てやることは出来ない。いつまでも甘やかしていると、ラフィンに頼るあまり戦場で実力の半分も出せなくて命を落とす危険さえある。そうしてラフィンは自分に言い訳するようにしながら、ガルダとのコンビネーションの復活に集中していったのだった。
そんな風にラフィンが考えていた頃、エステルはどんよりと沈んでいた。
「エステル、どうしたの?」
「最近、元気無いみたいね。」
サーシャとマーテルが心配そうに声を掛けたが、エステルは曖昧な返事を返すばかりだった。
「ラフィンと何かあったの?」
「いいえ、何も! ……何もありません。」
エステルは叫んでしまってから、驚いたように振り返った。すると、そこにはシャロンが居る。
「何も、あるはずないです。」
改めて答えながら辛そうな顔をするエステルに、シャロンは穏やかに微笑みかけた。
「私とラフィンのことを気にしているなら、心配は無用よ。もう、終わったことだから。」
「そんなこと、気にしてなんて……。」
余裕さえ感じさせるシャロンに、エステルはその場を逃げ出したいという衝動に駆られた。しかし、身体が言うことを聞かない。
そんなエステルを見ながらサーシャが何か言いたそうにしたが、マーテルがスッと腕を出して制止する。
「貴方のライバルは私ではないわ。ガルダよ。最強にして最大のライバルかもね。」
「えっ?」
シャロンの言葉に、エステルは困惑した。
「今のラフィンは、1日でも早くガルダとのコンビネーションを取り戻そうと必死だわ。」
もっとも、それも行き着く先はエステルの為なのだろうけど、とシャロンは心の中で付け加えた。口に出さなかったのは、ちょっとした意地悪とそしてラフィンのプライドの為だ。
「特別なのよ。あの2人の関係はね。」

ドラゴンナイトには2種類居る。
専門のトレーナーによって人に服従するように調教された飛竜に乗っている者と、飛竜自身によって主人と認められた者。
前者は飛竜を買う金と騎士としての地位があればどうにかなる。あるいは、ペガサスナイトとして様々な手柄を立てた者が飛竜を与えられて資格を得ることもある。それに対し、後者の場合は相性の良い飛竜と出会える運と、そして何よりも飛竜に主人として認められるだけの格がなければならない。よって、大抵の者は前者である。
「でもね、ラフィンはガルダによって主人と認められた、数少ない本当のドラゴンナイトなの。ドラゴンマスターと言い換えても良いかも知れないわ。」
野生の飛竜と出会うのは偶然。しかし、彼等にとっては相手は出会うべくして出会った大切な存在だった。
「飛竜は1度主人と認めた者には従順だわ。主人の為に、己の全てを捧げる。そして、両者の間には切っても切れない絆が生まれるのよ。」
調教された飛竜は、正しい言葉で命令されれば誰の言うことにも従う。教え込まれた合言葉に応じて動く、ただの乗り物のような存在だ。しかし、ガルダはラフィンの望むことを感じ取って、自分の意志で空を駆け、ラフィンと共に敵を撃つ。それは、ラフィンの望みを叶えることや彼の力になれることが、ガルダにとって大いなる喜びだからだ。
「だから、ガルダは全身全霊でラフィンの気持ちを感じ取ろうとするの。そしてラフィンも、ガルダの想いに応えようとする。互いに相手が何を望んでいるのか、自分に何を訴えかけているのか、それを読み取ろうとする。」
だが、離れていた間もラフィンの為だけに生きて来たガルダと違って、ラフィンは馬に乗り、別の戦い方をして来た。空での戦い方は身体が覚えているとは言え、まだ完全には勘が取り戻せない。だから、少しでも早く勘を取り戻そうと必死なのだ。
「まぁ、勘さえ取り戻せれば、元のラフィンに戻ると思うのだけれど……。それまで、待つ気があるかしら?」
「勿論です。」
エステルはシャロンの挑戦状とも解釈出来る言葉を、真正面から受けて立った。終わったこと、と言いながらもまだシャロンはラフィンに未練を残しているように思われる。ラフィンの気持ちは……解らない。でも、ラフィンが再び人間の女性に目を向けた時どちらを選ぶつもりだろうとも、それがはっきりするまでは諦めないつもりだ。エステルは、その時までに自分をもっと磨いておこうとの決意を固めた。
シャロンは、そんなエステルの吹っ切れた顔を見て、安心したように微笑むとそっとその場を後にしたのだった。

