天空の騎士

あの戦いの後、ラフィンはバージェではなくヴェルジェに帰って来た。そして、これまで以上にマーロン伯を助け、ウエルト王国の為に働いた。
そんなラフィンの姿を見ていると、エステルは時折不安に駆られる。彼がここへ帰って来たのは、自分の為ではなく父への恩返しなのではないか、と。
戦いの中で、自分の想いはラフィンに伝わったのだと思っていた。シャロンの申し出を断って地上で戦い続けることを選んだのを陰から見ていたエステルに、「これからもお前の傍に居る」と言ってくれたあの言葉は、兄としての言葉ではなかったと信じたかった。いつの間にか名前だけを呼ぶようになったエステルに、自然に応えてくれていたから…。
「ラフィン、お父様が…。」
城から館に戻って来た父と共にお茶を飲もうと誘いに来たエステルは、彼がジッと見つめているその手の中の物を見て表情を凍らせた。
「どうした、エステル?」
物音と微かな声に気づいて顔を上げたラフィンは、戸口で凍り付いているエステルに訝しげな顔をした。そして、彼女の視線の先にあるものを追う。
「これか。」
エステルに問うのではなく自分に対して確認するかのように、ラフィンは手にしていたものを見た。
「シャロンがこっそり俺の荷物に紛れ込ませたらしい。」
いつの間に忍ばせたのかは定かではないが、「自分が持っていても仕方ないし、無駄にはならないから持って居て。必要な時が来たら呼んであげて。」と言う手紙が付いて居た。
「やっぱり、バージェに帰りたい?」
エステルは顔を上げられないままに問うた。本当はバージェ再興を手助けしたかったのに、父への恩義や私の我が侭の所為でそれを断念したのか、と。
「誰も、そんなことは言っていないだろう。」
「だって、悔いているような目をしていたわ。」
ラフィンは、エステルの言葉を否定出来なかった。
シャロンとのことは後悔していない。バージェ復興に関しても、何も出来ないのは少々心苦しかったが、場所は違ってもこちらで力を尽くすことは広い目で見れば彼らを助けることに繋がると信じている。だが、ガルダのことだけはどうしても気になった。
一度主人を決めた飛竜は、決して他の者に従いはしない。竜騎士の為に訓練された飛竜は、完全には野生に戻れない。ラフィンを主人と決めたガルダは、その生涯を無為に過ごすこととなるのだ。
だからと言って、今更竜騎士に戻ったところでどれだけの意味があるのだろう。
そう思うと、ラフィンはこれを使う気分にはなれなかった。だが、捨ててしまうことも出来ない。
「竜騎士に戻ったら、何処かへ飛んで行ってしまいそうだわ。」
エステルは、竜に乗ったラフィンの姿を見てみたいと思ったことがこれまでに何度もあった。しかし、それを口にしたら本当に竜騎士に戻って、そのままどこかへ行ってしまいそうで恐かった。
「俺は、何処にも行かない。ずっと、お前の傍に居る。」
『飛竜の笛』を箱に戻して、俯くエステルの頭の上にポムっと軽く手を置くと、ラフィンは彼女を促して養父の元へと向った。

