Serment

戦いの後、火の神殿へやって来たリシュエルとマーテルは、辺りを徘徊する魔獣達の始末に明け暮れていた。
「マーテル、大丈夫か?」
天馬から降り、剣や槍を捨て、慣れぬ力を使って魔獣達と相対しているマーテルを気遣うように魔法を放ちながら、リシュエルは彼女に駆け寄った。
「大丈夫よ、このくらい。」
マーテルは強がったが、習性というものは簡単には変えられないもので、敵が迫って来るとつい剣を求めて腰に手をやってしまったりして反応が遅れる。
「息が上がっている。私の後ろで少し休んでいろ。」
「大丈夫だって言っているでしょう!」
そうは言ったものの、マーテルは確かに息が上がっていることを認めざるを得なかった。騎士としてあの戦いを乗り越えただけあって、体力はあるはずだった。しかし、武器を手にしてペガサスを駆るのと、神官として聖なる力を駆使するのとでは全く勝手が違う。一見ひ弱そうに見える魔道士や神官だが、実のところ相当な集中力と多大な気力とそれを維持出来るだけの体力を有していなくてはならないのだと、知識としては知ってはいたが、身を持って体験して初めて本当に知った思いだった。
呼吸を乱すこと無く、自分を庇う余裕さえ見せて正確に火炎魔法を操るリシュエルの姿に、マーテルは見とれながらも悔しさを感じていた。

「マーテル姉様、調子は如何?」
一足先に神殿の近くの仮住まいに戻って来たマーテルの前に、柔らかい羽ばたきと共にフラウが舞い降りた。
「リシュエルと喧嘩なんかしてない?」
「喧嘩なんてしてる余裕ないわ。」
互いに口調が激しくなることがあっても、喧嘩らしい喧嘩になるようなことはなかった。マーテルが喧嘩腰になってもリシュエルが受け流してしまうし、逆の場合はマーテルの方にそれを受けて立つだけの余力がない。
「へぇ~、忙しいんだぁ。あ、それとも実は惚気てる?」
「莫迦なこと言うんじゃないの! そんなこと言いに来たならさっさと帰りなさい。あなたには、お母様やサリアの里を守るって役目があるでしょう。」
「わかってます。でも、そのお母様のお使いで来たんだから、マーテル姉様に叱られる筋合いはないわ。」
「お母様のお使い?」
マーテルは首を傾げた。
「2人が喧嘩してないか見て来なさい、って……。」
「見え透いた嘘つくんじゃないの! お母様がそんなこと仰るはずないでしょう。本当は何なの?」
フラウは軽く首を竦めると、1通の手紙を差出した。
「これ、お母様からマーテル姉様へ。大切な手紙だから私に預ける、って仰ったの。」
フラウは母の言葉が余程嬉しかったのだろう。矢のように飛んで来ると、マーテルを探して辺りを飛び回ったらしい。
そんな話を聞きながら、マーテルは手紙を読んだ。そこには、母としての言葉というよりは、火の神官長の地位を預かるものとしての思いが書かれていた。その上で、決して生半可な気持ちでは果たせないその役目を担うリシュエルを支える者としてどうあるべきなのか、それを忘れないで欲しいと結んであった。恐らく、ここでの戦いの様子はサリアの隠れ里にも届いているのだろう。
「でも、マーテル姉様はやっぱり天馬に乗ってた方がいいんじゃない?」
「な、何を言い出すの、フラウ!」
「だって、上から見てたらとっても危なっかしかったんだもの。」
リシュエルが守ってたし、お母様からは余計な手出しをしないように言い付かっていたから観察するだけに止めたものの、本当に何度魔獣に突っ込んで行こうと思ったことか。
そう言って肩を竦める妹に、マーテルは自分の未熟さを痛感した。この妹にここまで言われてしまう程、自分の戦い方は危ういものなのか、と。
「大体、天馬騎士じゃいけない理由なんてある訳? 火の神殿を再建出来た時に神官服を着るんでも遅くないじゃない。」
「それは……。」
「そりゃ、ああいう敵には魔法の方が効果あるんだろうけど、マーテル姉様の場合、天馬騎士で居た方がよっぽど戦いやすいんじゃないの?」
「確かにそうだけど……。」
とっさに取る行動は騎士だった時の動きだ。無意識に身体が反応してしまう。しかし、それでもマーテルは再び天馬に乗るつもりはなかった。
それを口に出そうとした時、陰からリシュエルが出て来た。
「そうなのか、マーテル?」
「……リシュエル。」
「君はやっぱり、天馬騎士で居たかったのか?」
「違うわ! そういうことじゃないの!」
「神官が嫌なら……。」
「そんなこと言ってない! どうして解らないの!」
マーテルは手にして居た手紙の筒をリシュエルに投げ付けると、その場から駆け去った。