エステルは目に見えて腕を上げていった。細身の女性ということで力や体力は他の騎兵よりも劣るが、持ち前の身軽さを武器に鋭い一撃で敵を倒す彼女は、リュナン軍にとって有り難い戦力となっていった。
そうなると、必然的に彼女も最前線で激しい戦闘に従事するようになる。しかし、ラフィンはいくら心配でも彼女の近くでばかり戦うことは許されなかった。
そんなある日。いつものように敵の背後をついて戻って来たラフィンは、エステル達に押し寄せる敵の波を発見した。
「エステルっ!」
ラフィンは、エステル目掛けて刃を降り下ろそうとしている敵の姿を捕らえ、急降下した。それは、そこらの飛兵には真似出来ない芸当だった。急降下のスピードをそのままに敵に攻撃を仕掛け、その速度を落とすこと無く地面すれすれで折り返して舞い上がる。飛竜と乗り手の息がピタリと合っていない限り、途中でスピードが落ちるかもしくは地面に激突してしまう。
「ラフィン!?」
目の前で披露された妙技に驚きながらも、エステルは己の在るべき立場を思い出して体勢を立て直した。
そして敵を一掃した後、近くに静かに降り立ったラフィン目掛けて駆け寄った。
「エステル、怪我は?」
「かすり傷程度よ。」
駆けて来たエステルをそのまま抱き締めて、ラフィンはホッとした表情を見せた。
「凄かったわ。さっきの攻撃。」
「お前の危機に、ガルダと呼吸がシンクロした。」
ラフィンは、ガルダのサインを読み取ろうと必死になっていたことが莫迦らしく思えた。必要なのは、ガルダを信じることだけだったのだ。必ず自分の想いに応えてくれる。その信頼さえあれば、ガルダのサインは自然に伝わって来る。離れていた時間など問題ではなかった。
エステルはラフィンとガルダを交互に見遣った。すると、ガルダが少しだけ首を動かしてエステルの方へ顔を向ける。
「ありがとう、ガルダ。」
そっと手を伸ばしたエステルに、近くに舞い降りたサーシャとマーテルはギクリとした。シャロンの話によると、ガルダのような飛竜は主人には従順だがそれ以外の者には決して気を許さない。不用意に触れようとすれば、命を落としかねない程に危険な存在だという。
しかし、サーシャとマーテルの心配は杞憂に終わった。何と、ガルダは口元に触れて来たエステルの手に、甘えるような素振りさえ見せたのだ。
「完敗ね。」
待機場所から望遠鏡でそれらの様子を眺めていたシャロンは、誰にともなく呟いた。あのガルダの様子を見れば、ラフィンの気持ちは一目瞭然だ。エステルをどれ程大切に想っているのかが良く解る。
一抹の寂しさと僅かな安堵を覚えながら、その夜、シャロンは1人で酒杯を傾けたのだった。

エステルのおかげで互いの絆をより一層強くしたラフィンとガルダは、その後も絶妙のコンビネーションで戦い続けた。
そして、バージェ復興が成ったとの報がヴェルジェに届くより前に、マーロン伯邸の中庭に大きな影が舞い降りた。
「ラフィン!!」
邸から飛び出したエステルは、自分の目を疑った。いつかきっと迎えに行く、とは言われたが、ラフィンがバージェ復興を途中で放り出して来るような人間ではないことはよく解っていたからだ。
「バージェでの、俺の役目は終わった。」
復興が成ったその場で、ラフィンは仲間達に別れを告げて、真直ぐにここへ向ったのだ。勿論、ガルダも躊躇うこと無く全力で空を駆けた。
「私……。」
ラフィンが迎えに来てくれたことは嬉しかったが、エステルはここへ戻って来て担った己の責務を投げ出すことは出来なかった。誰かに託すにしても、候補者すら見つかっていない。
「解っている。お前を連れ去ることは許されまい。だが、俺達がお前の元で羽根を休めることは、許してもらうつもりだ。」
エステルは言葉を詰まらせた。顔には歓喜の色が浮かんでいる。
そんなエステルの前でラフィンは膝をつき、背後でガルダが身を伏せた。
「我が身、我が心を御前に捧げん。」
「……汝が誓いは我が願いなり。」
ラフィンからの求婚の言葉に、エステルは涙ぐみながら承諾の言葉を紡いだ。そして、片手をそっと差出す。ラフィンはその甲に恭しく口付けると、立ち上がってエステルを抱き寄せた。
そしてエステルは、後日、父を始め周りの皆から祝福されて盛大な結婚式を挙げた。それからバージェでは、ドラゴンマスターだけでなくその飛竜の心までも掴んだ稀代の乙女として、復興の士達の間でその名が語り継がれたという。

-Fin-

《あとがき》

ラフィン×エステルで、ゲーム中にガルダとヨリを戻したバージョン。相変わらずラフィン×エステルしつつ、ラフィン&ガルダです(^^;)
さすがはシリアス部担当の2人と1匹。初っ端のリュナン公子以外、ず~っとシリアスなままです。
何やら、ラフィエス激LOVEでガルダ贔屓のLUNAの所為で、ラフィン兄様達は大技を出した模様です。
だって、飛兵達の戦闘シーンって変なんだもん。折角優位な位置にいるのに、わざわざ降り立って攻撃して、敵の反撃を飛びのいて躱して、もう一度バサバサと舞い上がったかと思ったらまた降り立ってから攻撃するなんて……。
そんな訳で、ラフィン兄様とガルダには芸術的なヒット&アウェイを披露していただきました。彼らなら出来る!!
しかし、この2人。やっぱり、ベタベタの甘々にはなってくれませんわね。ラブラブ度はかなり高めの設定にしてるんですが……。互いに遠慮しちゃうんですよね。
やっぱり、何処ぞの誰かさんのように手が早くないとダメかしら?(^^;)
そして、ラストの求婚の言葉。何日も掛けて書いては消し、書いては消しってやって考えた割には……。
一応、ガルダがラフィン兄様に身も心も捧げているという関係を意識してああいう言葉になってます。要するに、うちの場合は今のところ3人(2人と1匹)1組みなんですわ(^_^;)
もしも、あそこでラフィン兄様が「俺の飛竜」とか言わなかったら、ガルダが単なる名も無き飛竜だったら、多分ここまで萌えてないと思います。いや、名前があっても、それがキャロライナとかエリザベーテとかコンツィエッタだったらここまで萌えたかどうかは判りませんが……。
実は、LUNAは健気な動物にメチャクチャ弱いんです。あの夜、上空を旋回しながらラフィン兄様に呼ばれるのを待っていたガルダ……ツボ入りました。それでもラフィエス成立のために別れを告げなきゃいけないから辛かったです。で、そこまでしたのにEDはアレかい(-_-;) ここから妄想の暴走が始まりました。
でもまぁ、これでひとまず当面の課題はクリアです。ゲーム中にガルダとヨリを戻さなかったバージョンは既に書いてありますので、それぞれパラレルでお楽しみ下さい。

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