あれ以来、エステルはラフィンの周りにあまり寄ってこなくなった。
元々そんなに年中一緒に居る訳ではなかったが、宰相として王宮に詰めている養父に代わって邸と領地を守っているラフィンを手助けすると言って、精力的に領地の見回りに出かけるようになったのだ。
そんな理由をつけてラフィンと距離を置くようになったエステルは、日増しにつのる不安に責め苛まれていた。そして、それは遂に彼女の身をも危うくするに到ったのだった。
「エステルが戻ってこない、だと?」
「はい。いつもならば、とっくにお戻りになられている頃合なのですが…。」
ラフィンの元へ知らせが上がって来たのは、日も暮れようという頃だった。そして、捜索隊を出そうとしている所に悪い知らせが届いたのだ。エステルが海賊に攫われた、と。
いくらレベル40のパラディンとは言え、非力なエステルには丈夫な海賊達は手に余った。しかも、民や未熟な部下を守っての戦いとなるとかなり分が悪い。それでもエステルは民を逃がして戦い抜いた。だが、遂には傷付き敵の手に落ちたのだ。
知らせを持って来たその兵士は、エステルの命令で民を安全なところまで誘導した。民を誘導し終えてエステルの元へとって返した時には、傷だらけで気を失っている彼女が船に運び込まれるのを遠目に見送るしか出来なかった。
「申し訳ありません。自分達は、何のお役にも立てませんでした。」
「いや、民の安全を確保したのは充分な功績だ。」
ラフィンは彼等を責めることは出来なかった。
彼等を責めるとしたら、それは感情的な問題となってしまう。だが、それも果たして彼等を責めるべきことなのだろうか。本当に責められるべきなのは、海賊の暗躍に気づかず、彼女の傍に居なかった自分自身なのではないだろうか。
「しかし、エステル様を助けようにも海に逃げられては手の出しようがありませんな。」
あの戦いの時にはリュナンの乗って来た船があって海を渡れたが、現在この王国には船がない。王国の船が全滅している今、海賊の船を追う術がないのだ。
「ひとつだけ方法が……。」
だが、問題はその方法を使えるのがラフィンだけで、しかも今でも有効かわからない上に、もし有効だった場合はこの領地が主人不在の状態になってしまうということだ。
「行って下さい、ラフィン様。あなたにしか出来ないことがあるならば、我等は我等にも出来ることで精一杯お手伝いさせていただきます。」
マーロン伯を陰から支え続けてきた邸の重鎮の言葉に、ラフィンの迷いは吹っ切れた。部屋へ急ぐとあの箱の中から『飛竜の笛』を取り出し、庭へ出る。
「果たして、お前は今でも応えてくれるのだろうか。2度もお前を捨てたこの俺を許してくれるか?」
ラフィンは姿の見えないガルダに向って語りかけるように、空の彼方を見つめた。
「頼む、応えてくれ、ガルダ。」
ラフィンは祈りを込めて、笛を吹いた。人の耳には聞こえないその音を、飛竜は決して聞き逃さない。主人の吹く笛の音は、どんなに遠く離れていても感じ取る。
そして、彼方から短くも威圧感のある声が聞こえたかと思うと、ラフィンの前に大きな影が舞い降りた。
「ガルダ……。以前のように俺を乗せてもらえるか?」
首元に手を伸ばすラフィンに、ガルダは少しだけすり寄るような素振りで応えた。それを受けて、ラフィンは軽やかにその背に飛び乗る。
「エステルを助けに行くぞ。」
そう言って合図を送るラフィンに、ガルダは雄叫びを上げて応えると空へと舞い上がった。

エステルが意識を取り戻した時、彼女はラフィンに抱かれてヴェルジェ上空まで戻って来ていた。
「ラフィン?」
「あまり動くなよ。傷が深いし、ここから滑り落ちでもされたら目も当てられない。」
エステルは目だけを動かすようにして辺りの様子を探った。
「飛んでるの?」
「ああ。」
「竜騎士に戻ってしまったの?」
「海の上では、こうするより他にお前を助ける術はなかったからな。」
しかし、ラフィンは後悔していなかった。エステルを助け出せたのだし、竜騎士に戻ったことで逆に昔のことを吹っ切れた。
「だったら、何処へでも飛んでいけるわね。」
バージェへでも何処へでも、好きな所へ行くことが出来る。
「そうだな。お前が何処に居ようとも、駆け付けることが出来る。」
「ラフィン!?」
ラフィンにとってこの翼はバージェへ飛んで行くためのものではなかった。エステルの元へ駆け付けるためのものだ。
「今度のことで身に染みた。もう、養父上に対する遠慮はやめる。」
「どういうこと?」
「さぁな。」
ラフィンは肝心なことを暈したまま、ガルダを庭に着地させた。
そして急降下の衝撃で気を失ったエステルが再び意識を取り戻した時には枕元で見守っている父の手に白い箱が抱えられており、不思議そうに見つめる彼女の目の前で、中から花嫁のベールが取り出されたのだった。

-了-

《あとがき》

突発的に一気書きしたラフィン×エステル創作です。(一晩仕上げ ^^;)
ゲームを始めてすぐに、絶対この2人はくっつけようって思いました。しかし、その頃はまだ恋愛システムを理解してなくて、隣接させてればいいと思っていました。
それが間違いだと判明したのは第2回編成中。既にラフィン兄様はドラゴンナイトLV40(^^;)
悩んだ末に、第1回編成からやり直して兄様には泣く泣くガルダと別れていただいて、ゲームをクリア致しました。
ここで兄様が飛べれば、と思ったことは何度もありましたが、全てはラフィン×エステル成立の為の試練と思って乗り切りました。ありがとう、『スーパープルフ』×3とサーシャとフラウと必殺『サンダーソード』♪(『スーパープルフ』の1つは当然ラフィン兄様が使いました)
しか~し、これだけ期待させておいて、あのEDはないだろうって感じです。あれではまるで、マーロン伯への恩返しに帰って来たみたいです。
エステルが「ラフィンは~」って呼び捨てにしてるから「兄」じゃなくなったんだなと思えるものの、全然ラブラブじゃないよ~(/_;)
そんな訳で、不満解消にこんなものを書いてしまいました。
ラフィン×エステルでそこそこラブラブ。裏テーマは「ラフィン&ガルダ」です!! v(^^;)

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