マーテルを追ってリシュエルが建物の裏に回ると、マーテルは先程の手紙を読み返していた。
「マーテル……。」
声を掛けると、マーテルは手紙をしまって背を向けてしまった。
「マーテルは、神官が嫌になった訳じゃないんだな?」
「そうよ。」
「だが、戦いながらとっさに剣を取ろうとしては悔しそうな顏をしている。」
「そうね。」
それは、リシュエルの言う通りだった。
「君がそんな顔をするのは、私が無理矢理君に神官服を着せたからなのか?」
途端に、マーテルが振り返って拳を握り締めリシュエルを睨みつけた。
「リシュエル、あなたって本当に解ってないわ!私がどんな思いで神官服に袖を通したと思ってるの!」
「どんな、って……。」
「たまには神官服を着てみるのも悪くないだろう」と言うリシュエルの誘いに、マーテルはちょっとからかうような口調で「まあいいわ」と応じてくれた。そして、本当に神官服を着て、リシュエルと共にここで魔獣相手の戦いに身を投じてくれたのだ。
「火の神殿の再建に協力して欲しい、と言われた時、私は神官としてリシュエルを手伝いたいと思ったの! だから悔しかったのよ。思うように手助け出来ない自分自身が情けなかったの。」
マーテルは怒りと悔しさに打震えていた。あの時リシュエルには否定されたが、母やメーヴェ様の代わりでも良いと思った。だが、魔獣と戦いながら、あの2人ならきっともっと役に立てる、リシュエルを助けられると思わずには居られなかった。リシュエルを助けるどころか庇ってもらうことの多い自分が腑甲斐無かった。
「自分の腑甲斐無さが悔しかったのは私もだ。」
リシュエルがボソッと呟いた。
「次期火の神官長などと言われて、火の神殿の再建に挑んだものの、マーテルを危険な目にあわせてばかり居る。」
「リシュエル……?」
「神官としての能力が高いからなんて、口実に過ぎなかったんだ。マーテルに傍に居て欲しかったから、どこかに飛んで行ったりしないで欲しかったから。だから、あんな誘いをかけたんだ。マーテルが……好きだったから。」
リシュエルの告白に、マーテルは心の重荷が消失した気分だった。身体の力を抜くと、先程までとはうって変わった表情でリシュエルに告げる。
「それなら、私の気持ちも同じだってことを覚えておいて。」
揃いも揃って素直じゃない2人が、やっと自分の心をさらけ出せた瞬間だった。そんな2人の様子に、陰から見物していたフラウはそっとその場を後にした。
そして、マーテルはその夜、母からの手紙を燃やした。
「お母様、私は火の神官長を支えるんじゃありません。リシュエルと一緒に生きて行くのよ。」
炎の中に消えて行く手紙を見ながらそう宣言すると、マーテルは傍らに居たリシュエルにそっと微笑みかけたのだった。

-Fin-

《あとがき》

初書きのリシュエル×マーテル創作です。
ゲーム中、特に気にしてなかった2人なんですが、何だか急に思い立って書いてしまいました(^^;)
動機は謎です。
でも、エンディングの会話の中でお互いに素直になれないでいるこの2人の関係って、ちょっと創作意欲を刺激してくれますね(笑)
ラストのマーテルは、エンディング会話の時の台詞を意識してみました。
自分達の将来は自分達で決めるし、あるべき姿も自分の考えで決める。そんなマーテルを描いてみました。しっかりものの彼女の決意を感じ取っていただけたら嬉しく思います。

indexへ戻る